第31話 完全変身(パーフェクトトランス)
「な、何を言っているのですか旦那様……!」
お前は誰だ。
そんな事を言われたメイド――ジェシカさんはすっかり怯えていた。
オロオロしており、紫色の目を左右へ走らせている。
誰か頼りになる人はいないか?
咄嗟にセルディックさんの方へ1歩だけ近付いていた。
しかし、近付かれた方のセルディックさんは自分の主を信頼しており、目の前にいる自分が連れて来た相手に猜疑心を抱き、主を守るようにスウェールズ伯爵の前に立つ。
「もう一度だけ聞く、お前は何者だ?」
「で、ですから……!」
「くどい! たしかに姿や動揺した時の視線の走らせ方などは本人と見紛うほどに真似ている。だが、ジェシカの瞳はお前のような紫ではなく、髪と同じように澄んだ蒼をしている。瞳の色まで変えなかったお前は偽物だ!」
偽物だと判断した根拠を言うスウェールズ伯爵。
その瞬間、オロオロしていたジェシカを名乗る人物の表情が落ち、ニタァとした邪悪な笑みを浮かべる。
「やれやれ。メイドの瞳の色まで覚えているなんてマメな貴族だね」
「ふん。相手が悪かっただけの話だ」
単純にスウェールズ伯爵がメイド全員の容姿を記憶していた訳ではなく、本物のジェシカさんの容姿を記憶していただけ。
「なるほど。只ならぬ関係だったっていう訳だね」
スウェールズ伯爵には奥さんも子供もいる。
そのうえでジェシカさんと愛人関係にあった。
普通のメイドとは違って深い関係にあったからこそ偽物であると見破ることができた。
もっとも、こっちも目の前にいるジェシカさんを名乗る人物が偽物である事は視抜いている。俺たちは本物のジェシカさんを知っている訳ではない。ただし、偽の名前を名乗っている確固たる根拠があった。
「わたしとしては、そこにいる二人がどういう反応をするのか見たくて試してみたんだけど、まさか伯爵に見破られるとは想定外だったわ」
「本物のジェシカはどうした?」
「彼女なら自分の部屋で眠ってもらっているわ。大丈夫、危害は一切加えていないわ。わたしのスキル【完全変身】は対象の容姿だけでなく無意識の癖まで完全にコピーして変身することができる。ただし、欠点が三つあってね。一つは、コピーしたい相手に触れる必要がある事。もう一つは、今も生きている人間でなければならない事」
その代わり、今も生きていて以前に触れた事のある人間なら自由自在に姿を変えることができるスキル。
はっきり言って破格のスキルだ。
変身を可能にするスキルならいくつか知っているが、色々と制約があったり、不完全であったりするスキルばかりだ。
だが、【完全変身】は些細な制約と一つの不完全な部分を除けば完璧に変身することが可能になっている。
「瞳の色を真似ないのは不完全だな」
「ええ、残念な事にどれだけ努力をしても瞳の色だけは私が持つ本来の色のまま変えることができなかったわ」
愛人関係にあったスウェールズ伯爵が言うのだから瞳の色以外の目の形なんかは本人と変わらないのだろう。
ただ、色だけが残ってしまった。
欠点と言っていたが、そこまでの欠点ではない。
普通、瞳の色なんてそこまで記憶していないし、全身に比べれば僅かな部分でしかない。
「こちらも私が関与している事を他の貴族たちには知られたくなかったから自分の手で手紙を渡す、という方法を取る為に伯爵家のメイドの姿を借りさせてもらったけど、そっちの二人はどうしてわたしが偽物だと気付いていたのかな?」
「いや、俺たちが気付いたのは名前が違った事だけだ」
「名前?」
ジェシカを名乗る人物を視界に捉えた瞬間、
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名前:リズベット
年齢:25歳
職業:迷宮眷属 ロンヴェルト子爵家使用人
性別:女
レベル:115
体力:7328(4505)
筋力:6201(3378)
敏捷:5383(2816)
魔力:6332(3381)
スキル:【迷宮適応】【完全変身】【毒精製】【短刀術】【壁抜け】
適正魔法:迷宮魔法 迷宮同調 土 風
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スキルを使用したことでこんな表記が視界の隅に表示された。
これらはジェシカを名乗った人物のステータスだ。
【迷宮魔法:鑑定】。迷宮から得られた財宝の詳しい効果や迷宮で生まれた魔物の詳しいステータスを詳らかにすることが可能になる。
迷宮内で使用すれば、ありとあらゆる人のステータスが明らかになる。
これにより『迷宮主』や『迷宮眷属』であるのかを見破ることができる。
エスターブールに入ってから会う人全員に【鑑定】を使用していた。これまでランディさんやケープさんのような大商人、スウェールズ伯爵みたいな上級貴族にも使用したが結果は空振りに終わっていた。
だが、ここに来てようやくアタリを引くことができた。
「あなたのステータス。職業は『迷宮眷属』、ステータスの数値は自分自身の数値と強化された後の数値の両方が表示されています。こんな数値は俺たち以外では見たことがない」
「……なるほど。【鑑定】ね」
こちらの見破った方法にようやく思い当たったらしい。
体に奇妙な感覚が走る。
が、それらは何の結果も現さずに弾かれてしまう。
「……っ、どうして!」
「対策ぐらい用意しているに決まっているでしょう」
こちらは敵地に乗り込み【鑑定】を使用しまくって手当たり次第に目標を探す。
当然、敵もこちらと同じように【鑑定】が使用できるのだから接触して来た時には見て来るに違いない。
だが、敵にむざむざ情報を明け渡すほど愚かではない。
きちんと【鑑定】対策を用意している。
服の内側に隠していた首から提げていたネックレスを取り出す。金色の十字架が取り付けられているだけで見た目は何の変哲もないネックレス。だが、このネックレスが【鑑定】対策になっていた。
「世の中には【鑑定】に対抗する為の魔法道具がいくつかある。けど、【鑑定】は使用者の力量によって強さが変化する。当然、強い【鑑定】には強い対策が必要になる」
ランクの高い【鑑定】に対しては、ランクの高い【鑑定】対策が必要になる。
迷宮魔法による【鑑定】は最高ランク――Sランクに相当する。迷宮眷属であるリズベットの使用する【鑑定】に対抗する為にはSランク相当の【鑑定】対策の魔法道具が必要になる。
尤も、Sランクは『規格外』という意味で分けられる。
同じSランクでも同等という訳ではない。魔法道具による対抗では限界があり、名前や職業については知られることになる。
まあ、その程度の情報は少し調べれば分かること。無視しても問題なかった。
「これがある限りこっちの手札は読めないぞ」
「くっ……!」
やっぱり思った通りだ。
俺たちは敵地にいるが、敵は自陣に攻め込まれた時の対処方法を考えていなかった。圧倒的なステータスと強力なスキルを持っているから、これまでは自分のホームなら気にする必要もなかった。
しかし、迷宮内で迷宮主同士が接触した場合の対処法が分からない。
こっちはリオと協力関係にあるおかげで色々な方法を試し、策を用意してある。
「……けど、あなたたちがわたしたちの同類だっていう事は分かったわ」
対策を用意できる。
即ち、迷宮魔法や迷宮操作によってどんなことができるのか熟知しているということになる。
そんな存在――迷宮の関係者しかいない。
「数日前から妙に力の強い正体不明の存在がわたしたちの迷宮の上をうろついている。放置はできないと色々仕掛けてみたけど、想像以上に厄介な相手だった訳だ」
「で、どうする?」
「できれば帰ってくれないかな? わたしたちは外の世界には興味がない。ただ、この国を支配することができていればそれでいいの」
「そういう訳にはいかない。少なくとも、お前たちがある事に関わっていないっていう確証が得られるまでは帰る訳にはいかない。可能なら、お前の主に会わせてくれないか?」
「残念だけど、あなたのように危険な人物を主と会わせる訳にはいかないわ」
こちらが友好的な存在なのか敵対する存在なのか見せていない。
警戒されるのは当然の事だった。
「今日のところは引き上げさせてもらうことにするわ」
目の前にいたリズベットの姿が消える。
【迷宮魔法:転移】で逃げていた。自分の迷宮内なら自由自在に移動することができる。
「逃がす訳ないだろ」
【迷宮操作:地図】を使用。
視界の隅にエスターブールの地図が表示され、リズベットの現在位置が表示される。
現在は貴族街の入口付近にいるらしく、反応がある。
それなりに長く会話をしていたのも彼女の魔力反応を覚えるため。一度でも覚えてしまえば追跡は容易になる。
「よし、追うぞ」
「待って下さい」
貴族街の入口へ移動しようとしたところメリッサによって止められた。
「反応が消失しました」
「は?」
地図を確認してみるとリズベットの反応が消えていた。
「どうやら姿を変えたみたいです。この屋敷に同じ反応があります」
光点はもう一つあった。
場所はスウェールズ伯爵邸の一室。
「こちらが認識したリズベットさんの反応は、ジェシカさん本人のものだったみたいです」
「そういうことか……!」
【完全変身】によって魔力反応までコピーしていた。
結果、俺たちが捕捉した反応はジェシカさん本人のものと同じ。
移動した直後、別人に変わることでこちらからの追跡を逃れた。
「追跡はここまでにしよう」
見失ってしまった。
しかし、手掛かりが全くない訳ではない。




