第2話 メイド
道具箱から荷物を取り出してシルビアたちの部屋に運び込むと片付けは本人たちに任せて領主の館へと1人で赴いていた。外出すると聞いてシルビアも同行したそうにしていたが、さすがに相手が領主の伯爵とあっては気後れしてしまい、渋々ながら留守番をすることになった。ま、今日のところは荷物の整理を優先してもらうことにしよう。
領主の館に着くころには夕方になっており、用事もちょうどなかったということですぐに面会が叶った。急な訪問だったから用事があれば明日になるかな、と考えていたんだけどな。
王都に行く前にも使用した応接室と同じ部屋で待っていると、アリスター伯爵が入ってくる。
「随分と早い帰還だったね」
辺境であるアリスターから王都までは途中の村や町で宿泊しながら進むことを考えれば片道の移動だけで10日は掛かる。それを依頼を要請してから10日で帰って来たのだから伯爵が驚くのも無理はない。
ま、実際には帰ってこようと思えばさらに半分の日数で帰ってくることができたけど、シルビアの件で5日ほど使ってしまったからな。
「こちらがウェイン子爵からの返事になります」
「分かった。預かろう」
移動時間に関して色々と突っ込まれると困る身としては、さっさと話を切り上げることにしよう。
「それと、王都で貴族間のトラブルがあったのでそちらも報告したいと思います」
「聞こうじゃないか」
いずれは貴族であるアリスター伯爵の下にも情報が回って来るだろうが、情報は早い内に伝えておいた方がいい。ただし、ラルドさんの件などは伏せて表向きとして伝わるであろう情報のみを教える。
「随分と詳しいね」
「面白そうだったので少しばかり首を突っ込みました」
首を突っ込んだのは本当だが、少しどころではない。
「貴族間のトラブルには好奇心があってもあまり首を突っ込むべきではないね。一部の貴族には妙にプライドの高い者が多い。そんな者に目を付けられてしまうと報復されてしまう可能性がある。君は大丈夫だろうけど――」
そういった場合には家族などの身近な者が危険に晒される場合がある。
「その辺りは大丈夫です。一応、対策は取ってあります」
「そうかい?」
地下60階にいるシャドウゲンガーを護衛として張り付かせているので、たとえ相手がAランクの冒険者だったとしても後れを取ることはない。
そういえばオリビアさんたちには護衛を付けていなかったな。夕食後にでも召喚してクリスと同じように護衛を任せることにしよう。
「とはいえ、今回のケースの場合には問題はないだろう」
なにせ恨んでくるボーバン家の当主が既に亡くなっている。しかも自分の兵士に殺されている為、たとえ逆恨みして襲い掛かって来ることがあったとしても事を大きくはしたくないはずである。
「それから王都に行った時に奴隷を購入しました」
「ほう……」
伯爵が僅かばかり笑みを浮かべる。
いや、そういう理由で購入したんじゃないです。
「彼女と彼女の母と妹もアリスターに連れてきましたが、問題ありませんか?」
「いや、犯罪者とかでなければ特に問題はないが、奴隷だった女性は犯罪奴隷かな?」
「いえ、借金の代わりに売られた少女です」
「なら問題はないな。その借金も君が購入したことで肩代わりしたのだろう」
「はい」
奴隷にはシルビアのように借金の代わりに売られた奴隷以外にも罪を犯した者に罰として労働させる為に奴隷に堕ちた者もいる。さすがに奴隷とはいえ、そんな者が街中に紛れていれば領主として目を光らせておかなければならない。
ラルドさんは幼い頃は盗賊だったらしいが、そんな昔の話を持ち出しても仕方ないだろうし、本人はもういない。ただ一つだけ気になるのはシルビアがいつの間にか『壁抜け』のスキルを覚えてしまっていたことだ。元盗賊のラルドさんの血がそうさせているのか盗賊関連のスキルと相性がいい。
大丈夫だ。普段のシルビアは俺に忠実な僕だ。
他にも王都で見てきた色々な話を語った。貴族の多くが王都と自分の領地に屋敷を持っているが、辺境で片道に10日も掛かるアリスター伯爵は屋敷を持っておらず、王都へも用事がない限り赴くことがないので最近の様子については興味を持ってくれた。
☆ ☆ ☆
領主の館を後にすると、ちょうど帰るところだったのか兄と出くわしたので一緒に家へ帰ることにした。
王都へ出かけている10日間で何か変わったことがなかったのか確認しながら歩いていると、すぐに家に辿り着き、メイドさんが出迎えてくれた。
メイド?
「お帰りなさいませ、ご主人様」
メイドさんが頭を下げてくれる。
今まで見たこともない光景に兄弟揃ってポカンとしてしまった。
メイドの姿には見慣れていなかったが、迎え入れてくれた時の声にはここ最近で聞き覚えがあった。
「何やっているんだ、シルビア?」
メイド服に身を包んだ女性は、俺の眷属になったシルビアだった。
「そろそろご主人様が帰って来るとなんとなく分かったので、こうして出迎えているんです」
「それはありがたいんだけど……」
「この子ったら急にそわそわし出して1分ほど前から待っていたんです」
家の中から出てきたオリビアさんが教えてくれる。
『どうやら「迷宮魔法:探知」が体に染み付いてきているのか人の気配を捉えられるようになっているようだね。特に主人である主には敏感みたいだよ』
「なるほど」
こらこら近くに人がいるんだから迷宮核の解説に反応するんじゃない。
でも、迷宮核の言う通りなら俺が近付いてきたことに気付けたことにも納得できる。ただでさえ俺たちの間には、主人と眷属というパスが繋がれているのだからお互いの存在にも気付きやすいのだろう。
問題は、こんなメイド服をどうやって用意したのかということだ。
家にはメイド服なんて置いていなかったはずだし、街で買うにしても専門的な店に行かなければ買うことができない。そこまでの時間はなかったはずである。
ま、迷宮核のニヤニヤした声を聞いていればなんとなく予想できる。
『鑑定を使ってみるといいよ』
迷宮核に言われるままメイド服に『迷宮魔法:鑑定』を使用する。
迷宮魔法:鑑定は、迷宮に関連する物や人に対してのみ使用することができるという制限が付いているが、その分他の方法では阻害されることがない。
どれどれ……。
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名前:眷属のメイド服
レア度:S
効果:常時体力回復【極】 衝撃吸収【極】 魔力上昇【極】 敏捷上昇【極】 奉仕術
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俺の装備品と同じSランクの装備品だが、効果が破格過ぎる。
『いや~、メイド服が欲しいって言うから宝箱で得られる中でも最高峰のメイド服をプレゼントさせてもらったよ』
一体、どれだけの魔力を消費してしまったのか……。
『あ、このメイド服については迷宮の魔力を消費していないよ。先代の迷宮主に仕えていた迷宮眷属が次に現れた眷属の子の為にプレゼントしたいっていうことで貯めておいた魔力を使わせてもらったから』
そういうことならいいか。
メイドになったシルビアも満足そうな表情をしていることだし。
「あ~……兄さん。こっちのメイド服を着たのが王都で奴隷だったシルビア。隣にいるのがシルビアの母親でオリビアさんって言うんだけど、オリビアさんには今日から家の管理や家事を任せたいと思っているんだ」
「初めまして、シルビアです」
「オリビアと言います。よろしくお願いします」
「これは、ご丁寧にありがとうございます」
慣れない調子でメイドとその母親に頭を下げていた。
やがて、俺の方を振り向くとニヤニヤとした笑みを向けてくる。
だから、そういう理由で買ったんじゃないって。