第33話 エスターブールのギルドマスター
パーティー終了後。
夜通し地図と睨み合ってリズベットの反応が現れないか確認していたが、スウェールズ伯爵邸にいるジェシカの反応しか表示されなかった。
やはり、簡単には尻尾を出してくれない。
「そっちは諦めることにして今日は冒険者ギルドのギルドマスターとの面会だ」
受付嬢のローナさんから申し込まれた面会。
俺たちは内心では快く引き受けた。
「ギルドマスターは要注意人物の一人でしたからね」
理由は分からないが、任期によって交代することが決まっているギルドマスター。冒険者ギルドは独立した機関でもあるため、そのギルドによってギルドマスターの任命方法も違う。
だが、任期制というのは珍しい。
ほとんどの冒険者ギルドにおいて冒険者を纏めなければならない都合上、ギルドマスターに腕っ節を求めるところが多い。もちろん事務能力を買われてギルドマスターになる者もいる。
その場合、問題になるのが肉体の衰えだ。
人間である以上は、どうしても老いに勝つことができない。
肉体的に追い付かなくなり冒険者を纏められなくなることだってある。
それが、いつなのかは誰にも予想できない。
だからこそ20年以上という期限を設けるのは危険だ。
「でも、エスターブールの冒険者ギルドにギルドマスターを侮っているような冒険者はいない」
事前に情報を集めてくれたイリスが教えてくれた。
こういった冒険者関係の事についてはイリスが担当するようになっている。
「現在のギルドマスターは今から10年前に任期が訪れて前のギルドマスターから新しいギルドマスターになるよう任命されたらしい。任命された理由だけど、元々は迷宮で稼ぐ冒険者だったらしくて当時現役だった冒険者の中では一番稼いでいるから選ばれた、そんな理由だったらしい」
さすがに10年前のギルドの内部事情など冒険者や職員に聞き込みをした程度では分からなかった。
だが、最も必要な部分は聞くことに成功した。
「で、引退した前のギルドマスターだけど、今は冒険者を目指している新人の為に道場を開いて剣術を教えていた」
これについては剣術道場をイリスが直接見ているため確定情報だ。
が、その後に何をしているのかは重要ではない。
「……生きてはいたんだな?」
何かをしていたことが重要だった。
イリスも頷く。
「だとしたらギルドマスターは迷宮主もしくは迷宮眷属とは無関係だな」
協力関係にはあるのかもしれないが、少なくとも迷宮主とかではないことは確定した。
「そうよね。迷宮の管理者権限を引き継がせているなら生きているはずがないわよね」
アイラが言うように引き継いだ場合は生きていられない。
迷宮主の引継ぎそのものはアリスターの迷宮でも可能だが、その時に問題となるのが前迷宮主の管理者権限の喪失だ。
迷宮主は、管理者となった瞬間から迷宮と一体になっていると言っていい。
そのため管理者権限を失うと同時に恩恵――驚異的なまでのステータスの上昇も失ってしまう。その際に起こる負荷は凄まじく、低下したステータスでは絶対に耐えられない。
迷宮主は、迷宮主でなくなった瞬間に死んでしまう。
そして、迷宮主と契約という名の絆で繋がっている迷宮眷属も死ぬ。
つまり……
「もしも、ギルドマスターの間で引継ぎが行われていた場合には今のギルドマスターが迷宮主になった瞬間に前のギルドマスターは死んでいなければならない」
以前のギルドマスターが今でも生きている事が迷宮主でも迷宮眷属でもない証拠になる。
それでも迷宮主と何らかの繋がりが冒険者ギルドにあるのは間違いない。
「流行り病が発生した際に冒険者ギルドは逸早く薬草を求めて迷宮へ潜っている」
以前に俺も似たようなことをした。
薬草を必要としている人がおり、迷宮にあるかもしれないという情報を伝えて採取の為に多くの冒険者を呼び込んだ。その時は緊急事態ということもあって買取額が上昇していたため冒険者が挙って迷宮を訪れていた。
「後、気になった事があったから調べてみた」
「何かあったのか?」
「私たちみたいに冒険者ギルドへは卸さずに『黄金狐商会』みたいなところへ卸している冒険者がいた。けど、それは獣人みたいな立場の弱い人たちばかりで大多数の冒険者はギルドに卸していた」
それはおかしい。
何日か買取額を比べてみたが、冒険者ギルドにおける素材の買取金額に大きな変動はなく、『黄金狐商会』と比べた場合には『黄金狐商会』の方が高かった。
冒険者の多くが金を求めている。
その日暮らしの者が多く、貯蓄はそれほどない。それでいて大金を稼げるのは若い内だけで老後に困る者が多い。
だから少しでも稼いでおこうと買取額が高い方へ流れてもおかしくなかった。
「それが、あまり喋ってはくれなかったけど、冒険者ギルドを贔屓にしていると特典があったみたい」
「特典?」
それは必要としている獲物が出易いというものだった。
例えば先日の紅蟹のように依頼を受けて早急に獲物が必要な場合でも比較的簡単に見つけることができるようになる。
採取物も見つけ易くなる。
「明らかに操作されているな」
「そう思う?」
クリムゾンクラブの時は、逆に遭遇できないよう操作し、俺たちが迷宮を訪れたタイミングで遭遇できるよう操作していた。
迷宮主ならそれぐらいのことは簡単にできる。
特定の魔物と遭遇し易くするのも命令するまでの時間は必要になるが、不可能な訳ではない。
「そうやって稼いでいた訳だ」
多くの冒険者に潜らせ、自分たちを贔屓にする者を増やす。
冒険者ギルドが稼いだ金がどのように流れているのかは知らないが、エスターブールの迷宮主にとって有利になるよう流れているのは間違いない。
以上を踏まえるとギルドマスターは白、もしくは協力者に留まる人物。だが、ギルド内に最低でも協力者以上の関係性を持つ者がいるのは間違いない。
「どうする?」
「慎重に行くしかない。ギルドマスターがダメだったとしても手掛かりが何もない訳じゃないんだからこっちの情報を渡さないことを優先させよう」
☆ ☆ ☆
2時間後。
ギルドマスターとの面会時間がやってきた。参加者はパーティ全員。とはいえ、冒険者ギルドでの交渉はイリスに任せるつもりでいる。補佐としてメリッサにも対応してもらおう。
冒険者ギルドは人で溢れていた。
『構造変化』が起こったばかりで、どこがどのように変化したのか少しでも確認してから潜ろうという魂胆だ。別に悪い事をしている訳ではない。冒険者にとって自分の赴く場所がどれほど危険な場所なのか確認するのは常識だし、それが悪いことだとは思わない。
「ギルドマスターに会いに来たんだけど」
「はい、すぐにご案内します」
担当のようになったローナさんに連れられてギルドを奥へと進む。
その途中、冒険者たちのヒソヒソ声が聞こえて来た。
「おい、あいつらだぜ……」
「いきなり来て数日で地下30階まで到達したんだろ」
「さっさと行かねぇと財宝を全て奪われるぞ」
俺たちの登場に焦る冒険者たち。
せっかく補充されたばかりにも関わらずガッツリと奪われてしまっては稼ぎがなくなってしまう。
今後は、もう荒稼ぎをするつもりがないので杞憂なのだが、敢えて教える必要もないので無視する。
「ギルドマスター、マルスさんたちのパーティを連れて来ました」
「おう、入ってくれ」
「失礼します」
部屋の中から渋い男性の声が聞こえる。
既にソファに座って壮年の男性が待っていた。
「おう、適当な所に座ってくれ」
ギルドマスターの座っているソファの前には5人掛けのソファがある。
俺が中央に座り、左右にイリスとメリッサが座る。その横にノエルが遠慮しながらチョコンと座っている。シルビアとアイラは戦闘になった場合、即座に動けるようソファの後ろに立っている。
そこまで警戒する必要があった。
「俺がギルドマスターのブルーノだ」
事前の話し合い通り、ギルドマスターは白だ。
「で、俺の隣で立っているのが秘書を務めているパティだ」
隣に立っているクリーム色の長い髪に眼鏡の女性。背が高く、スラッとしているため秘書という仕事が非常に似合っており、デキる女だと思わせてくれる。
ただ、残念な事に彼女は黒だ。