第32話 ステータスに残された手掛かり
「さっきの一部始終は見させてもらったよ」
パーティー会場で笑みを浮かべるケープさん。
リズベットとのやり取りはパーティー会場の入口付近で行われていた。そのため招待客のほとんどが見届けることになってしまった。
準男爵のような爵位の低い者は何が行われているのか分からず、何らかの出し物でも行われているのかと見ていた。だが、爵位が高くなれば何が行われているのか予想することができた。
そして、大商人も情報通だ。
さらに言えば『黄金狐商会』の会長であるケープさんは俺たちから今回の一件に関する情報を事前に聞いていたため何が行われているのか正確に見抜いていた。
傍から見れば貴族がメイドを問い詰めている。
何か失敗でもしてしまったのだろうとしか思えない光景。
だが、貴族や大商人ともなれば雰囲気から察する。
そして、ケープさんには俺たちという正確な情報源が存在する。呼び寄せると何があったのか正確な情報を聞いて来た。
「なるほどね」
事のあらましを聞いた彼女は、それだけを言った。
「え、それだけですか?」
「この国でパペッターズに脅されている奴なんて沢山いるよ。ただし、連中の中に『驚異的なまでの変身能力』を保有している奴がいるなんて情報は聞いたことがない。その辺は、変装に気付いたスウェールズ伯爵のお手柄だろうね」
スウェールズ伯爵を褒めるケープさん。
尤も、褒められたスウェールズ伯爵も次の言葉で失意のどん底に落とされることになる。
「パペッターズを完全に敵に回してしまった。どれだけすぐに行動を起こせるかによって変わって来るだろうね」
既にスウェールズ伯爵はパーティー会場から去っている。
もてなす為に使用人は残っているが、自派閥の為に話をしようと会場にいた家臣は全員が伯爵について行っている。
今は、それどころではないと察している上級貴族たちは何も言わない。彼らも自分が同じような立場に立たされてしまうことがあるかもしれないため同情している。
まあ、中には状況を察することのできない下級貴族が文句を言っているが、対応できる者がいないので無視されている。むしろ状況を察している者から冷めた目で見られているほどだ。
「それで、どうするんだい? せっかくの手掛かりを得たっていうのにこんな場所に残っているのは、逃がしてしまったうえ逃走先も分からないからだろう」
ケープさんが言うように逃がしてしまった。
少々自分たちのスキルを過信し過ぎていた。迷宮の上なら【地図】があれば追跡は簡単だろうと慢心していた。
「いえ、大丈夫ですよ」
手掛かりが全くない訳ではない。
「ケープさんは『ロンヴェルト子爵家』という貴族をご存知ですか?」
「……まあ、知ってはいるけど、それが今の状況にどう関係してくるんだい?」
ケープさんの反応からしてあまり目立った貴族家ではないらしい。
「先ほどの潜入者は『ロンヴェルト子爵家の使用人』です」
「根拠を聞こうじゃないか」
少し声を落とすケープさん。
パーティー参加者は歓談しており、適度な音がパーティー会場には響いている。他の人の会話を気にするのはパーティーにおいては失礼に当たるため聞かれる心配もそれほどしなくていいが、内容が内容だけに聞かれたくない、という思いが込められていた。
「根拠は言えません」
根拠は、【鑑定】を使用した際の職業。
リズベットの職業は『迷宮眷属』と同時に『ロンヴェルト子爵家の使用人』も表示されていた。俺たちに対する対策を何も用意していなかったので偽りの情報だと警戒する必要性も低い。
今のところリズベットに対して残された手掛かりはこれぐらいだ。
「ほう」
【鑑定】が使える事を教える訳にはいかないため根拠については言えない。
それでもロンヴェルト家に関する情報は必要になる。
「このワタシから情報だけを引き出したいと?」
「そうです」
「ワタシは商人だよ。自分たちの利益がないのに情報を売るような真似をするはずがないだろうに」
「大きな貸しになるのではないですか?」
何を渡そうか?
道具箱の中にはまだまだ貴重な代物があるため吟味しようとしたところメリッサから提案があった。
「スウェールズ家は窮地に立たされています。これを私たちが解決すれば、私たちを紹介した黄金狐商会はスウェールズ家に対して優位に立つことができるようになります。黄金狐商会の力を求めていたようですし、かなり優位な取引ができるようになるのではないですか?」
「なるほど。自分たちの功績を売り込みに来たかい?」
事態の解決がなされれば俺たちと一緒に黄金狐商会も優位に立てる。
そして、俺たちはその後のエスタリア王国に関しては興味がないため黄金狐商会のみが利益を得る。
「尤も、黄金狐商会から情報が得られなかった場合にはスウェールズ家の方に話を聞きに行くことになります」
スウェールズ伯爵には、【完全変身】をしていた人物がロンヴェルト家の使用人である事は伝えていない。
相手は貴族。
情報を貰い、助ける。対価のある取引だったとしても繋がりが発生することで、今後も無理難題を押し付けられる可能性があった。貴族との付き合いは、どうしても必要でなければ最低限に済ませるに限る。
できる事なら貴族以外から情報を引き出したく、今のところ俺たちが頼ることができるのは黄金狐商会ぐらいだ。
「いいだろう。こっちもアンタらにスウェールズ伯爵家の息が掛かるのは得策じゃない。そっちの提案だって無意味なものじゃないんだからロンヴェルト家に関する情報ぐらいはタダで渡してあげるよ」
「ありがとうございます」
メリッサのおかげで下手に貴重な物を渡さずに済んだ。
「さて、ロンヴェルト家についてだったね。あそこは目立った功績もない法衣貴族だからワタシもそこまで詳しい訳じゃないよ」
法衣貴族。
王城に勤める文官のような立場の人たちで役職を拝しており、高い功績を残し王に認められることで爵位を得ている。その爵位に応じた年金を毎年もらえる。爵位が高ければ高いほどもらえる金額は高くなるので出世を目指している人は多いが、領地を治める貴族のように戦争で勝利した、新たな特産品を生み出したなどといった目に見えた功績が少ないため出世は難しい。
「ロンヴェルト家は、エスタリア王国で人口やら税の取りまとめをしている内務省に勤めている法衣貴族だったはずだよ。尤も、内務省の長官みたいに役職がある訳じゃない。下の方で細々と仕事をしているだけの貴族だったはずだよ」
詳しい事は知らないと言いながら色々と知っていた。
自分の子供に世襲させることができるだけで、仕事の方は文官と変わらない。そのため保有している資産は黄金狐商会の会長であるケープさんよりも圧倒的に少ない。
人脈もそこまである訳ではなく、最低限の付き合いしかしていない。スウェールズ伯爵のパーティーに呼ばれていないのが証拠だ。
貧乏貴族。
それがエスタリア王国におけるロンヴェルト家の認識らしい。
「怪しいところなんてない……と言いたいところだけど、目立たないから常に見ていた訳じゃない。それに弱小貴族とはいえ貴族であることには変わりない。裏でどれだけコソコソとやっていたのか想像もできないね」
次に接触する必要があるのはロンヴェルト子爵家だ。
とはいえ、ケープさんも法衣貴族で弱小とされているロンヴェルト家にまで伝手がある訳ではないので接触するのは難しいらしい。
「ま、ワタシたちが協力できるのはここまでだろうね。こっちも大きな商会を抱えている身なんでね。これ以上の協力は自分たちの身の破滅を招きかねない」
スウェールズ伯爵家のパーティーにまで連れて来てもらえただけでもありがたい。
まだ、他にも手掛かりがない訳ではないので明日はそっちを当たろう。