第24話 繁華街の奇襲
ノエル視点です
夜。
冒険者が酒場で行う打ち上げと言えば酒を飲んでワイワイと騒ぐ。
そんな場所に酒を飲めないマルスを放り込めばどうなるのか?
「おいおい、寝ちまったよ」
打ち上げから数分後。
マルスがぐっすりと眠ってしまった。
「もう仕方ないな……」
そう言うとわたしはマルスの肩を支えて立ち上がった。
最初――『巫女』である事を辞めた直後ぐらいは男性を支えるなんてできなかったけど、マルスたちと色々な冒険をして鍛えられた今となっては平然と支えることができるようになった。
わたしも強くなったっていう事かな。
「じゃあ、今日はわたしが宿まで連れて帰るね」
「お願い」
シルビアが手を合わせて頼んで来る。
こうしてマルスが酔い潰れるのは初めての事じゃない。アリスターでも冒険者が集まって騒ぐ事はよくある。
その時は、マルスが真っ先に酔い潰れることになる。
そうなると誰かが連れ帰る必要があるんだけど、その役目は必ず眷属の誰かが負うことになっている。尤も、誰もその役割を苦だとは思っていない。
こうして直接助けられるのを嬉しく思っている。
「どうぞ、飲んで下さい」
「いやぁ、悪りぃな」
お酒を飲んで上機嫌になっている冒険者の持つコップにメリッサがお酒を注いでいる。
仲間内でお酒は何度も飲んだことがある。けど、メリッサが酔っているところだけは誰も見たことがなかった。現に今も平然とした顔で相手のコップにお酒を注いだ後で自分も飲んでいる。
異常なまでに彼女はお酒に強い。
もちろん、ただ騒いでいる訳じゃない。
「それで、ちょっと聞きたい事があるのですが……」
「おう、何でも聞いてくれや」
助けてくれた恩義。
綺麗な女性からのお酌。
お酒を飲んでいる事もあって冒険者の口は軽くなる。
メリッサには情報収集を頼んでいる。彼女はこういう方法での情報収集に慣れているらしいので任せておけば大丈夫だろう。
近くにはアイラもいるから護衛は問題ない。むしろ酔っているせいでメリッサの方が護衛で残っているアイラよりも強いかもしれない。それに魔法使いなはずのメリッサの方が冒険者たちよりも強いので心配いらない。
肩を支えながら宿への道を歩く。
まだ不慣れな道だけど、酒場も宿も大通りに面した場所にあるから道は明るい。
だから、誰かに襲われるなんて考えていなかった。
「へへっ、女じゃねぇか」
薄汚い格好をした男たちが10人。
前後を5人ずつ挟まれていた。
「……何か用?」
女の夜の一人歩きは危険。
それでも国の副都と呼ばれるぐらい栄えた都市の大通り。
簡単に襲われるはずがない。
「悪いな。あんたを襲ってくれっていう依頼を引き受けているんだ」
「依頼? 冒険者なの?」
「そんなんじゃねぇよ。俺たちは冒険者にすらなれない」
わたしもこの国の制度に慣れて来た。
身分制度によって制限を設けられているエスタリア王国では『平民・下』の人たちは冒険者になってもスタートが厳しい。そして、『奴隷』の場合は冒険者になる、という選択肢すら与えられない。
おそらく、『冒険者にすらなれない』と言うことは『平民・下』。
普通に始めるよりも厳しい状況下での努力が必要になる。
彼らは自分の身分を上げる為にお金を求めている。そこを付け込まれてわたしを襲うよう指示をされたのだと思う。
「誰からの依頼なのかな?」
「お前が知る必要はないんだよ」
全員がナイフを抜く。
わたしを殺すつもりなのか。それとも脅すだけに止めてどこかへ連れ去るつもりなのか……どちらにしろ敵対行動だと判断しても問題ない。
「おい、女なんだからちょっとぐらい味見させてもらってもいいだろ」
「あん? お前、こんな獣女がいいのか?」
「分かってねぇな。獣であろうとなかろうと女であることには変わりない。こういう女をヒィヒィ言わせるのが楽しいんだろうが!」
獣女――それは、獣人の女にとって最大の侮蔑だ。
けど、わたしは自分への侮辱そのものは特に気にしない。
「おい、嬢ちゃん。俺に付き合えば隣で酔い潰れている男よりも満足させてやるぜ」
わたしが許せないのはマルスへの侮辱。
少なくてもわたしはこの人について来た事を後悔したことはない。
「残念だけどお断り。酔い潰れて情けない姿を晒しているけど、あなたたちの何倍も強い人よ。弱い人に虐められるほど屈辱的な事はないわ」
「テメェ!」
わたしを誘っていた人がナイフを構えて突っ込んで来る。
はっきり言ってナイフを手にしただけの素人。接近して来たところを片手で相手の手首を掴んで捻ると地面に叩き付ける。
「いってぇ!」
痛みに悶えて苦しんでいる。
あまりに見苦しいんで腹を上から蹴って気絶させる。
「で、次は誰から死にたいの?」
もちろん本当に死んでいる訳じゃない。
「このっ!」
突っ込んで来た相手を手で払っていなす。同時に背を向けたまま後ろから気配を抑えながら接近していた奴の頭を掴むと地面に叩き付ける。
「がぁっ!」
本人としては気配を隠して奇襲をしたつもりなんだろうけど、シルビアの【気配遮断】に比べれば丸見え。拙いにもほどがある。けっこうな頻度で模擬戦をやるけど、本気になった場合には何もない場所で相対していたのに見失ってしまうほど気配を隠すのが上手い。
「おい、全員でかかれ! こいつを倒せば金貨100枚が貰えるんだぞ!」
『おぅ!』
全員が一斉に襲い掛かって来る。
その全てを右手だけで叩き落とす。
左手にはマルスを荷物のように抱えているから片手しか使うことができない。
「――とはいえ、この程度が相手なら片手でも余裕ね」
「う、うぅ……」
気付けば一人を残して全員が地面に倒れていた。
最後の一人――他の人たちに命令を出していたリーダーに詰め寄る。
「な、なんなんだよ、お前は……!」
「はぁ」
すっかり怯えた様子の男に呆れるしかなかった。
まさかパーティの中で最も弱いわたしに怯えるような人がいるなんて思わなかった。わたしの力なんて他の皆に比べれば大したことがない。
「あなたに聞きたい事は一つ。素直に教えてくれたなら解放してあげる」
「ほ、本当か!?」
「ただし、間違った事を言った場合や嘘を吐いた場合には即座にトドメを刺すから注意して」
「はい……」
「じゃあ、質問。あなたに『わたしを襲撃するように言った人物』は誰?」
「そ、それは……」
男の視線が泳いでいる。
その質問に答える、ということは依頼者を裏切るという行為に等しい。
もしも、わたしから逃れることができたとしても今度は依頼者の方から恨まれることになってしまう。
「襲撃に失敗した時点であなたの選択肢は少ないの。沈黙をいつまでも続けた場合も反抗の意思あり、と見做すわよ」
「ま、待ってくれ……!」
男に1歩近付く。
その瞬間、左手に抱えていたマルスが動いて手を伸ばすと何かを掴んだ。
「……そこにいたのか」
さらに魔法を発動させて土から鎖を作って暗がりの中にいた相手を雁字搦めにする。
鎖を自分の手元まで引き寄せると暗がりにいた人物の姿が露わになる。
「くぅ……」
その人物は全身を真っ黒な衣装に身を包んだ女性。
夜の闇に溶け込むような姿をしているせいで分かり難いけど、顔立ちや体のラインが出るピッタリとした衣装に身を包んでいるおかげで女性だと分かる。
「暗殺者か」
対象に気付かれずに近付き、殺す事を生業にしている者。
アサシンの潜んでいた場所から鋭い物がわたしのいる場所に向かって飛んで来た。
彼女の狙いがわたしである事ぐらい明白だ。
「いつから気付いていたの?……ううん、いつから起きていたの?」
さっきまでグッタリしていたマルス。
とても戦闘ができるような状態じゃなかった。
「ここは敵地だ。まさか酔い潰れたままでいるはずがないだろ」
そう言って空になった瓶を見せてくれる。
あれは解毒回復薬の類だ。
「とはいえ、酒に弱い俺の酔いを醒ます必要があったからかなり品質の高いポーションを使わせてもらった。おかげで無駄な出費をしただろ」
鎖をさらにキツク縛って動けないようにする。
「おい、イリス」
「なに?」
マルスが何もない場所へ呼び掛けるとイリスが姿を現した。
「どこか近くに尋問できるような場所はあるか?」
「それなら少し行った場所に今は使われていない倉庫がある。そこなら悲鳴を聞かれる場所に通報するような人はいない」
「よし、案内しろ」
動けなくなったアサシンを抱えると移動を始める。
「ノエル。お前はシルビアと協力してそこにいる連中から情報を聞き出せ。たぶん核心に迫れるような情報は持っていないだろうけど、念の為に聞いておく必要がある」
ちょっと待って!
わたしは尋問の方法なんて知らない。
そんな事を考えていると壁を擦り抜けてシルビアが姿を現した。
「い、いつの間に……?」
「ほぼ最初から」
聞けばわたし以外の全員が警戒していたらしい。
マルスが一緒にいたとはいえ酔い潰れていた。単独行動に近い状態のわたしを敵が放置するはずもなく、ちょうどいい囮になってくれそうだったから使った、とのこと。
……つまり、わたしだけが気付いていなかった。
「さ、必要な情報を持っていてくれればいいけどね」