第16話 フルーツジュース
「成果は上々か……」
ここ1週間の魔力の吸収量を最下層で眺めていた。
ここなら主と眷属以外は誰も入って来られないので見られる心配もない。
「やはり、冒険者や騎士、魔法使いなどではなかったので一人当たりの魔力量は少ないですね」
同じようにデータを眺めていたメリッサが呟いた。
「けど、人数が多かったから1週間だけでも1年分に相当する魔力を得ることができた」
イリスが言うように十分な魔力は得られていた。
それというのも花見によって普段は迷宮を訪れたことがないような人々がたくさん訪れてくれたおかげだ。
もっとも一般人が持っている魔力の量が多くなかったため得られた魔力の量は少ない。それでも数百人が集まり、彼らの護衛や11階まで送り届ける為に多くの人たちが協力したおかげで十分な量は得られた。
「こんなに上手く行くなら今後も継続させた方がいいかも」
「継続はさせる。けど、次にやるのは来年だな」
昨日には桜を枯れさせてしまった。
迷宮の環境は一定だし、その気になれば年中咲かせることも可能だった。
けど、やらない。
理由は……
「ああいうイベントは、できる時期が決まっているから貴重なんだ。外と同じように春の1週間だけ花見ができる。それぐらいの方がいいと思うな」
迷宮の外にある植物も今は季節が移り替わって別の物になっていた。
そのタイミングに合わせて迷宮内の桜も枯れさせた。
「その方がいいでしょう。人は飽きる生き物です。恒常的に魔力を得ようと考えているのなら飽きさせない工夫が必要です」
やはり期間限定のイベントにするのが一番だろう。
外にいる人たちは迷宮が枯れさせないようにすることまでできるとは考えていない。操作が可能だと知られると要らぬ問題を抱えることになるかもしれない。
「次のイベントは何か考えるとして、アレを作ってみよう」
☆ ☆ ☆
迷宮の地下19階。
ここには草原フィールドで最も広大な森がある。
そこへメリッサとイリスを連れて移動すると樹に成っていた果物を取る。
「それは?」
「ミカンだな」
上を見上げればミカンが成っている。
他にもリンゴが成っている樹がある。
視線を下の方へ向けてみればイチゴも収穫できる状態になっていた。
「いえ、何を収穫しようとしているのかは見れば分かります」
周囲には同じように冒険者もいる。
彼らは俺たちよりも少し年下で、一生懸命果物を収穫しようとしていた。嗜好品である果物は高額で取引されるため新人冒険者のいい稼ぎになっていた。
春になれば一獲千金を夢見た若者が田舎から多く出て来る。
冒険者になってからちょうど1、2カ月が経過した頃で迷宮の攻略も順調に進んで来たのだろう。
ここでの収穫は新人が多く、ベテランたちはもっと金になる下層の方へ行っている。
そんな新人たちに混じって果物を収穫する。
近くで見ているメリッサにはおかしく見えた。
「自分たちで収穫した方が安上がりだろ」
魔力も金も消費しないのなら自分たちの足で訪れて収穫するのが最も効率的だ。
「今度は果物が必要なのですか?」
「そうだな」
メリッサの質問を肯定するとイリスも協力して3人で収穫する。
数分もする頃には篭一杯の果物が手に入る。
「今までの作業に比べれば楽ですね」
「で、これをどうするの?」
「甘いので子供たちには人気がありそうですけど――」
メリッサの答えは近い。
たしかにシエラの為を思って果物を収穫していた。
「ほら。シエラの奴が花見の時から拗ねているだろ」
「ああ……」
すっかり嫌われてしまったメリッサが落ち込む。
シエラからせがまれてお酒を渡したもののすぐに吐き出されてしまった。それで赤ん坊のシエラはメリッサはマズい物を渡す人だと勘違いしてしまった。そのせいですっかり機嫌を悪くされている。
メリッサの方は一生懸命仲直りしようとしているのだが、シエラの方が無視してしまっている。今もアイラが一生懸命説得している最中だ。
何か仲直りのきっかけになればと考えて……
「原因は飲み物にあるんだから仲直りも飲み物でする必要があるだろ」
果物の収穫を終えると屋敷へ【転移】する。
屋敷には既にシルビアが待っており、準備を整えていた。
「え、準備できたの?」
シエラを抱いたアイラもキッチンの方へやって来た。
「ぷいっ」
「……!」
だが、メリッサの姿を見た瞬間、シエラが顔を反らしてしまった。
その事に酷くショックを受けている。
これは深刻な問題だ。
「まずは切って下さい」
「はいはい」
採って来たリンゴを洗って皮を剥き、切ってからメリッサに返す。
一口サイズに切られたリンゴがシエラの前に出される。
「……?」
目の前に出された果物に思わず釘付けになっている。
そして、好奇心旺盛な子供としては口の中へ入れずにはいられない。
「……!」
初めて食べるリンゴに驚いている。
だが、全くの初めてという訳ではない。
「これはリンゴ」
「りん、ご?」
「そう。前にも食べているでしょ」
アイラの言葉を聞いて思い出したのか頷いている。
シルビアが前にリンゴを細かく刻んで米と一緒に煮込んだ物を作ってくれたことをシエラは覚えていた。
まだまだ母乳と離乳食がメインの赤ん坊にはちょっとした贅沢に思えた。
「あの中に入っていたシャリシャリがこれよ」
「おぉ……!」
目を輝かせてリンゴを見ている。
「これはメリッサお母さんが採って来てくれたんだから」
「プイッ!」
だが、メリッサの事は気に入らないみたいで再び顔を背けられてしまった。
「もう一つ下さい」
今度は皮が剥かれる前のリンゴを受け取ると【念動力】で宙に浮かせて、その下にコップを持つ。
何が行われるのか?
嫌っている事も忘れて興味津々な様子で見ている。
「見ていてね」
メリッサが指を鳴らす。
すると宙に浮いていたリンゴが万力のような力で締め付けられたように潰れてしまう。
「きゃっ!」
ちょっと暴力的な光景にシエラが目を背ける。
――ポタポタポタ……
コップの中に液体が落ちる音が聞こえて背けていた目を向ける。
リンゴの下に置かれていたコップの中には絞った時に出た液体が入っていた。
「けっこう大変ですね」
威力の調整に神経を使う。
あまりに強過ぎてしまうとリンゴが飛び散ってしまうし、力が足りないと絞ることができない。
「う、う……!」
飲みたいと必死にせがんでいる。
「はい」
今回はお酒の時のように拒んだりはせずにストローを差して渡している。
元々、シエラの為を思って採って来た物だ。
ゆっくりと飲んで行く。
「……!」
満足行く味だったのか笑顔を皆に見せている。
やがて、ストローから口を離すと……
「おいちぃ」
「はい。ありがとうございます」
一言だけお礼を言って再び飲み始める。
今度は飲み物を貰えたことで機嫌を直してくれたみたいだ。
「良かった」
母親と娘が不仲なんて見ていられない。
フルーツジュースなら子供でも飲めるからちょうどよかった。
「残りは俺がやるからいいよ」
篭に入っていた果物を徐に掴むと握り潰す。
手からポタポタと雫が滴り落ちる。
「で、何を作るつもりなんですか?」
シエラにジュースを渡すだけならこんなに量はいらない。
「俺も酒が飲めないのをどうにかしようと考えていてな」
宴会の最中に一人だけお酒を飲んでいないのは寂しい。
花見の時だって周囲にいる大人たちは全員がガブガブ飲んでいるのに一人だけ子供たちと同じ物を飲んでいた。
「で、ちょっと試してみようと思って」
薄いお酒。
それを絞ったフルーツジュースと混ぜ合わせる。
甘味が加えられたことで飲み易くなったはずだ。
「いただきます……」
思い切って飲む。
甘味が加えられたことで飲み易くはなったが、それでも頭が痛くなる。
「だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「全く大丈夫に見えません」
結局、その日はアイラに肩を借りながら自分の部屋に戻って寝込むことになってしまった。