第6話 隠し部屋
地下2階に辿り着くと地図を頼りに出口へと向かって行く。
しかし、すぐに困難に当たる。
「あれ、これどっちだ?」
地図を見ると出口へ向かうには北西方向に歩くことになっている。しかし、目の前には北北西と西北西の2つの通路がある。
簡略された地図の欠点が早くも表れていた。
「ま、おおまかに方角を間違わなければ大丈夫だろ」
とりあえず北北西への通路を歩いていると、ゴブリンの鳴き声が曲がり角の向こうから聞こえてきた。それも1匹ではない。3匹のゴブリンが何か会話でもしているのか地面に座り込んでいた。
そっと気配を殺しながら後ろに近付くと、剣を頭に突き刺す。
「ギャッ!?」
突然の痛みに驚くが、明らかに致命傷だ。
剣を引き抜くとドサッと音を立てて倒れる。
そこで、ようやく残りの2匹も敵の存在に気付くが、まるで対応が遅い。
「遅い」
近くにいたゴブリンが棍棒を構えた時には首を飛ばされ、奥にいたゴブリンも構えていた棍棒に剣を叩きつけると壁まで吹き飛ばされ、頭からぶつかって行ったせいで頭部がグチャッと潰れてしまった。
「うわ~」
なんとも言えない光景に言葉を失くしながら剣に付いた血を払っていると、
「キキッ」
天井から聞こえてきた声に見上げれば真っ黒な蝙蝠が羽を広げながら襲い掛かってきた。
「くそっ」
大きな鋭い牙を持った蝙蝠――ファングバット。
剣を上に構えて叩き付けると、俺の攻撃を安々と回避しながらファングバットが鋭い牙の生えた口を大きく広げながら噛みつこうとする。
剣を急いで戻して迎え撃とうとするのだが、
「あっ」
ゴブリンの体を貫いた時の血を完全に拭い切れていなかった。血で濡れた手からスポッと飛んで行き、壁に突き刺さる。
――ああ、くそっ。
剣で戦うことを諦めると解体用に持ってきたナイフを取り出して噛みつこうとしてきたファングバットの口の前に置く。
――ガキンッ。
ファングバットは目の前に現れたナイフに、脅威を感じ鋭い牙を突き立てて受け止める。
その瞬間、ナイフが砕け散る。
脅威を感じていたナイフが簡単に砕けたことにファングバットが愉快そうに笑う。勝利を確信していた。実際、俺は剣とナイフ以外に武器を持ってきていない。
ただし、戦う術はまだある。
ナイフを手放すと両手を使ってファングバットを殴る。殴る。
「キキッ……」
弱々しい声を上げながらファングバットが倒れる。
さすがに魔物とはいえ、何十回と殴られれば動けなくなる。それに地下2階で出てくる、ということを考えれば俺のステータスでもどうにかなるのではないかと考えていた。
「問題はこいつをどうするかっていうことだよな」
ファングバットは倒したことがなく、解体もしたことがなかったが、一通りの知識があったため牙が素材として安価だが売れることは知っている。しかし、牙だけを持ち帰る為には解体をする必要があり、解体に必要なナイフはファングバットによって砕かれてしまった。
解体をする術がない。
ファングバットの死体をそのまま持ち帰るという手段もあるが、そうするとバッグの中身が一杯になる。
ここで、帰ることにはなってしまうが、迷宮に慣れるという目的は達成されたように思う。
ファングバットの死体と壁に突き刺さった剣を回収したら地下3階へと続く階段を一直線に目指して、転移水晶を使って帰ることにした。
大きく膨らんだバッグを持ちながら剣を回収しようとしたところ、問題が発生した。
「抜けない……」
両手で持って力を込めながら突き刺さった剣を引き抜こうとするが、剣はビクともしない。
「仕方ない。あまり得意じゃないとか言ってられない」
名前もない簡単な土魔法を壁に向かって使用する。
使われた魔法は、土の形を変える魔法で、手伝いで畑仕事をした時などは楽ができていい、などと思いながら使っていたが、後からこってりと怒られた。どうやら土魔法を使って畑を耕すと土の状態が悪くなり、次の年には作物が育たなくなってしまうとのことだった。
しかし、今目の前にあるのは状態を気にする必要ない土壁だ。
最悪、4日後の構造変化の時には元通りか、別の形になっているだろう。
果たして、俺の魔法は功を奏して土壁がガラガラと立てながら崩れて向こう側が見えるようになった。
――ん、向こう側?
元々持っている魔力量が少ないため、今の魔法でほとんどの魔力を使い切ってしまったが、俺の魔法程度ではそれほど大きく崩せるとは思えない。となると、剣が突き刺さっていた土壁の先には元々空間があり、間にあった壁を崩したということになるのだろうか。
だが、この展開には心躍る。
「やっぱり……」
魔法で作った穴の向こうには大きな部屋のような広い空間があり、中心には『いかにも』といった大きな宝箱が置かれていた。
「ここって、やっぱり隠し部屋だよな」
迷宮にはこういった場所があり、そこには高確率で宝箱が置かれているとされていた。
借金返済の為にこういった宝箱を探して迷宮探索をして行こうと考えていたが、まさか初日の内に探し出せるとは思っていなかった。
崩れた壁から剣を回収すると大穴に入っていくと、宝箱の前に立つ。
「な、何が入っているんだろう?」
ギィ、と音を響かせながら開けた宝箱の中には大量の宝石が詰め込まれていた。
「え……」
その量に思わず言葉を失ってしまった。
これだけの量の宝石を換金できたのなら借金返済どころの話ではない。しばらくは余裕を持って生活をすることができる。
「これだけあれば借金返済も簡単だな」
宝石を両手に持って、換金した後の事について考えていると……
「おいおい、随分と凄い宝を引き当てたな」
後ろから声が聞こえた。
聞き覚えのある声に振り返ると地下1階で会った冒険者のリーダー。体調が悪そうにしていたサポーターはいないが、他の仲間はいた。
「一体、何ですか?」
「もしかしたら、と思ってずっと後を付けていたんだが、こんな隠し部屋を見つけてくれるとは思わなかったぞ」
「誰かに付けられているような様子はなかったんですけど……」
「おいおい、俺たちみたいなプロとお前みたいな素人を比べるなよ」
俺の疑問に答えたのは斥候役の男。
なるほど。偵察が得意な冒険者なら気配を隠すのも上手い。その相手が俺みたいな一般人よりもちょっと戦える程度の人間なら気配に関しては素人と変わらないというわけか。
おまけに迷宮に慣れることや地図に注視していて誰かに付けられているなんて考えもしなかった。
「で、この宝箱の中身を自分たちにも寄越せって言うつもりじゃないでしょうね」
「まさか、そんなことを言うつもりはないさ」
しかし、男たちのニヤニヤした顔を見ていると信じられない。
「その宝箱の中身は全部俺たちの物だ」