第38話 階級支配(クラスドミネイト)
現れたのは緑色の長い髪をした女性で、こちらを勝ち気な目で見ていた。
「おいで愚者髑髏」
グシャ!
女性のいた建物がまるで粘土細工のように踏み潰される。
突如として現れたソレは全長30メートル以上ある巨大なスケルトンと同様に骨だけの魔物。ただし、スケルトンとは全く異なる。大きさはもちろんの事として体の見た目は骨だが、青白い炎に似た光によって形作られている。それにより魔物から放たれる威圧感が半端ない。
「魔物……ともちょっと違うな」
スケルトンに似た姿から魔物だと最初は判断したが、魔物の気配を感じない。
急に現れた女性は崩れた建物のあった場所で愚者髑髏の手に乗って『金の狐亭』の屋上にいる俺たちの高さまで来る。
「あれは【死霊術】によって作られたものです」
「ええと……【死霊術】っていうと闇魔法の?」
「はい。ですが、魔法による【死霊術】よりもかなり強力です。おそらくは眷属になったことで得られた彼女固有のスキルによるものでしょう」
迷宮眷属には、眷属になることでそれまでには見たことのない強力なスキルを得ることがある。
彼女が使用している【死霊術】もその一つだろう。
「せめて【鑑定】が使用できればいいのですが……」
目の前に現れてくれたので使用条件を満たしたため【鑑定】を使用する。
が、当然のようにパティと同様ほとんどの情報が非表示になっていた。
うん。非表示にできるだけで迷宮眷属だという証拠にはなる。そこには隠したい情報と隠せるだけの力がある、ということだから。
「何の用かな? ファラ」
「あれ、あたしの名前が分かるんだ。あ、【鑑定】だね」
「そうだ。ついでに言えばベントラーの迷宮眷属だって予想しているけど」
「その通り。あたしは、リズベットとパティと同じようにベントラーさんの眷属、ファラ。よろしくね。と言っても、すぐに別れることになるんだけど
やはり、眷属で間違いないようだ。
性格のせいかサラッと認められてしまった。
「で、目的は? それに、この状況は何だ?」
「主からの伝言――『明日、会う予定だったけど、気が変わった。お前たちのことが信用ならない。だから、この場で排除させてもらう』――だって!」
そんなことだろうと思った。
おそらく最初から約束を守るつもりなどなかった。
「ついでに言わせてもらうとこの状況は主のスキルによるものだよ」
「【階級支配】によるものか」
「その通り。あのスキルは『自分よりも身分の低い者を強制的に支配下に置く』ことができるんだ。だから、子爵家の当主でもある主は『貴族・下』と『平民全員』を支配下に置くことができる。昼間みたいに相手の体を遠い場所から支配することも可能だし、大勢の認識を変えることだってできる」
「え……」
想像以上の効力に思わず言葉を失ってしまう。
てっきりギルドマスターに対してやっていたように操り人形のように動かすことのできるスキルだと思っていた。その対象は少しばかり広いため破格のスキルだとも。
だが、実際にはそれ以上の力を秘めていた。
今の状況に照らし合わせると街中にいる人々の認識に対して干渉し、俺たちを憎むよう仕向けた。理由なんて何でもいい。もしかしたら、ないのかもしれない。
「襲ってくるのは何の罪もない一般人。あなたたちなら全員を相手にすることなんて苦じゃないかもしれない。けど、果たして全員を返り討ちにすることはできるかな」
答えは――できない、だ。
実力的に問題はなくても倫理的に問題がある。
やりたくない。
「分かった。関わり合いにならず、故郷へ帰るって言ったら退いてくれるか?」
戦闘を回避できるならそっちの方がいい。
「残念だけど、それも無理だね。あたしたちの正体について知っちゃった。だから逃げても必ず仕留めるし、何なら故郷ごとあんたたちを滅ぼしてあげてもいい」
「なるほど」
既に戦闘をせずに和解する道は断たれてしまっている。
故郷ごと滅ぼす?
アリスターには家族が待っているのだから、そんなことは絶対にさせられない。
「俺たちと敵対することを選んだのはそっちの方だ。後悔するなよ」
「後悔? そんなのする訳ないじゃない。これだけの戦力を前にして勝つつもりでいるの?」
たしかに都市にいるほとんどの人間が憎しみを向けてきており、こちらからは手を出し難い状態となれば厳しい。
「その能力も万能じゃない」
「どうしてかな?」
「あなたがここにいるのが何よりの証拠」
イリスがピシッと指を突き付ける。
「迷宮主や迷宮眷属であるあなたたちには【地図】がある。本来なら私たちの位置も分かるはず。けど、分からないからこそあなたが来た。違う?」
「……そうだよ」
苦虫を噛み潰したような表情をしながら肯定する。
「あなたたちは何かスキルでも使っているのか襲撃があってから地図に反応が表示されなくなった。だから、あたしが来ることになったの。もう、せっかく優雅に観戦しているだけでいい、と思ったのに!」
プンプンと怒っている
う~ん……ステータスが正しければ23歳で俺たちよりも5歳は年上なはずなんだけど、どうにもそういう風には見えない。
「こっちだって現在位置を誤魔化す方法なら持っている」
イリスと俺が使える【迷宮結界】。これを最小限の魔力消費のみで周囲を覆うことによって防御力は全く発揮されないうえ目視できるが、遠隔地からの覗き見は防げるようになる。
襲撃が発生した時点で【迷宮結界】によってベントラーたちの監視から逃れていた。
そうなると誰かが肉眼で視て状況を伝えるしかなかった。
それには信頼できる者でなければならない。
ベントラーが信用できる者となると自分の眷属ぐらいしか考えられない。
「なるほど。そっちも何らかのスキルで姿を隠していたんだろうけど、メリッサが正解を言い当ててしまったから動揺して気配を漏らしてしまった」
そこをシルビアに探知されてしまった訳だ。
「まあ、いいかな。あたしはあたしの好きなようにやらせてもらうよ。そもそも、こういうコソコソしたやり方って苦手なんだよね」
ファラが愚者髑髏の腕を走って肩まで登る。
「愚者の剣」
右手を掲げると愚者髑髏も同様に右手を掲げ、手の中に愚者髑髏と同じ材質で造られた巨大な剣が生み出される。
「……っ、そういう素材なんだ!」
「ん? もしかして、気が付いたの?」
声のした方を見ればノエルが錫杖を強く握り締めていた。
その顔にはファラに対する強い憤りが見える。
「どうした?」
「あの愚者髑髏を形作っているのは何だと思う?」
「何って言われても……」
「大勢の人の魂。それも数百人とか数千人なんていうレベルじゃない」
たしかに愚者髑髏は通常では考えられないほど巨大だ。
見た目からしてアンデッドに属するような存在なのだろうが、以前に王都の迷宮で遭遇したスケルトンロードとは比べ物にならない。あれも数千人規模の魂を凝縮させていた。
一体、どれだけの魂を注ぎ込んでいるのか?
「さあ? 何人の魂で作ったかなんて覚えていないし、気にするつもりもない。あたしのスキル【迷宮魂縛】は迷宮内で死んだ人たちの魂をあたしの力へと変換する能力がある。あたしが自由にできるのは、あたしが迷宮眷属になってから10年の間に死んだ人たちの分だけだけど、年間で数万は死んでいるからね」
一獲千金を求めて無謀な迷宮攻略に挑戦する若者。
ベテランだってちょっとした油断から死んでしまうことがある。
そして、迷宮とは関係なく地上で寿命を迎えてしまった老人だっている。
レベルが高ければ高いほど魂は強くなり、迷宮があるおかげでエスターブールに住んでいる人たちのレベルは高い。
それらを自由にできるとなれば強い。
「生きている人間に任せて数で圧し潰すよりもあたしが持っている魂で圧し潰した方が早いでしょ」
右手に持った巨大な剣が振り下ろされる。
このままだとマズい!
「イリス!」
「分かっている」
二人で協力して二重に【迷宮結界】を張る。
展開された半透明な壁が魂で造られた巨大な剣を受け止める。
「あれ、避けないんだ」
「おりゃあ!」
結界を押し上げて剣を飛ばす。
飛ばされた先にあった建物がいくつか壊れてしまったけど、ここが無事ならいいや。
「もしかして、その建物も守っているの?」
「まあ、な。ここは、いい宿だから壊されたくない。それにレイナちゃんたちだってこの場で気絶しているんだから放置する訳にもいかない。俺たちだけで逃げる訳にはいかないんだよ」
「そっか」
再度、力を強めると左手にも同じ剣が現れる。
「だったら、その宿を狙っていれば避けられない訳だ」
2本の剣が左右から同時に振られる。
が、直後に体勢を崩して倒れてしまう。
「な、な~に……いきなり地震が起きるなんて……!」
魂で構成された愚者髑髏だが、人型で作ったせいかしっかりと足があって地に立っている。それが仇となって地震の影響を受けてしまった。もっとも、倒れただけでダメージにはなっていないらしい。
そして、地震がタイミングよく自然に起こるはずがない。
「やるのか?」
「わたしが相手をする。プランを変更するなら時間が必要になる。誰かが彼女の足止めをする必要があるでしょ」
「頼む」
ファラの相手をノエルに任せる。
「全員、ついて来い! ここからは全力――迷宮の最下層を目指すぞ!」