第26話 脅された者たち―後―
ザルバーニュ伯爵も俺たちの事は厄介に思っていても手が出し辛かった。
エスタリア王国では冒険者ギルドの力が強い。それと言うのもエスタリア王国の産業の大半が迷宮から産出される素材に頼っているからだった。食糧もそうだが、それ以上に素材を加工して服を作ったり、鍛冶をしたりする者が多くいた。
迷宮は冒険者ギルドが管理している。
そのため冒険者ギルドの発言力が大きくなり、貴族でも冒険者へ簡単に命令を下すことができないようになっている。
高ランク冒険者である俺たちには、それなりのアポイントメントがなければ会うのも難しい。いや、強権を使用すれば会うことは可能だ。だが、そんな事をした直後には冒険者ギルドをザルバーニュ家は敵に回してしまうことになる。
エスタリア王国でそんな事をする馬鹿な貴族はいなかった。
「だからこそザルバーニュ伯爵も静観するつもりだった」
折りを見て俺たちと接触し、盗賊団の件については黙っていてもらうようお願いするつもりだった。幸いにして外国人であるため国外へ行けば黙っているのは簡単だ。
盗賊団が暴れていた村や町についても、後々に税などで補償することによって誠意を見せるつもりだった。
「ところが、一昨日の夜になって問題が発生した」
盗賊団の件を蒸し返す者が現れた。
その者が何者かまで暗殺者は知らなかった。
だが、アサシンの目から見てもザルバーニュ伯爵よりも地位の高い者、少なくとも同等である事だけは間違いない。
「そうでないと相手の命令に従うはずがないからな」
ザルバーニュ伯爵は相手から脅されていた。
相手の目的は――俺たちをエスターブールから即刻退去させること。
向こうも俺たちには簡単に勝つことができないと分かっているのか全員を殺すことまでは要求しなかった。
「結局、ザルバーニュ伯爵はこの要求を呑むしかなかった訳だ」
盗賊になった騎士団の一件を蒸し返される訳にはいかなかった。
「そこで、信頼のおけるアサシンだった彼女をエスターブールまで派遣して襲う事を計画したみたいだ」
貴族である伯爵は王都にいた。
王都からエスターブールまではステータスの高い者が全力で走れば半日もあれば到着することができる。
態々、苦労してエスターブールまで辿り着き、俺たちを探していたところ酒場から俺を連れてノエルが単独行動をしているところを目撃してしまった。後は、一人だけランクの低いノエルに狙いを定めているとチンピラに襲われているところに遭遇したため好機だと判断して襲撃に乗じた。
自分の技量を信じていれば絶対に成功するはずだった。
だが、残念な事に相手が悪かった。
「と、まあ。これがアサシンの襲って来た理由だ」
「アサシンの処遇はどうされましたか?」
「彼女には伝言を頼んだ」
相手はザルバーニュ伯爵だ。
内容は、近日中に俺たちを襲うように脅して来た相手の情報を渡す事。もしも、渡されない場合には王都で盗賊団の件を大々的に広める、というものだ。
「どうやら噂を広められると非常に困るみたいだから脅しの材料として使わせてもらうことにした」
これで二つの勢力から狙われている事が判明した。
チンピラたちを扇動した紫ローブの奴。
ザルバーニュ伯爵を脅して来た奴。
「では、私の方からも報告をします」
「は?」
昨日はずっと酒場で飲んでいたメリッサ。
彼女に報告するような事があるとは思っていなかったため、思わず聞き返してしまった。
「昨日、私たちを打ち上げに誘ってくれたスコットさんたちですが、彼らも敵対勢力の一部です」
「それはないだろ」
メリッサの報告を否定する。
彼らに会った時に敵意がない事は真っ先に確認している。
視界内に表示される人の位置を現す光点には敵と味方を識別する機能があり、味方は青、敵は赤で表示されるようになっており、どちらでもない者については黄色で表示される。
酒場で会ったスコットたちは青に近い黄色で表示されていた。
助けてくれた事に感謝しているのは事実だったためだ。
ほぼ味方と言っていい。
「いえ、彼らは利用されただけです」
「利用?」
「はい。どうやら依頼を完遂したことで依頼主であるスウェールズ伯爵から報酬の上乗せと昨日の酒場の紹介があったそうです」
打ち上げをした酒場にはスコットさんたちも初めて訪れており、出された料理や酒については酒場の方に任せていた。
おススメで出された酒や料理は満足の行くもので彼らは上機嫌で帰って行った。
つまり……
「敵は酒場側にいました」
あの酒場はスウェールズ伯爵の息が掛かった場所だった。
そう言えばスコットさんたちの敵意は確認していても酒場のマスターや従業員の敵意まで確認していなかった。
「迂闊だった」
「ええ、向こうの狙いは酔い潰したところで拘束してしまう事だったようです」
その為に金額を偽ってまで美味い酒を出した。
だが、いざ実行してみると大きな誤算が生じてしまった。
まず俺が真っ先に酔い潰れてしまい、それによりノエルまでもが帰り、襲われている状況を察知してイリスとシルビアまですぐに帰ってしまった。
酒場側としては徐々に酔い易い酒を出して行くつもりだったため計画の半分以上が失敗した。
そうなると残ったアイラとメリッサに賭けるしかなかった。
そして、最大の誤算。
メリッサが異常なまでに酒に強かった事。
酔い易い酒は、スコットさんたちにも提供し、彼らと同じだけ……全員と同等の酒を飲ませたのだが、メリッサが酔い潰れる様子は全くなかった。と言うか目の前にいるメリッサは平常通りだ。
「朝になったところでマスターを魔法で問い詰めて確認しました」
全てはスウェールズ伯爵からの命令。
ただ、スウェールズ伯爵もザルバーニュ伯爵と同様に脅されているかどうかまでは酒場のマスターでしかない彼には分からない。
ザルバーニュ伯爵が脅されている事をアサシンが知っていたのは彼女が伯爵から信頼されている部下だったからに過ぎない。
「しかし、今日になって面倒なことになって来たな」
伯爵を脅せる人物が3勢力に働きをかけた。
今のところ単独犯なのか複数犯なのかすら分かっていない。
だが、こちらを脅威だと見て敵対して来ているのは間違いない。
「探すならスウェールズ伯爵を脅した人物からでしょう」
「理由は?」
「思い出してみて下さい。迷宮で紅蟹に襲われていたタイミングが都合よすぎると思いませんか?」
ちょうど俺たちが迷宮に入った瞬間にクリムゾンクラブと遭遇したらしい。
偶然という一言で片付けることも可能だが、迷宮主がいる迷宮であるため出現する魔物の現在位置も自由自在だ。思えば2体目のクリムゾンクラブもいきなり現れたように見える。
「少々、穿った見方かもしれませんが私たちと親交を得る為にあのような状況を用意した可能性があります」
「……随分と手間を掛けるな」
「ですが、その分だけ自然な形で酒場へ行く事になりました」
酒場へ行った時は誰も酒場側の人間を警戒していなかった。
メリッサが気付いたのも酔わない自分に対して焦ってしまったためにマスターが動揺してしまったからだ。
たしかに効果は低いかもしれないが、警戒心は薄れていた。
「そっち方面で調べてみることにするか」
とはいえ、調査は明日以降にしなければならない。
今日はこれから『黄金狐商会』の会長と会う約束がある。