第21話 商会からの招待
「今日も納品に来ました」
「は、はい!」
夕方。
夕食に余裕を持って間に合う時間に『黄金狐商会』を訪れる。
目的は、昨日と同じように持ち帰った素材を買い取ってもらうことだ。昨日の買取だけでも俺たちの実力が異常な事には気付いて貰えただろうが、何のアクションもなかったので接触してみた方がいい。
……というメリッサからの助言で今日も訪れた。
昨日と同じ受付の女性なのだが、妙に緊張している様子が見られる。
失敗してしまった件もあるし、これ以上の失敗をしないように緊張しているのかもしれない。
「ようこそ」
しばらく待っているとランディさんが満面の笑みで迎えてくれた。
「ちょうど、こちらも用がありましたので来ていただけて助かりました」
用?
とりあえずランディさんの用件に関しては保留にして昨日と同じように素材の鑑定ができる倉庫へと向かう。
既に倉庫では専属の鑑定士が他の冒険者から持ち込まれた素材を鑑定しており、忙しく働いていた。そんな中、昨日も俺たちが持ち込んだ素材を鑑定してくれた内の一人が待っていた。
「よう、来たな」
その男性は、専属の鑑定士の中でも重鎮の人で今日も俺たちが素材を持ち込むだろうと予想し、待っていてくれた。
「お前たちが持って来る素材は凄いみたいだからな。今日も楽しみだ」
その期待には応えられると思う。
「これは……!」
木箱の中に詰まった真珠を見て言葉を失っている。
「真珠は見たことがある。品質も最高級品っていう訳でもない」
海底に落ちていた貝から適当に採って来た物だからな。
品質や大きさ、色はバラバラ。中には取り出す時に失敗して傷付いてしまっている物まである。
はっきり言って質だけなら低い方だ。
だから、驚いているのは数の方。
「俺もこの仕事をやって長いが、こんな量の真珠を持ち込まれたのは初めてだぞ」
驚いてもらえたようで何よりだ。
「それよりもいい物があるんですよ」
「これよりもいい物?」
道具箱から新たな素材を取り出す。
「はい、これです」
それは地下20階で得られた素材。
地下20階の最奥には他の迷宮と同じようにボスがいた。
強打牛。凄まじいスピードで突っ込んで来て人を撥ね飛ばし、時には踏み付けて殺してしまう事もある。突進中は攻撃が通り難く、仕留めるのが非常に難しい。
が、アイラと協力して突進して来る強打牛を受け止める。
その間にサクッとシルビアが首を斬り落とす。
シルビアがトドメを差したことにより【神の運】が発動。倒れた強打牛の傍には高級な肉が布に包まれた状態で置かれていた。
「こ、こいつは……!」
「特上の『霜降り肉』みたいですね」
強打牛そのものも肉が豊富だ。おまけに鍛え上げられた筋肉のおかげで極上肉として扱われる。
シルビアなら美味しく調理してくれるだろう。
だが、それでも特上の『霜降り肉』には敵わない。
特上の『霜降り肉』は食べる人全員の舌を蕩けさせ、極上の世界へと連れて行ってくれると言われている。
それだけの極上品。
本来ならボスを倒した低確率のドロップ品として入手できる。
特上の霜降り肉を手に入れようと多くの冒険者が強打牛に挑んだ。
残念ながら入手率は本当に低く、1年の間に何回か得られれば運に恵まれている方らしい。
結果、5回挑んで4回しかドロップしてくれなかった。
シルビアの【神の運】があっても1回は失敗してしまう。さすがにシルビアも自分が失敗してしまった段階で俺たちを付き合わせるのはマズいと思ったらしく、先へ進むことにした。
「これならいくらで買い取ってくれますか?」
「一つだけ、なのですか?」
「はい」
メリッサがランディさんと交渉する。
一つしか提供できない事を教えるとランディさんが露骨に落ち込んでいた。
商人として交渉の最中に感情を表に出してしまうのは失態以外の何物でもないが、それだけの価値が霜降り肉にはある。
『どうする? 残りの3つも出すか?』
『絶対にダメです!』
シルビアが自分で調理したいと言い出して聞かない。
俺とアイラが討伐に協力したとはいえ、シルビアの【神の運】があって初めて手に入れることに成功できる『霜降り肉』。
「どうです?」
「間違いなく本物です。しかも、この大きさなら1キロはあります」
「そうか……」
量としては多くない。
が、滅多に食べられることのない食材ということで付加価値が付く。
「とりあえず用意できていた金額はこれぐらいです」
金貨の詰まった皮袋が渡される。
「中に100枚入っています」
「100枚!?」
「それで、この肉を買い取りましょう」
そこまでの値段がするとは思っていなかった。
その後、メリッサの方で商談が進められた結果、他の素材についても全部で金貨300枚で売れることになった。
合計400枚。
大商会と言えども簡単に用意できる金額ではないため支払いは後日となった。
「ああ、そうでした」
今日の商談を終えて帰ろうとするとランディさんが声を掛けて来た。
「実は貴方たちに会っていただきたい人がいるんですよ」
……来た!?
ようやく待ち望んでいた話だ。
内心では喜びたい気持ちを抑えてメリッサに任せる。
「会わせたい人、ですか……?」
「そう警戒しないで下さい。私たちの商会の会長ですよ」
予想通りと言えば予想通り。
そして、目的を達成した。
予定ではもう2、3日は時間が必要になるかと思っていたけど、随分とスムーズに事が運んでいる。
「何か御用ですか?」
「我が『黄金狐商会』はある冒険者だった方が立ち上げた商会だというのはご存知ですね」
レイナちゃんから教えてもらった話にいた人物の事だ。
その人に誘われたからこそランディさんは大成することができた。
「会長が貴方たちの事を凄く気に入っています。少し話をするだけでも構いませんから会っていただけませんか?」
望んでいた展開。
だが、早過ぎる。
本来なら、もう少し情報を集めてから接触の為に動き出したかった。
しかし、向こうから接触して来ては会わない訳にはいかない。
「……はい、問題ありません。こちらも懇意にしていただいている商会の会長が相手です。可能なら、ご挨拶をしたいと考えていました」
「そうですか。それは良かった。ただ、会長は多忙なため時間がなかなか取れません。明後日はどうですか?」
今後の予定を確認する。
探索に関してはイリスが全てスケジュールを管理している。とはいえ、どうしても急がなければならない探索ではないし、こういう事態に備えて予備日は確保してある。
そして、明後日は確保していた予備日だ。
「大丈夫です。明後日はちょうど『構造変化』の日ですからね」
「はい。冒険者が一斉に暇になる日です」
その日だけは、誰も迷宮に入ることができなくなる。
いや、迷宮主と迷宮眷属については『構造変化』であっても入ることが可能であるため関係ない。
事前に次の『構造変化』がいつなのか聞いていたため休日にしていた。
「では、昨日や今日と同じように昼時になったら私を尋ねて来て下さい。昼食をご用意して待っていますよ」
「ありがとうございます」
挨拶を済ませて『黄金狐商会』を後にする。
「予想していたよりも早く事が進みそうですね」
「ああ」
とはいえ、油断は禁物だ。
何よりも手掛かりが何もない状態で手掛かりを得られるようになった段階に過ぎない。