第34話 冒険者ギルドの秘書
ギルドマスターのステータスは問題なく読み取れる。
冒険者として現役だった頃は強かったんだろうな、という事が読み取れる十分なステータスとスキルだ。これなら冒険者も従うだろう。
問題は秘書の方だ。
秘書は、名前が『パティ』という事は読み取れるのだが、それ以外のステータスやスキルについては『※※※』という風になっていて読み取ることができない。
昨日のパーティーの一件でリズベットから俺たちが迷宮主と迷宮眷属だ、という情報が伝わり【迷宮魔法:鑑定】を使われてもステータスを読み取れなくすることができる魔法道具を慌てて用意したのだろう。
対策をした結果、このような結果になるのはリオと実証済みだ。
だけど、何も分かっていない。
非表示にする事ができる=迷宮主もしくは迷宮眷属、という事になる。
迷宮魔法の存在を知る者は限られている。
迷宮魔法への対策をした時点で迷宮関係者だと自分から言っているようなものだ。
「……どうした?」
黙ったままの俺たちをギルドマスターが訝しんだ。
「失礼。冒険者になって3年ほどなのでギルドマスターと面会する機会がそれほどある訳ではないんですよ」
「まあ、大抵の冒険者はギルドマスターと会う機会すらなく引退して行くからな。高ランクの冒険者にしたって特別な依頼で顔を合わせるぐらいだ。ギルドマスターと面会したことのある経験の多い奴の方が異常だ」
ハハハッ、と笑って流してくれるギルドマスター。
かなり大雑把な人で細かいところはあまり気にしないみたいだ。
「それで、用件は何でしょうか?」
「そこまで難しい話じゃない。優秀な冒険者が来たみたいだからギルドマスターとして一度話をしておきたかっただけだ」
ギルドマスターの真意は本当らしく、どこから来た冒険者なのか確認され、パーティの構成を気にされた。探索や戦闘、相手がどんな事を得意としているのか知ることによって依頼する内容も変わって来る。
俺たちでしかできないような依頼があれば任せるつもりらしい。
「一昨日までに地下30階まで探索を進めたみたいだけど、ここから先はどうするつもりなんだ? そこから先は火山地帯が続いている。鉱物資源は得られるし、一獲千金を狙うならダイヤみたいな宝石も狙い目だぞ」
「そこについて確認してみたかった」
「そこ?」
「冒険者ギルドにたくさん素材を卸して気に入られている冒険者なら目的の素材を得られやすくなるっていう話を聞いた。それは本当?」
情報を集めていた段階から気になっていた事をイリスが尋ねる。
迷宮主が関わっている事は間違いないが、ギルドマスターとしてどこまで把握しているのか知っておく必要はある。
そして、世間話をしている間は何も喋らなかった秘書のパティだが、冷静に努めようとしていたがわずかに眉を顰めていた。
「たしかにそういう噂はある」
「じゃあ……」
「実際、俺も冒険者ギルドにたくさん素材を卸していて恩恵を受けていたことだってある。だから事実だった、と言うことはできる。けど、ギルドマスターになってみて分かったが、ギルドにそんな力はない。きっと神様が人々の為に働く冒険者の為に便宜を図ってくれていたんだろうよ」
たしかに迷宮は神の遺した産物だ。
だが、今となっては神の影響力など何も残されていない。
「はぁ、冒険者の間では有名でしたから採用しましたが、ここまで実務能力に欠けるのは問題ですね。次の採用基準にはそれも加えることにしましょう」
「おい、何を言って……ッ!」
振り向いたギルドマスターだったが、突然ガクンと上半身が前に落ちた。
パティが後ろから乱暴に服の襟を掴んで引き寄せる。その扱いには自分の上司に対するような尊敬の念は一切なかった。
「当り前です。私の主はたった一人です。少なくとも、このような男ではありません」
「……なに?」
言いながら気を失ったギルドマスターの隣に腰掛けるパティ。
ソファに座ったパティの態度は先ほどまでの秘書と言える控え目なものと違って尊大でこちらを見下したものだ。
「では、【鑑定】で分かっているかもしれませんが、改めて自己紹介させていただきましょう。私の名前はパティ。この都市にある迷宮を管理している迷宮主に仕える者――迷宮眷属の一人です」
やっぱり……
「冒険者ギルドで秘書をやっているのは?」
「リズベットを知っているのなら予想できるかと思いますが、私たち眷属はエスタリア王国の様々な場所に潜り込み、情報を収集しています」
【完全変身】を持つリズベットは、他人に成りすますことでありとあらゆる場所に潜入し情報を収集することが可能。
冒険者ギルドのギルドマスターの秘書という立場は、迷宮に挑む冒険者の情報を集めるうえで効率的と言えた。迷宮へ挑む際にはパーティの申請をし、卸先の伝手がなければギルドで売却することになるため冒険者の実力を計るには適していると言えた。
「ギルドにも色々と付き合いがあってギルドマスターともなれば身分の高い人たちと会うこともあります。そういったスケジュールを組めるこの立場は色々と都合がいいのですよ」
ただし、フッと視線を逸らすと、
「尤も、私の作った制度ではないですけどね」
迷宮主も何らかの方法で引き継いでいる。
となれば、眷属の立場だけでなく秘書という立場も引き継いでいる可能性がある。
「よく俺たちとの面会をする気になったな。こっちが危険な存在だっていうことは予想することができたはずだ」
「もちろん予想できました。だからこそ準備は怠っていません」
そう言って十字架の付いたペンダントを服の内側から取り出す。
きちんと【迷宮魔法:鑑定】に対抗できる魔法道具を準備して来ている。
「それも失敗だったな。対抗できた時点で最低限の情報は与えている」
「もちろん理解できています。貴方たちはどれだけの情報を読み取ることができましたか? 名前、年齢、職業……さすがにステータスやスキルについては読み取ることができなかったでしょう」
パティが言うように名前しか分からなかった。
これでは相手の手の内が分からない。
どうやら一種の意趣返しをされたみたいだ。
「そういうことか……」
「リズベットが皆さまのステータスを鑑定したところ、読み取ることができたのは名前と年齢のみ。誰が主なのかは彼女が見聞きした情報から男性の貴方が迷宮主だと推測させてもらいました。後の5人は眷属ですね」
俺たちが迷宮主と迷宮眷属だと確信を持てたリズベットは、すぐさま【鑑定】を使用してステータスを覗こうとした。
だが、魔法道具に阻まれて覗くことができなかった。
見られたのは名前と年齢のみ。
「どうせ逃げ隠れしたところで【鑑定】を使われてしまえば最低限の情報は伝わってしまう訳です。それにリズベットを鑑定したなら、いつかは私たちに辿り着いた可能性があります。ならば名前ぐらいは開示してもいい、そう思った訳です」
本当に隠さなければならない情報。
ステータスやスキルについては隠している。
なるほど。迷宮主である事は誤魔化すことができない。だからこそ本当に隠さなければならない情報だけを伏せて最低限の情報は最初から知られてもいいと思った。
「で、俺たちと面会を希望した理由は?」
今日の面会はギルドマスターの希望もあったのかもしれない。
けど、それを最後に了承したのは実務的な決定権のあるパティの方だ。先ほどまでのやり取りからギルドマスターには実務的な力が欠如しているように思える。
「この都市の冒険者ギルドのギルドマスターは、私たちの傀儡でしかありません。ですから誰でもいいのですが、前ギルドマスターが引退した時期に最も都合のいい存在をギルドマスターに祭り上げさせてもらいました」
パティは目立ちたくない。
だが、ギルドの保有している冒険者の情報は欲しい。
「私の目的……と言うよりも私の主の目的ですね」
迷宮眷属であるパティ。
そして、その裏にいる迷宮主が俺たちに用がある。
「そちらの迷宮主と個人的な話を希望されています。ですが、姿を見せる訳にはいかない主ですので、この者の体を借りることにしたのです」
「そういう訳だ」
ゆっくりと前のめりになっていた体を起こすギルドマスター。
いや、ギルドマスターから異質な魔力を感じる。肉体はギルドマスターであっても中身は別人だ。
「初めまして。この都市の迷宮を管理させてもらっているベントラー・ロンヴェルトだ」
顔を上げたギルドマスターは似合っていない不敵な笑みを浮かべながら自分の名前をそのように言った。