第5話 迷宮講義
迷宮までは街から街道が続いているため真っ直ぐ向かう。俺たちならあっという間に着けるのだが、あいにくと迷宮へ向かう冒険者は他にもいる。他の冒険者の目もあるので、速度をある程度抑えて向かう。
それでも冒険者なら1時間も走れば着く。
「ここが、迷宮……」
シルビアが初めて見る迷宮に驚いていた。
昨日は迷宮入口の裏側に転移してきて入り口は見ていないから迷宮を正面から見るのは初めてになるからな。迷宮眷属として感じ入るところがあるみたいだ。
「さ、さっさと受付を済ませるぞ」
「受付?」
迷宮の入口前には、コテージのような簡素な建物が一軒だけ建っている。
この建物は、冒険者ギルドの出張所で迷宮に入る冒険者を管理する為にある。
「おや、久しぶりだね」
出張所には一人の女性が詰めていた。
元冒険者らしい女性で、引退した現在は迷宮前の出張所で受付をしている。
「お久しぶりです。アルミラさんもお変わりないみたいですね」
「私はもうこんな所で余生を過ごしているようなものだからね。それで、そっちの嬢ちゃんがあんたの恋人かい?」
「こ、恋人!?」
言われたシルビアが狼狽えている。
そんな姿がちょっと可愛いと思ってしまったが、こんな反応を続けているとおばちゃんから格好の獲物と見做されて揶揄われることになるぞ。
「最近パーティを組むことになった女性です。冒険者として駆け出しなので、迷宮で鍛えようかと思って連れてきたんです」
「たしかに実力が未知数の者を鍛えるのに迷宮ほど適した場所はないね」
「でしょ」
迷宮は深く潜れば潜るほど現れる魔物が強くなっていく。
つまり、自分の実力に合わせて潜る階層を選べば適切な相手と戦うことができる。
時々イレギュラーのようにいきなり強い敵が現れることもあるが、その辺は俺の迷宮操作でどうにでもなる。
今日は、シルビアのレベルを上げるのと同時に戦闘技術を鍛えることが目的である。
眷属契約によって一流の冒険者並みのステータスをシルビアだが、戦い方までは手に入れたわけではない。いや、双刃術のスキルがあるから補助はあるが、スキルの恩恵を受ける為には2本の刃を持っている必要がある。いくら装備品の収納リングに大量のナイフや短剣があって武器には困らないとはいえ、いざという時に必要となるはずだ。必要か?
「じゃ、冒険者カードを出してくれるかい?」
「冒険者カードが必要なんですか?」
「おや、説明していないのかい?」
ここで必要になるから冒険者登録をさせたんだよな。
「迷宮はギルドが管理をしているんだ。基本的に迷宮の中で何が起ころうとギルドは関与しない。何か起こったとしても冒険者の自己責任だ。だけど、ギルドも冒険者ですらない一般人や魔物を相手にすることもできないGランクの冒険者を入れて責任を問われるのは避けたい。だから、最低限だけ魔物と戦うことのできる力を持っているのかどうか確認するようにしているんだ」
そのためFランク以上の冒険者でなければ迷宮に入ることはできず、一般人は門前払いを受ける。
「冒険者でない盗賊とかが無理矢理通って行ったりすることはないんですか?」
「その時は私が倒すから問題ないさ」
「え、でも……」
正直言ってアルミラさんは強そうに見えない。
それこそどこにでもいるようなおばちゃんだ。
ただ、この人……若い頃は一流の冒険者だったのかステータスが強い。
『迷宮魔法:鑑定が有効だから使ってアルミラさんのステータスを確認してみろ』
『はい』
念話で鑑定を使うように勧める。
『つよ……』
アルミラさんのステータスを確認したシルビアが驚いている。
眷属契約によって強力なステータスを得たシルビアだが、アルミラさんは眷属契約なしでシルビアに迫るステータスを持っている。しかも戦闘系のスキルは持っていないが、戦えば経験のあるアルミラさんがステータス差を覆して勝利する。
はっきり言って今のシルビアではアルミラさんには勝てない。
「じゃあ、行ってきますね」
「気を付けるんだよ。今日はあんただけじゃなくて嬢ちゃんだっているんだから」
☆ ☆ ☆
アルミラさんに挨拶を済ませて迷宮へと入ると暗い洞窟に視線をキョロキョロとさせていた。
地下1階~10階までは洞窟フィールドと呼ばれる場所で、四方を岩に囲まれた太陽の届かない場所で、光源になるのは岩から突き出た結晶の放つ光ぐらいで、新人冒険者は気味の悪さに二の足を踏んでしまう。
「なんだか薄気味の悪い場所ですね」
言葉では新人冒険者と同じようなことを言っているもののシルビアは平然としていた。
「まず、迷宮について簡単に説明する」
「はい」
「迷宮で稼ぐ手段は主に出没する魔物を倒したり、採取したりして得られた素材を売る。もしくは迷宮にある宝箱から財宝を見つけて一獲千金を狙うってところだな」
「宝箱ってどこにあるんですか?」
「そう簡単に見つからない場所に隠してあるな。これがけっこう難しいんだぞ? 俺たちの目的は、迷宮に冒険者を長時間留まらせて魔力を搾取することにあるから、あまり簡単に見つかったんじゃさっさと先に進まれてしまう。逆に全く見つからない場所に隠してしまうとスルーされてしまう。だから、それとなく置いておくことが重要で――」
「この辺が怪しいですね」
……聞けよ。
シルビアが説明している俺を無視して怪しいと感じた壁を殴る。岩の壁がパラパラと剥がれ落ちて奥から掌に収まるサイズの宝箱が出現する。宝箱を開けると中には小さな指輪が入っていた。売れば金貨2枚ぐらいにはなる指輪だ。
……っていうか、この指輪はコツコツと採掘をしていた冒険者が偶然にも見つけることができる初心者向けな指輪なのにどうして1発で見つかった!?
「勘、ですね」
そうですか……。勘とはいえ、シルビアの場合は持ち前の感知能力から壁の中に空洞があることを見抜いたうえで発掘していたのだろう。
簡単には見つからないように隠した俺の苦労はなんだっただろう?
「これはなんですか?」
好奇心の強いシルビアは、すぐに宝箱から興味を失くして入口横にある転移結晶に手を触れる。
「ふぇ!?」
頭の中に浮かんできた数字に驚いて思わず手を放してしまう。
「それは転移結晶。各階の入口に1つずつあって、1度でも手で触れていれば、その後は自由に移動できるんだ」
転移結晶があるから討伐目的の冒険者には旨味のない洞窟フィールドをわざわざ進むことなく、自分が潜ったことのある一番深い階層へと行くことができる。
「もう1度触れてみろ」
「ええと……地下1階とだけ表示されています」
そりゃ、シルビアはまだ地下1階の転移結晶にしか触れていないのだから地下1階にしか行けないのは当たり前だ。
「でも、これわたしたちに必要なんですか?」
そう、シルビアが言うように俺たちには『迷宮魔法:転移』がある。
ダンジョン内であれば、どこへでも一瞬で行ける転移があれば転移結晶は必要がないように思えるが、スキルの中には魔法を無効化してしまう物があるため、何かがあった時の為に触れて転移できるようにしておいた方がいいだろう。
「さて……さっきは説明の途中だったけど、初心者向けの宝箱が地下1~10階には置かれている。俺たちの資産を考えれば、この辺で得られる財宝は無視してもいいだろう」
「じゃあ、さっき見つけたこの指輪はどうしますか?」
「どうする? 主人だからと言って俺が奪うようなこともない。売ってもいいし、記念に持っておいてもいい。お前の好きなようにするといいさ」
「では、記念に持っておくことにしますね」
シルビアが収納リングの中に指輪をしまう。
金銭的な価値がそれほどなかった場合でも、初めて迷宮に潜った記念のアイテムにはなる。シルビアの好きなようにさせた方がいい。
その後は、シルビアの思い通りに道を歩かせた。
ただし、その道順は最短距離だ。
俺は迷宮主の持つ権限の1つである『迷宮操作』によって迷宮の構造が手に取るように分かる。しかし、シルビアは持ち前の探知能力を使って風の流れを読み、先へと続く道を選んでいる。
これでも探索能力はある程度鍛えられるからいい。
「むっ……!」
歩いていたシルビアの足が止まる。
「何かがいますね」
ようやく現れた魔物は子供ぐらいのサイズしかない子鬼の魔物。
戦闘力が低く、知能も低いため、よほどのことがない限り負けることはない。
案の定、ゴブリンが腕を振り上げながら走ろうとした瞬間にはゴブリンの横を通り抜けたシルビアの短剣によってゴブリンの首が斬り落とされていた。
「どうですか、わたしの実力は!」
シルビアが若干ドヤ顔で聞いてくるが、これではダメなのだ。
もう、適当に歩いていて遭遇するのが面倒になったので『迷宮操作:召喚』を使って離れた場所にいたゴブリンを曲がり角の向こうに召喚する。
「む、またですか」
ゴブリンの姿を見つけた瞬間、シルビアが走り出そうとする。だが……。
「きゃっ」
足を交錯させて思わず転んでしまう。
「な、なんで……?」
思うように体が動かなかったことに戸惑っているので答えを教えてあげることにする。
「迷宮主権限で眷属のスキルを一時的に封印させてもらった」
具体的には双刃術を封印させてもらった。
「ど、どうしてそんなことを!?」
手を貸して、転んだ時に付いた服の汚れを落としながら立ち上がる。
「さっきの転移結晶と同じような理由だ。なんらかの理由でスキルが使えなくなった時に今みたいに転ぶことになるぞ。そうなることを避けるためにもスキルなしで最低限戦えるように体の動かし方だけでも実戦で学ぶ必要があるんだよ」
その為に迷宮に連れてきたんだ。
出てくる魔物の強さもそうだが、迷宮で出てくる魔物は指示さえ出せば俺の思い通りに動かすことができる。今だって転んだ瞬間に待つように指示を出したおかげでゴブリンが数メートル離れたところで待っていてくれている。
「ちょっとした運動のつもりで行ってみようか」
「分かりました」
スキルがないため慎重な動きになりながらゴブリンに向かって行く。




