第9話 入口前の子供たち
エスターブールの迷宮。
他の迷宮と同様に地下へと続いて行く構造になっており、入口は地面から突き出た洞窟のようになっている。これも変わらない。
その入口は、街の中心からやや東へ行った場所にある。
元々は街の中心にあった……と言うよりも迷宮の入口を中心に都市が作られたのだが、都市の東側には海が広がっている。そのため東側以外へ大きく広がって行った結果、東側に迷宮の入口があり、都市の中心には行政機関が置かれるようになった。
冒険者ギルドも都市の東側にある。
これは、迷宮から運び込まれて来た物を速やかに回収する為だ。
他にも東側には冒険者向けの武器屋や道具屋、屋台等が立ち並んでいる。
「へい、いらっしゃい」
「今日は蜥蜴肉が安いよ!」
朝だというのに随分と騒がしい。
冒険者は朝の早い時間から迷宮に潜り、夕方には出て来る。
これから迷宮に挑む冒険者向けに忙しいのだろう。
「すいません、6本いいですか?」
「まいど!」
屋台の店主に頼んで串焼きを6本用意してもらう。
蜥蜴肉の串焼きという言葉が思わず気になってしまった。
「この街だと蜥蜴肉が名産なんですか?」
「兄ちゃん、この街は初めてかい?」
「昨日来たばかりです」
蜥蜴肉の串焼きを受け取りながら話を聞く。
蜥蜴が主に生息しているのは森の中だ。だが、エスターブールの近辺は草原が広がるばかりで来る時も蜥蜴の姿を一切見掛けなかった。
得られるとしたら迷宮だろう。
「だったら知らないのは無理ないか。この先に迷宮があるんだが、そこから色んな肉が毎日のように獲れるんだ。昨日は偶然、蜥蜴が大量発生したらして安く手に入れることができたんだよ」
屋台の店主は、迷宮から出て来た冒険者から肉を安く買い取り、他の冒険者に他の店よりも安価で売ることにより利益を出していた。
特別、蜥蜴肉に拘っている訳ではない。
普通に豚や鳥の肉を使った串焼きを売る場合もある。
「よかったら今後も贔屓にしてくれよ」
「考えておきます」
串焼きを頬張りながら大通りを歩く。
「……腹は膨れるしマズくはないんだけど、特別美味しいっていう訳じゃないな」
「その辺は屋台ですから仕方ないですよ」
どうやらシルビアからのお墨付きはもらえなかったみたいだ。
今後は肉を売りに来ることはあっても串焼きを買うことはないかもしれない。
「それに朝食を食べたばかりですから」
『金の狐亭』では、しっかりとパンとベーコン、薄味でありながら栄養の摂れるスープが出された。
それに比べたら屋台の串焼きはどうしても劣ってしまう。
☆ ☆ ☆
しばらく歩いていると迷宮の入口が見えて来る。
地面から突き出た洞窟型の入口。ぽっかりと開いた穴は迷宮に挑む全ての冒険者を飲み込むような雰囲気だ。
入口の周囲は更地になっている。これは、万が一に迷宮から大量の魔物が溢れ出して来た時に備えたもので、迅速に戦闘ができるよう屋台を置くことも禁止されている。
「うわぁ、随分な数の冒険者がいるわね」
入口前にいる冒険者の数を見てアイラが呆けていた。
100人近い冒険者たちが集まっていた。これから迷宮に挑むベテランのような貫録を持つ冒険者は改めて自分の装備や道具を確認しており、仲間と最後の打ち合わせをしている者もいる。
そういった人たちが迷宮前にいるのは分かる。
だが、ベテラン風の冒険者は一部。
ほとんどは成人する前か成人した直後ぐらいの子供たちだった。
「あの子たちは何なのかしら?」
とても戦えるように見えない。
そんな子供たちを見ながらアイラが首を傾げていると4人の子供たちが駆け寄って来た。
「お兄さんたち、荷物持ちはいりませんか?」
「えっと……」
子供たちは荷物持ちの仕事をする為に迷宮前にいた。
迷宮での活動で最も苦労させられるのは、迷宮で得た素材を持ち帰る為の方法だ。素材を手にすればするほど荷物が多くなる。持ち帰る時の苦労もあるが、重たい荷物を持ったままでは戦闘力が落ちてしまう。
だから荷物持ちの存在は欠かせない。
アリスターの迷宮でも同じなので、彼らが苦労している様子を俺たちは外から微笑ましく見守っていた。
本来なら、俺もそういった下積みを経てからランクを上げて強くなるはずだった。
「大丈夫。俺たちには『収納リング』があるから」
言い訳用に所持している収納リングが役に立つ。
普段は持ち切れない荷物があった場合には、荷物と合わせて収納リングよりも容量の大きい道具箱に収納してある。
「そ、そうですか……」
子供たちでも『収納リング』の存在は知っていた。
だから荷物持ちなど必要としていない事もすぐに理解した。
「駆け出しなのに凄いですね」
年齢から駆け出しだと思われたらしい。
子供たちでは装備品の凄さから相手のランクを判断するような技量もない。
「ええと――」
ノエルが申し訳なさそうな顔をしている。
子供たちの姿はみすぼらしい。服はボロボロだし、体も汚れている。何日も服を洗っていない。体を拭いたのだって何日も前だ。
『金の狐亭』には追加料金を支払えば風呂を利用することができるし、頼めば昼の内に洗濯をしてくれるという事なので出掛ける前に昨日着ていた服の洗濯を頼んである。
彼らが劣悪な状況にいる事が見ただけで窺い知れる。
「とりあえず、これでも……」
思わず銅貨を出しそうになった手をイリスに掴まれる。
「何をするつもり?」
「何って……」
「可哀想だとか思うなら中途半端な事はしない方がいい」
「中途半端な事って……」
「この都市にこういった子供たちが一体何人いると思っているの?」
迷宮の入口前だけでも何十人という子供たちが待機している。
既に迷宮へ潜った子供たちもいるだろうし、入口前に来ていない子供だって都市にはもっといるはずだ。
目の前にいる数人にだけお金を与える。
都市にいる浮浪児全員にお金を与える。
不公平だし、キリがないから無理だ。
心優しいノエルはどうにかしたいと思っただけなのだが、それでは何の救いにもならない。
「本気で助けるつもりなら子供たちが自力で稼げるだけの力を身に付けさせる必要がある。けど、私たちにはそんな事をしている余裕はない」
それに縁も所縁もない。
恒久的に稼げるだけの力を身に付けさせるのに一体どれだけの時間が必要になるのか。
と、イリスが駆け寄って来た子供たちに目線を合わせる為に屈む。
「君たちのお父さんとお母さんはどこへ行ったの?」
「……帰って来ない」
「あそこにいるの」
ボソボソと何人かの子供たちが呟く。
彼らの両親は冒険者で迷宮に挑んでお金を稼いでいた。だが、明確な迷宮での行動方法を確立させていたとしても不測の事態が起こってしまったことによって倒されてしまうのが冒険者。
何らかのトラブルに帰らなくなってしまう人は多い。
そうなってしまうと家族が残されることになる。
たった一人、残されてしまった子供は一人で生きて行かなくてはならなくなる。
都市には孤児院ぐらいあるだろうが、それも収容人数に限界があるため全員を受け入れることができない。
そうして余った子供たちが目の前にいる子供たち。
子供たちも親が帰って来ない事を薄々理解している。
毎年、迷宮で行方不明になる冒険者が後を絶たない。
そんな事が繰り返されることによって仕事を求める子供たちは増えて行く。
「大変だろうけど、頑張ってね」
「うん!」
パタパタと可愛らしい足音を立てて元の場所へ戻って行く。
その後姿を見ながらイリスが懐かしい物を見るような目を向けていた。
「いいの?」
「あの子たちだって自分たちの境遇を理解している。だったら下手に同情されるよりも仕事を与えてもらった方がいい。与える仕事のない私たちが必要以上に干渉するべきではない」
そう言えばイリスも孤児だった。
自分も似たような経験をしているからこそ言える事だ。
イリスが言うように必要以上の干渉はしない方がいいだろう。