第5話 エスターブールの門
盗賊退治から数日後。
それ以降は特に騒動が起きる訳でもなく無事に街道を進み続け、いくつかの街で休憩と観光をしながら巨大な街――エスタリア王国の副都であるエスターブールが見えて来る。
エスターブールは巨大な円形の都市で、周囲を分厚い壁に囲まれている。表向きは魔物の襲撃に備えた物だと言われている。決して間違ってはいない。だが、実際には迷宮が万が一にも暴走した際への備えとして閉じ込める為の檻としての役割を担っている。
ただ、今のところは暴走したことがない。
もしも暴走するようなことになれば都市内にいる大勢の人が犠牲になってしまう。
「総人口は20万とも30万とも言われている大都市」
「随分と曖昧な表現だな」
エスターブールについて説明してくれているイリス。
いつもならはっきりとした情報のみ開示してくれるはずだ。分からないなら、きちんと分からないと言ってくれる。
「それは仕方ない。都市側も把握していない」
外から来る人が多いせいでどれだけの人が外から来て、どれだけの人が出て行ったのか把握できていない。
それでも十数万以上の人がいるのは確実。
スラムのような人目に付かない場所も含めればさらに増える。
「そんなにスラムに人がいるのか不思議に思っていたけど、この国の身分制度を考えれば当然かもしれない」
身分が『平民・下』に落ちてしまったばかりに絶望して職に就くことすらできなくなる。
その後、数日前の元騎士たちのようになるのかスラムでひっそりと人生を終えてしまうのかは人それぞれだ。
「ただ、エスターブールには冒険者が多い」
理由は都市の中央にある迷宮だ。
完全に管理された迷宮は安全がある程度保障されており、冒険者のレベル上げに人気がある。それに安全が保障されていても魔物が出ることには変わりない。そのため迷宮に頼る、という事は冒険者に頼るという事と同義であった。
「と言っても量が多いだけで、そこまで強い人がいる訳じゃないから凄く油断していなければ問題ない」
「大丈夫か?」
「所詮は人数が多いだけ。私たちの迷宮なら草原フィールドを中心に活動している冒険者ばかりだと思えばいい」
草原フィールドは、最低限の実力が認められた駆け出しの冒険者がお金を稼ぐ為に活動している。
冒険者ランクで言えばEやFばかりだ。
「『安全が保障されている』。その言葉は聞き心地がいいかもしれないけど、逆に言えば危機には慣れていない。実力が乏しくてもお金を稼げる人が相当数いる。たぶん純粋な冒険者の質で考えれば、同じEランクの冒険者でも辺境のアリスターの方が優秀だと言ってもいい」
「なるほど」
摸擬戦でもやればアリスター側の冒険者の方が圧勝する。
両国は遠く離れているためそんな機会はない。
「暑い~」
アイラが水筒に入っていた水を飲み干す。
時刻は昼過ぎ。
この辺りはかなり蒸し暑く屋外で立っているとすぐに汗を掻いてしまう。
水分を欲してしまうのも仕方ない。
「暑いのもそうなんですけど、こうして何もせずに列で待っていると……」
シルビアもポケットからハンカチを取り出して汗を拭う。
「随分と待たせるな」
俺たちが今いるのは都市に入る為の門前。
今は遠くに見えるだけだが、厳重な身元のチェックに通って初めて門を通してもらえるようになっている。その検査のせいで時間が掛かっている。
しかもエスターブールへ入ろうとする人は多い。
「あっちの人たちはどうして先に入れるんだろう?」
ノエルが見ている先では検査を簡単に済ませて都市の中へと入って行く人たちの姿があった。
俺たちが並んでいる列とは別だ。
どこに並ぼうか悩んでいると警備員にここへ並ぶよう言われたため確認はしていない。
「ちょっと聞いて来る!」
「あ、おい!」
こっちの呼び止める声も聞かずにノエルが走り出す。
「ぐすっ、ぐすっ……!」
数分後ノエルが戻って来た。
ただし、泣いている。
「何があった?」
「……突き飛ばされた」
泣きながらだったためポツポツと語る言葉を解釈する。
列の一番前へと行ったノエルだったが、それを割り込みだと判断されてしまった。その後、単に質問したかったと必死に説明するノエルだったが、兵士には聞き届けてもらえなかった。
「そうしたら、わたしが獣人だっていう事に気付いたみたいで――」
「そういう事か」
蔑まれる対象である獣人。
割り込みだと思われたせいで、兵士の前から叩き出されて汚い言葉を浴びせられてしまった。
決してメンタルが強い訳ではないノエルでは耐えられなかった。
「弾かれた程度、今のステータスならなんともないだろ」
「だって……」
ノエルがショックを受けているのは罵声の方。
アリスターに来てからは受けたことがなかったし、メンフィス王国に居た頃は獣人ばかりだったうえ丁重に扱われる立場だったため聞いたことがなかった。
「辛いかもしれないけど、我慢してくれないか?」
「うん」
ノエルも自分の立場は分かっているため頷いてくれる。
これからエスターブールで目立たなくてはならない。自然、俺たち――というよりも美少女であるシルビアたち眷属は注目を集めることになる。
もしも、見た事のない人物が増えていたり、逆に今朝にはいたはずの人物が急にいなくなったりしてしまうと不審に思われてしまう。
なので、途中で帰るのはナシだ。
「で、あっちは何だったんだ?」
当初の目的を尋ねる。
「あ、そうだった!」
罵声を受けている間もちゃっかりと門の様子を確認していた。
そちらの方は、エスターブールに拠点を置いて活動している商人や冒険者の中でも上位に位置する者で、事前に手続きを行うことによって都市への入場手続きを簡略化させることができる。
そういった者は『平民・上』である必要がある。
つまり、外国人である俺たちには関係ない。
結局、大人しく並んで待つしかない。
「次の者――!」
しばらく……本当にしばらく待っていると、ようやく俺たちの番が来た。
「冒険者か?」
俺たちの身形から判断された。
「目的は?」
「エスターブールにある迷宮に挑むつもりです」
「なるほど。冒険者カードを見せてくれるか」
冒険者ならギルドが発行している冒険者カードを見せて身分を証明する必要がある。
懐に入れておいた冒険者カードを見せる。
「Aランク……!」
冒険者ランクを確認した兵士が息を呑む。
Aランクと言えば都市を訪れる冒険者の中では最高ランクと言っていい。
「ぜ、全員……! あ、一人だけ違った」
しかも、ほぼ全員がAランクとなれば異常事態。
残念ながらノエルだけはCランクのまま。何か大きな事件が起きて解決すればBランクへの昇格は可能で、事件の規模や貢献度次第ではAランクへの昇格もあり得るらしい。決して依怙贔屓している訳ではなく、パーティの中で一人だけランクが低いのは不釣り合いだし、実力的には問題がないためである。
「特に犯罪歴もないみたいだな」
冒険者カードを特殊な機械に当てて何かを確認している。
ギルドには、冒険者カードから様々な履歴を確認することができる機械がある。が、それは情報保護の観点から他者に貸し出されるようなことはない。だが、この国では違うみたいだ。
「随分と厳重ですね」
「そうだな。他の街ではここまで厳重な検査はやらない」
モノクルのような魔法道具で覗かれる。
まるで【鑑定】を使われた時のような感覚があった。あの魔法道具には、他者のステータスでも覗く効果があるらしい。
が、無駄だ。
見えるのは厳重に偽装されたステータスのみ。彼らに見えているのは自分たちを上回るAランク冒険者の実力だ。これでも迷宮主や迷宮眷属のステータスと比べればかなり抑えられている。
「特に怪しいところはないみたいだ。通ってもいいぞ」
重たそうな門を通れるようになった。
今は多くの人を入れる昼間だから開放したままになっているが、夕方になればきちんと閉じられるようになっている。
都市の中へ足を進める。
「君たちがエスターブールへ貢献してくれる事を祈っているよ」
その言葉に苦笑してしまう。
これから行うことを考えれば最悪の場合には、エスターブールにとって不利益になるかもしれない。
「……ん?」
ピリッとした電流のような物を感じた。
ちょうど門を潜った瞬間だ。
「今のは……」
同じように感じることができたのはメリッサとイリス。
魔法が得意な二人だ。
対して他の3人は気付いていないみたいだ。
『どうやら厄介な檻の中に飛び込んでしまったみたいだね』
迷宮核には分かっているらしく、分析した結果を伝えてくれる。