第4話 辻斬
シルビアが自分の冒険者カードを受け取った後、ルーティさんから依頼の受け方やランクアップの方法について説明を受けている。
俺は以前にも同じ説明を受けているので依頼票が貼られている掲示板で最近の依頼について確認している。
シルビアのランクについては、Fランクでさえあれば最低限の目的は果たすことができるので、ランクアップの優先度は低くなってしまうが、やはり彼女の自尊心の為にもできるだけ上げてあげた方がいいだろう。
とはいえ、今日のところは依頼を受けるつもりはない。
「おや?」
一通り見て気付いたのだが、デイトン村の討伐依頼がない。
半年間は俺が村の近くにある森に出没する魔物を討伐することを請け負ったが、俺も今回のように王都へ出掛けたりして長期間アリスターの街から離れなければならない場合がある。そういう時には、ギルドに依頼を出して他の冒険者に討伐してもらうことにしていた。
今回も王都に出掛ける前に討伐依頼を出して報酬もギルドに預けているので、依頼を受けた冒険者にはそこから支払われているはずである。
「マルスさん!」
説明を聞き終えたシルビアがカウンターから俺を呼ぶ。
できればギルド内では注目を集めるような行動は控えてほしいんだけどな。ほら、ギルドの中にいた冒険者から睨まれているよ。俺が。
「説明は分かった?」
「はい」
「何か分からないことがあればマルス君に聞くといいですよ。なんせ彼は有望株のBランク冒険者ですからね」
Bランクとして実力を評価してくれたとはいえ、冒険者として活動した期間はまだ半年にも満たないので素人みたいなものだ。
あまり難しいことを聞かれても困る。
「ところで、デイトン村の討伐依頼がないみたいなんですけど、どうでしたか?」
「ああ、王都に出掛ける前にマルス君が出した依頼についてですね。あの依頼は討伐する魔物の数が多くても10体ぐらいにもかかわらず報酬が多いので、実力のあるFランク冒険者が受けて、明日もう1度Eランクの冒険者が行くことになっているんです」
放置するわけにはいかないので、報酬を他の討伐依頼よりも多めに設定しておいたのだが、そのおかげでお金に困っている冒険者が食い付いてくれたらしい。
「まさかマルス君がこんなに早く王都から帰って来るとは思っていなかったので今回の分も依頼として出してしまったのですが、どうしますか?」
「あー、さすがに依頼を横取りするような真似はしませんよ」
本来は俺がアリスターの街にいない間に出されるべき依頼だが、元はと言えば俺がきちんといつ帰るのか伝えておけば、こんな手違いが起きなかったのだから俺に責任があるだろう。
「そう言っていただけるとありがたいです。今回依頼を受けた冒険者も依頼を完遂できるだけの実力はあるんですけど、装備を買い替えたりして一時的に金欠だったのでちょうどよかったんです」
どうやら実力的には申し分なさそうだ。
討伐内容そのものならFランクでも問題ないのでギルドとしてはFランク依頼として受理していた。冒険者は、自分のランクよりも1つ上のランクの依頼までしか受けられないという制限はあるが、下のランクの依頼を受ける分には制限はない。もっともランクが低いだけに報酬も安いというのが普通なため、通常であれば受ける者はいない。
ただ、俺の依頼はEランク並みの報酬を出していたので受けてくれた。
「それで、マルス君たちはどうしますか?」
何か依頼を受けるのか?
ということなのだろうが、正直言ってあまり興味を引かれるような依頼はなかった。
いや、1つだけ……。
「ちょっと気になる依頼があったんですけど、夜間警備の手伝いって何ですか?」
そんな依頼が出されたことは俺が冒険者になってからは今まで1度もなかったはずである。
街の警邏は基本的に騎士や兵士が行っている。以前にも近隣に強力な魔物が現れ、騎士や兵士だけでは戦力が足りないということで追加人員の募集を冒険者に行っていたことがあったが、それと同じようなことだろうか?
「事情としては、魔物討伐の時と同じように人員が足りないので冒険者からも一時的に募ろうという話です」
「何があったんです?」
アリスターの街には戦力が揃っていたはずである。
それが冒険者に頼らなければならないほどの何かが起こっている可能性がある。
「マルス君は王都に行っていたみたいだから知らないでしょうけど、1週間ほど前から夜になると辻斬が現れるようになったんです」
「辻斬?」
「もう5人も犠牲になっています」
辻斬――街中で何の関係もない人々が斬られて殺害されていた。
聞いてみると最初の被害者は、建設現場に金槌を忘れた大工で、夜に慌てて外出したが、帰り道に辻斬に遭遇し、帰らぬ人となった。
2人目の被害者は、近所に夕飯のお裾分けに出掛けた主婦で、近所に届けた後で家に帰り着くことなく辻斬によって殺された。
3人目も酒場で酔って自宅に帰る途中に襲われた。
3人目の男性が殺された時点で事態を深刻に受け止めた騎士団が夜間の警戒を強めて人員を増やしたところ、2人の騎士が犠牲になった。
被害者には何の関連性もなかったため犯人が享楽目的に人を斬り殺していると判断した。
そんな話、兄からは聞いていないが、おそらく俺を関わらせないようにと考えて、敢えて情報を伏せていたのだろう。とはいえ、俺も関わるつもりはない。
「夜間警備は辻斬に備えてのものですか?」
「そうです。どういうわけか、辻斬は夜にしか現れないので冒険者からも人員を募って対策しようということらしいです。できれば腕の立つマルス君には、帰って来たのならこの依頼を手伝ってほしいところですね」
街には家族もいることだし、早く解決する為に手伝ってもいいのだが……。
「考えておきます」
「お願いします」
夜間の警備は兵士たちと同じなら2人1組で対応することになる。
俺1人で受けてしまうと誰か他の冒険者と即席で組んで警備に当たることになる。正直言って、かなり面倒だ。
「もしも依頼を受けるならわたしも手伝いますね」
シルビアはこう言ってくれるが、生憎この依頼を手伝ってもらうことはできない。
「この依頼に関しては、騎士まで殺していることから辻斬の実力が相当あることが予想されますので少なくともDランク以上の冒険者でなければ受けることができないのです」
シルビアは冒険者になりたてのFランク冒険者。
残念だが、どれだけ頑張っても1日や2日ではDランクまで上げることは不可能だ。
そのため警備に参加できるのは俺だけとなる。その場合、事情を知らない相手と組まなければならないので手札を隠した状態で辻斬を捕らえなくてはならない。実力が未知数な相手にそんな危険な真似はしたくない。
いや、騎士である兄と組ませてもらうという手もあるか。
「それで、依頼についてはどうしますか?」
「今回は受けないことにします」
今日の最大の目的は冒険者登録をすることで、依頼を受けるつもりは最初からない。
「もしかして、迷宮へ行くつもりですか?」
「そうです。冒険者登録をすることが一番手っ取り早いですから」
「なんだかマルス君が初めてギルドに来た時のことを思い出しますね」
俺も迷宮に挑むために冒険者になったからな。
思えば、あの時から全てが始まったとも言える。
「あの、どういうことですか……?」
事情が分からず呆然としているシルビアを置いて配達依頼の報酬である金貨5枚を受け取る。10日で金貨5枚か。貴族からの依頼なのだから、もう少し貰えないかと思ってしまうのは俺の金銭感覚が宝箱のせいでおかしくなってきたせいなのだろうか?
昔は金貨を持ったことすらなくて、もしも持ってしまえば保管方法が気になって卒倒してしまいそうだったのに。
随分と遠いところまで来てしまった。
とにかく俺もシルビアも冒険者ギルドですべきことが終わったので、冒険者ギルドを後にする。
「それで、これからどうするんですか? さっきは迷宮に行く為に冒険者になったみたいなことを言っていましたけど」
シルビアの疑問も分かる。
俺たちには転移があるから迷宮へなら簡単に入ることができる。
けれど、色々と柵があるんだよ。