第3話 騎士から盗賊へ
「いやぁ、助かりました!」
「はぁ……」
困った様子のメリッサがふくよかな男性に手を握られてお礼を言われていた。
これが下心のある相手ならメリッサも適当にあしらうことができたのだが、相手は本気でお礼を言いたいだけだったために扱いに困っていた。
男性は盗賊に追われていた商人。
あの後、盗賊があっという間に拘束された光景を遠くから見ていた商人は自分たちが助けられた事にすぐ気付き、お礼を言う為に近付いて来た。
お礼を受け取ると見えていた町まで護衛を引き受けた。
「こちらこそありがとうございました。盗賊を捕らえたのは良かったのですが、彼らを街まで運ぶ手段を持っていませんでした」
捕らえた盗賊たちは、御者と少ない荷物があるだけで空いていた馬車に詰め込んで運んでもらった。
もしも、彼らがいなかった場合は片手に一人ずつ街まで運ぶか、【道具箱】から荷台でも取り出して運ぶ必要があるところだった。その方法も手間が掛かるし、旅をしている冒険者らしくないので出来ることなら避けたい方法だった。
だから協力してくれたのは純粋にありがたい。
こちらからもお礼を言うと商人は笑っていた。
「冒険者にしては随分と律儀な方ですね」
「いえ、これぐらいの事は……」
「ゴックさん」
その時、馬車の中から拘束した盗賊を運び出す作業をしていた護衛が声を掛けて来た。
そう言えば名前を聞いていなかったけど、商人はゴックという名前らしい。
「助けてくれた事には俺も感謝しています。ですが、彼らに報酬や護衛料を払っている余裕はありませんよ」
「それは……」
ゴックさんが口ごもる。
盗賊から助けた報酬。
町までの護衛料。
命を助けてくれた事を思えば少なくない金額が必要になる。
ゴックさんの様子を見る限り、彼は誠実に対応したいようだ。だが、払えるほどの余裕がないらしい。
「あの……今、仲間が盗賊のアジトに財宝を回収に行っております。それに盗賊を奴隷商に売り渡した金額を全て私たちの懐へ入れていただければ報酬などは結構ですよ」
町まで運ぶのに馬車を利用させてもらったので、いくらかは払うのが普通だ。
今、イリスとノエルのアジトへ強襲を掛けてもらっている。どうやら、アジトに盗賊の仲間が3人留守番をしているようだが、あの程度の実力者ならば二人だけでも問題ない。
その報酬があるからお礼は問題ない。
「よろしいのですか?」
ゴックさんが胡乱な目を向けて来る。
それに護衛も信じられないといった表情で見て来る。
メリッサの提案は、報酬を諦めるような言葉だ。明日をも知れぬ身の冒険者としてはあり得ない言葉だ。
「ただ、教えて欲しい事があります」
もちろん代わりと言ってはなんだが情報を貰う。
「……何ですか?」
大金の代わりにどんな質問をされるのか。
ゴックさんが息を呑んだ。
「先ほどの盗賊は随分と馬の扱いに慣れた様子でした。それに全員が馬に乗れる、というのは盗賊にしては裕福過ぎます」
まず馬に乗る為には技術が必要になる。
それに馬は購入するにも維持をするにもお金が掛かる。
技術と費用、両方の面で裕福だった。
「彼ら、か……」
盗賊の事情について知っているようにゴックさんが呟いた。
「何か知っているのなら教えて下さい。私たちは先ほどエスタリア王国へ来たばかりで何も知らないも同然なのです」
外からでは分からない事は多い。
商人ほど情報に精通した人物はいない。
「……分かりました。本来なら外国の人に話すのは恥以外の何物でもないので話したくないところですが、助けて頂いた恩がありますので特別にお話しします」
悔しそうな歯を噛み締めながら語ってくれる。
「彼らは貴女が予想したように元騎士です」
騎士――国や貴族に仕え、逮捕権や指揮権といった特別な権利が与えられている存在。兄も騎士なのでそれなりに知っているが、有事の際は兵士を引き連れて問題の対処に当たることもある非常に危険な仕事だ。
だが、危険であるが故に給料はいい。
さすがに迷宮主である俺には及ばないが、家族3人が余裕で暮らせるだけの金額は貰っていると聞いていた。
つまり、普通の職業よりも恵まれている。
だからこそ『元』騎士で盗賊をやっているのが信じられない。
それと……
「そこまで強いようには思えませんでしたが……?」
レベル的には一般人よりも強い。
だが、騎士の中では下といった評価を下しても問題ないレベルだ。いくらメリッサが手加減していたからと言って魔法の一発で戦闘不能になってしまうのは現役の騎士としては弱過ぎる。
「ええ。彼らは騎士の中では決して強い方ではありません」
ゴックさんも騎士の弱さを肯定した。
「だからこそ階級を下げられた、と言ってもいいでしょう」
あの盗賊団は元々この近くにある街を治める伯爵が抱える騎士団の一員であり、周囲にある貴族家の三男や四男だった。三男や四男ともなれば、家を継ぐこともできず、長男のサポートには次男がいれば事足りているため余ってしまう。
貴族家の血を引いているため簡単に切り捨てる訳にもいかなかった。
そんな人たちを集めて組織されたのが伯爵の騎士団だった。
子供の頃から長男や次男に万が一の事が起こった場合に備えて厳しい教育を受けていたおかげで一般人を制圧できるだけの実力はあったし、教養もあったため問題なく騎士団を創設することができた。
ただし、いくら教育を受けていたとしても人間性までは保証されない。
「彼らは色々と汚職に手を染めていたようです。金を積まれれば捕らえなければいけない悪人も見逃していましたし、自分たちにとって都合のいい人物に融通を利かせていたみたいです」
そうして得た資金でもっと出世する。
騎士になれただけでも十分だったにも関わらず、貴族に生まれた彼らはそれに飽き足らず分不相応な身分を求めてしまった。
「だけど、その件が上にバレてしまったためにアッサリと捨てられてしまいました」
手で首を切るようなジェスチャーをするゴックさん。
だが、この場合は生きていることから分かるように処刑された訳ではなく、身分を永久的に落とされることになった。
「こいつらは元『貴族』という事でお情けをもらって『奴隷』にはならず、『平民・下』に落とされたんです」
平民の中にも階級があるらしく盗賊団が落とされたのは底辺の『下』。
「それでも真面目に働けばよかったものの真面目に働くのが嫌になってこいつらは盗賊になってしまったんです」
鍛えられた力と技量。
それらを使えば苦労することなく金が手に入る事を知ってしまった。
結局、捕まって彼らは身分を最底辺の『奴隷』にまで落とされることになった。
「国は何もしてくれなかったのですか?」
「国、ですか……?」
元、とはいえ貴族の私設騎士団の不祥事。
国が何らかの働きかけを行ってもおかしくないように思える。
だが、ゴックさんは首を横に振っていた。
「この国は、どれだけ国に貢献したかによって扱いが変わって来ます」
具体的に言えば納税。
大金を納めれば納めるほど融通してもらえる。
栄えていればいるほど国からの融通も厚くなる。
「この辺は国境に近いだけで何もない土地ですからね」
隣国と戦争にでもなれば食糧が徴収されたり、人手を強制的に奪われてしまう。
そんな土地だが、中心から離れているからこそ国の面倒事から逃れることができていた。
「他国へ行こうとは思わないのですか?」
「たとえ他国へ行ったところで上手く行く保証はありません。それに比べたら最低限の保障がある今の生活の方がいいと考えている者が多いのです。それに――私たちの商隊もほとんどが『平民・下』ですから」
「それは、どういう……」
メリッサが意味を尋ねても詳しい意味を教えてくれなかった。
盗賊になった元騎士たちもそういった事情に詳しかったからこの辺を狙っていた。
ゴックさんも危険性は分かっていたが、どうしても商売に出なくてはならなかった。
「私も盗賊に襲われる危険性は理解していました……いえ、理解したつもりになっていました。ですが、こちらも商売で生計を立てている以上は外へ行かないといきません。貴女たちの実力なら心配ないと思いますが、十分に気を付けて下さい」