第27話 黄金狐商会会長
いつものように『黄金狐商会』の会館を訪れると受付の前で先にランディさんが待っていた。
「時間通りですね。早速ご案内させていただきます」
これから会うのは商会の会長。
自分たちの方から招待したのだから案内するのも準じた人物でなければならない。
「い、いってらっしゃいませ」
尤も、いつもの受付は偉い人が自分の傍で待機していたせいで緊張していた。
「教育の方はしっかりとしていたはずですが……」
「いえ、さすがに統括が傍にいる状況は想定していないでしょうから」
「そうですか」
メリッサと他愛ない話をしながらランディさんが案内してくれたのは金色の狐が装飾された扉の部屋。
『黄金狐商会』らしい部屋だ。
「失礼します」
ノックをしてから部屋の中に入る。
部屋の中には大きなテーブルがあり、6人が横に並んでも余裕がある。
テーブルの向かい側には一人の女性が座っている。金色の狐耳に尻尾、ゆったりとした印象を与える着物と呼ばれる白と赤の服装をしている。
話に聞いていた『黄金狐商会』を立ち上げた女性だろう。
「座っておくれ」
「失礼します」
女性の正面に俺が座り、隣にメリッサが座る。
今日は商談という訳ではないのでリーダーである俺が対面に座り、メリッサには補佐として傍にいてもらう。
ランディさんも女性の隣に座る。
「まずは挨拶からさせてもらおうかね。ワタシは『黄金狐商会』の会長をやっているケープという者だよ。どうやら『金の狐亭』に泊まっているみたいだし、アタシについては色々と聞いているんだろう」
せっかちな人みたいで用件から切り出して来た。
その事にランディさんが驚いている。
「ケープ!」
名前を呼び捨てにしている事から動揺している事が伺える。
「なんだい? 貴族連中を相手にしているような言葉遣いをしろって言うのかい? 悪いけど、こいつら自身がそれを望んでいない。こいつらは貴族じゃなくて冒険者だ。だったら、それに準じた扱いをした方がいい」
それは、こちらも同感だ。
貴族みたいな腹の探り合いをされても対応できない。
「なにより、こっちも向こうも忙しいのは変わりないんだ。用件と食事からさっさと済まそうじゃないか」
そこで、タイミングを見計らっていたように使用人が昼食を持って来る。
出されたのは『霜降り肉』を使用した料理だった。
「先日、非常に鮮度の高い『霜降り肉』が手に入ってね。期待している冒険者に是非とも食して欲しいと用意しておいたのさ」
この『霜降り肉』は俺たちが採取して来た物だ。
売れば結構な金額になるはずなのに自分たちで使うことを選んだみたいだ。
「遠慮せずに食べておくれ」
「いただきます」
真っ先にシルビアが手を付けた。
皿には添え物として小さくカットされた野菜が乗せられていたが、肉そのものは焼いただけ。シルビアとしては焼いた肉の上に掛けられたソースが気になって仕方ないようだ。
「これは――」
肉を食べたシルビアは戸惑っていた。
「どうだい?」
「お肉の方は非常に美味でした。それにソースの方もお肉の素材としての味を殺さず活かしていました。ですが、わたしにはどのようにして作ったのかが分かりませんでした」
これまで様々な場所へ行って色々な物を食べて来たが、シルビアはその全てのレシピを言い当てていた。
それというのも彼女には【奉仕術】がある。メイドとして必要な技能が詰まった【奉仕術】。当然、料理に関する技能も含まれている。未知の料理でも味わえば理解することができるはず。
しかし、理解が及ばない。
それはスキルが包括できる範囲を越えてしまっているから。
「それはそうだね。エスターブールは特産と呼べる物がない。それと言うのも迷宮が多種多様な物を生み出し、それらを取り扱う技能が揃っているからだよ。短所でもあり長所でもある。多様な技術力――それがエスターブールの特産だろうね」
迷宮から素材を回収して来る冒険者。
それらを活かす技術職人。
エスターブールはこれらの人々によって占められている。
そして、技術力を上げようと国内から多くの人が集まっている。
それこそがエスターブールの特産だと言う。
「では、このソースも……」
「そうだよ。技術力の結集とも言っていい。採算の事なんて一切考えずに食材の最高の使い方を吟味した結果、生まれた代物だよ」
金に糸目を掛けずに作られたソース。
一体、どれだけの価値があるのか計り知れない。
「さ、話は食べながらでもできるだろ。ワタシもこのレベルの肉となると食べた事がない」
そう言って嬉しそうにステーキを口へ運ぶケープさん。
ランディさんとそれほど変わらない年齢のはずなのに老齢であることを感じさせない幸せそうな笑顔だ。
「いいかい.長生きするコツは楽しく生きることだよ。暗い気持ちのまま生きていると体まで暗くなっちまう。楽しく生きた方が体だって楽しくなるっていうもんだよ」
その一つが楽しく食事をする事らしい。
年齢を考えるなら改善した方がいい食事内容だけど、本人がそういう持論を持っているなら否定する訳にはいかない。
食事は非常に満足できる物だ。
肉は非常に貴重な物を使用しているし、野菜だって最高級品質の物を使用しているのがなんとなく分かる。
シルビアは自分に理解できない味に戸惑っているらしいが、他のメンバーは笑顔になっているので、この食事ができたのは非常に喜ばしい。
「アンタたちの事は調べさせてもらったよ。随分と有名な冒険者じゃないか」
「恐縮です」
どこまで調べたのか分からないため迂闊な事は言えない。
たった3、4日では大した情報は知られていないはずだ。
「だからこそ解せない事がある」
「それは?」
「アンタたちほどの奴なら目立つ事がどれほど危険な事なのか理解しているはずだよ」
稼げる、というのは嫉妬の対象になり易い。
結果だけを見て俺たちの自身の実力を見ていないような奴から狙われる可能性もある。
「女だっているんだ。少しは慎重になった方がいいよ」
とはいえ、そこいらのチンピラ共にどうこうできるようなレベルではなくなってしまっている。力が制限されてしまうような状況でもなければ心配し過ぎには彼女たちの枷になってしまう。
「ワタシが冒険者だった頃はもっと慎重に動いていたよ」
「はぁ……」
「リーダーを務めていた男がパーティの中では一番強かったんだけど、それでもエスターブールの中でさえワタシがいた頃は中堅がいいところだったよ。だから実力をつけるまでは装備もそこそこの物にして金を持っているようには見せないようにしていたもんだよ」
どうにも昔話が始まってしまった。
当時の冒険譚から始まり、女性にはどのように接するべきなのか講義が始まった。俺たちぐらいの年齢の孫がいてもおかしくない年齢のケープさんからすれば俺が女を蔑ろにしているように見えたのかもしれない。
「おっと、すまないね。ついつい話し過ぎてしまったよ」
「いえ……」
時間にして10分ほど。
老人の昔話にしては短い方だろう。
「それよりもアンタたちの目的を聞かせてくれないかい?」
「目的、ですか……? それでしたら――」
「ハァ……」
隣でメリッサが思いっ切り溜息を吐いた。
向かいにいるケープさんやランディさんにも聞こえるほどで相手にとっては失礼な行為だ。
「メリッサ」
「完全に向こうの術中に填まっていますよ」
術中?
「何気ない会話。無駄にしか思えない会話に付き合わせて疲れさせたところで本題を切り込む。こちらは集中力が切れているせいでポロッと重要な事が漏れてしまいます」
「ほう……アンタは気付いていたかい」
「はい。私はそのような事態になっても対処できるよう傍にいます」
ポロッと言う。
今の流れだと完全に『誰かを探している事』を言っていたかもしれない。さすがに『どんな人を探しているのか』を言う事はないが、それでも誰かを探している事を知られてしまうと突っ込まれる可能性がある。
「先ほど、『冒険者として対応する』と言いましたが、そちらは商人のままです。ですので、私は『商人と対応するように』貴女と対応させていただきます」
なんだか俺にはメリッサの言っている意味が分からない。
「クククッ……」
けど、ケープさんには分かっているみたいで笑っている。
「冒険者にしておくには惜しい人材だね。どうだい? ウチに来ないかい?」
「いえ、けっこうです」
「そうかい。残念だよ」
ケープさんも本気で引き抜こうとは考えていなかったみたいであっさりと引き下がる。
「アンタは、そこで隣の坊やを補佐している方がお似合いだよ」
「ありがとうございます」
二人の間でのみ分かるやり取りが行われる。
「止めだ。少しでも情報を引き出そうと思ったけど、そっちの嬢ちゃんは手強い。下手に敵対関係を築いてしまうよりも本当の目的を果たした方がいいだろうね」
「さっさとそれを言えばいいものを……」
「ワタシとしては何の手土産もなしに引き下がるなんてプライドが許せないんだよ。だけど、儲けさせてもらったのに何の礼もしないのは、もっと許せない事なんだよ」
儲けさせてもらった?
「この肉は、残念ながら自分たちで使うことにしたけど、アンタたちが凄い物を卸してくれたおかげで随分と儲けさせてもらったよ。代わりにアンタたちが求めていてワタシが答えられるような情報なら教えてあげるよ」