第8話 黄金狐商会
金の狐亭。
宿の1階にある食堂へ向かう。
「どうぞ、こちらの席へお掛けになって下さい」
食堂に入ると入口でも迎えてくれた熊の獣人の少女が案内してくれる。
案内されたのは6人掛けのテーブル。
真ん中に俺が座り、左右にアイラとイリス、正面にノエルが座り、その両隣にメリッサとシルビアが座っている。
どこの宿に泊まった場合でも決まったルールが存在する。俺と同室の者が正面に座る。6人になってから眷属の間でのみ決められたルールで、そこに俺が介在する余地はなかった。
食堂には多くの人がいた。
食事中ということで各々会話が弾んでいて騒がしくなっていたが、それでも冒険者ギルドにあるような喧騒とは違う。
「うん、ここならのんびりできそうだな」
宿泊客のほとんどは商人とか旅人が中心らしい。
「ウチはマナーの悪い人はお断りしていますからね」
熊の獣人の少女が6人分の水を持って来た。
「申し遅れました。わたし、当宿の従業員のレイナと申します。何かご用件がありましたら、わたしの方までなんなりとお申し付けください」
他にも従業員はいるが、彼女は幼いこともあって掃除や給仕などの簡単な仕事をあちこち手伝っている。そのため一番目に付きやすい位置にいる。
新人とはいえ教育はしっかりとしている。
「おススメは?」
「今日は新鮮な鹿肉が手に入ったので、そちらがおススメですよ」
「じゃあ、それとスープを人数分お願いします」
「かしこまりました」
シルビアの方で注文を行う。
料理に関しては俺たちが関わるよりも彼女に任せてしまった方が安全だ。
「さて、これからの予定だけど……」
「目立つ功績を上げて注目を集める、ですね」
「でも、何から始めればいいの? 生半可な功績じゃあ注目なんて集められないわよ」
アイラが言う通りだ。
多少難易度の高い依頼や魔物を討伐した程度では同業者である冒険者から注目される程度で、それ以上の存在からは注目されない。
それに外での依頼が少ないエスターブールで出来る事は限られている。
「迷宮が中心のエスターブールで功績を上げようと思ったら迷宮で大きく稼ぐ必要があるな」
まだ確認は取れていないが、迷宮のルールは基本的にアリスターの迷宮と変わらないはずだ。
なら、採れる手段も限られている。
「とりあえず目標はギルドが把握している地下50階よりも先へ進む事」
ギルドが把握できていない場所の情報を持ち帰れば、さすがにギルドマスタークラスも注目をせざるを得ない。
ただ、一気に攻略を進めるつもりはない。
「ま、地下50階までの間に注目を集める方法がない訳じゃない」
「例えば?」
「見つけるのが難しい宝箱や素材、そんな物を持ち帰れば誰もが情報を求めて集まって来る。当然、ギルドだって無視はできないはずだ」
具体的な方法は決めていない。
とりあえずは明日以降に迷宮へ潜ってからだ。
「あと、気になるのは『黄金狐商会』でしょうか?」
メリッサも『金の狐亭』を経営している『黄金狐商会』が気になっていたようだ。
「お待たせしました」
その時、料理が運ばれて来た。
宿が用意してくれた夕食は食べ易く切られた鹿肉のロースト。それと真っ白なパン。鹿肉を使ったシチュー。
「いただきます」
まずはシルビアがシチューを飲む。
その様子を他の者が見ている。
「……」
「え、え?」
一人だけが食べている状況にレイナちゃんが戸惑っている。
「……はい、大丈夫です」
「そうか」
シチューを飲んだシルビアは宿の食事に満足できたらしい。
その評価が聞けただけでも安心できる。
口の中に運んだ鹿肉は特別な香辛料が使われているのかピリッと辛味があり、シチューもホッとさせる温かさがあった。
「気に入っていただけたみたいで良かったです」
レイナちゃんがホッと胸を撫で下ろしている。
妙な緊迫感のせいで緊張させてしまったみたいだ。
「ただ、もう少し塩を足した方がいいですね」
シルビア、余計な事は言わない。
それは俺の好みであって宿を利用する全員の好みではない。
「ええと……料理長に一応伝えておきますね」
レイナちゃんが困っている。
料理長は彼女の父親らしいので気兼ねなく伝えられるのだろうが、辛い役目である事には変わりない。
「ところで、先ほど『黄金狐商会』について話をされていたようですが」
「ああ、時間があればでいいんだけど、ちょっと詳しく教えてくれないかな?」
「いいですよ。早目に夕食を摂りたい方たちの給仕は終わったので、忙しくなるまでの間ならお話できます」
お小遣いとして銀貨を1枚渡す。
それをレイナちゃんは笑顔のまま何も言わずにポケットの中にしまう。
「『黄金狐商会』は迷宮に挑んでいた冒険者の方が40年前に立ち上げられた商会なんです」
元々は冒険者として迷宮で素材を持ち帰り生計を立てていた。
だが、ある時にパーティメンバーの一人が致命的な怪我を負ってしまったためにパーティから抜けてしまった。
それが金色の毛を持つ狐の獣人だった。
「その方は、獣人の多いメンフィス王国から来た冒険者みたいでエスターブールで負傷しても故郷に帰ることができなくて商人になる道を選んだみたいです」
メンフィスの獣人だと聞いた瞬間、ノエルが反応してしまったが、レイナちゃんは気付いていない。
商人になると言っても最初は商会を立ち上げた訳ではなく、迷宮から得られた素材を買い取り、遠くの街まで売りに行く行商のような仕事をしていた。
本来なら簡単な仕事ではなかった。
上げられる利益は僅かで、苦労ばかり多い仕事。
だが、以前のパーティメンバーが引退した仲間を心配して利益を度外視した価格で素材を売ってくれた。
その後、仲間が協力してくれたおかげで得られた利益を元手に手広く商売を広げて行った。
「中でも特に力を入れていたのが獣人を対象にしたサービスですね」
金の狐亭もその一つ。
選民志向の強いエスタリア王国において蔑まれる対象である獣人の立場は悪い。そんな立場にいなければならない人たちの為にサービスを続けていたところ予想以上に上手く行ってしまった。
立場は悪くても金を持っているのが獣人だった。
彼らでは立場が低いせいで使う機会に恵まれていなかった。
「手広くやっているっていうのは、どういう事をやっているのですか?」
「ウチみたいに獣人向けの宿――」
食堂を見渡してみれば獣人が半数以上を占めている。
それに従業員も獣人の姿しか見えない。
「お金貸しや高級品の販売や買取もしていますね」
借金をしようとしても獣人だというだけで通常よりも高い利率で借りなくてはならなくなる。返すアテがあってもそうなのだから酷い差別だ。
それから宝石類は獣人が売ろうとしても安く買い叩かれてしまう場合がある。
そういった差別的な対応をしなかったのが『黄金狐商会』だった。
「今は息子さんに譲ってしまいましたけど、たった一人で立ち上げて成功させたのが『黄金狐商会』です」
「俺たちでも利用することができる?」
「ええと、何かお困りですか?」
冒険者が特定の商会を利用するのは珍しいだろう。
拠点にしている街にある商会だったら可能性はあるが、俺たちは街に来たばかり。
「困っている訳じゃないけど、街に来たばかりの新人だからこそ信用のできる場所で迷宮から持ち帰った物を引き取ってもらいたい」
冒険者ギルドで買い取ってもらうことはできる。
だが、その時に手数料としていくらかが抜かれることになっている。
それでは報酬が少なくなってしまう。
それに、冒険者ギルドで買い取ってもらった場合には冒険者ギルド内でしか注目されない。冒険者ギルド外にも注目してもらいため冒険者ギルド以外にも買い取り先を求めていた。
「そうですね。別に獣人専門という訳ではなかったと思いますので買い取ってもらう事はできたと思います。それに、そちらのお客様がいらっしゃいますから大丈夫だと思います」
そう言ってノエルに視線が向けられる。
最悪の場合にはノエルに商談の全てを任せればいい。
「ただ、手数料とか詳しい事は分からないので得かどうかは分からないですよ」
「その辺は自分で判断するよ」
「では、わたしはこの辺で――冷めない内に食べて下さいね」
「おっと」
温くなったスープを飲んで、鹿肉を急いで食べる。