第15話 花見
春。
草木と大地を凍て付かせる冬が終わり、大地が様々な色に彩られ始める季節。
中でも今は最も美しい時期になっていた。
その理由が……
「さすがは東方にある国で最も美しいと言われている『桜』が満開になる時期。桜を並べてみると壮観だな」
道の両端に桜が均等に並べられており、美しさを眺められるようになっていた。
――サァァァ……
風が吹けば、桜の花が舞い上がる。
「凄い景色ね」
目の前の景色に心を奪われているのは俺ばかりではない。
隣にいる母や家族も同様だ。
「東方だと春にはこんな景色が見られるのね」
残念ながらアリスターには桜の花がなかった。
だが、今年からはアリスターでも桜が見られるようになった。
「でも、本当に良かったの?」
けれども、植樹をした訳ではない。
「冬にエストア神国へ行った時に話を聞いたので、やってみたかったんです」
美しい桜の花を愛でながら食事をして騒ぐ。
そんなイベントがあるという話を聞いた。
個人的にやってみたかったし、これは儲かるという予感を覚えた。
「いやぁ、今年から迷宮に桜の花が咲いてくれて本当に助かりました」
まともにアリスターの周囲に桜の樹を植樹しても花見ができるまで何年も掛かるかもしれない。
だから裏技を使用させてもらった。
迷宮の地下11階に桜の樹を設置する。
過去に【魔力変換】でも行ったのか桜の樹のデータが残っていたので魔力を少しばかり消費するだけで設置することができた。
一見すると花見の為に魔力を消費してしまったように見える。
だが、きちんと利益が上がっていた。
「乾杯!」
迷宮の地下11階では様々な人が宴会を行っていた。
そこには冒険者だけでなく、一般人も含まれている。
中には自分たちが騒ぐ樹を確保している貴族や大商人までいる。もちろん彼らの傍には護衛がおり、庶民が近付けないようになっていた。
だが、迷宮内で最も警戒しなければならないのは人間ではなく魔物の方だ。
迷宮の地下11階は弱いとはいえ魔物が出没する。一般人など襲われればひとたまりもない。
「場所は確保してあるので付いて来て下さい」
入口から離れた場所にある樹。
意図していた訳ではないのだが俺たちのパーティは少々有名になり過ぎてしまったため注目を集めてしまう。それに屋敷に住んでいる家族だけとはいえ大人数での宴会になるため離れた場所の方がよかった。
それに最も手を加えた樹なので綺麗な桜だ。
「ご苦労様です」
途中ですれ違った冒険者に挨拶をする。
「ああ、お前たちの場所だったか。だったら、こっちの方は警戒する必要がないかな」
「仕事なんですからしっかりやって下さいよ」
「そうは言っても最強パーティがいるんだから問題ないだろ」
現在、迷宮内で最も冒険者の数が多いのは地下11階だ。
それと言うのも花見を楽しみにしている人たちの為に冒険者ギルドが高額で警備の依頼を出していたからだ。きちんと間引きしていれば魔物の被害も抑えることができるため人々も安心して騒ぐことができる。
「楽しそうに騒いでいる連中の傍で仕事をしないといけないんだぞ。ちょっとサボるぐらいはいいだろ。それに上にいる連中だって面倒な護衛依頼を引き受けているんだから」
迷宮の地下11階まで来る為には地下1階から10階までを踏破しなくてはならない。
自分の足で迷宮を潜り抜ける必要があるものの自力で攻略する必要はない。
冒険者を雇って護衛させる。
洞窟フィールド程度なら足手纏いがいても攻略は簡単だ。
「面倒な分、報酬はいいんですからいいじゃないですか」
「そうなんだけどな……」
それでも面倒な仕事には変わりない。
渋々ながら俺たちのいる場所から離れて行く。相手が同じ冒険者ということで嫌そうな表情を隠そうとしていない。
「じゃあ、俺たちも――」
シートを取り出して全員が座れるようにする。
招待したのは屋敷に住んでいる全員。
他の人たちと同じように俺たちが護衛して連れて来た。
「今日は態々ありがとうございます」
ソフィアを膝の上に置いたオリビアさんが礼を言って来る。
ただ、歩くだけでも大変な道のりだったが、それでも来た甲斐があったと思ってくれている。
「これぐらいはいいんですよ。普段から子供たちの事でお世話になっているんですからお礼ぐらいさせて下さい」
長期間出掛けることもあるので祖母であるオリビアさんたちの協力は必要不可欠だった。
「はい。分かりました」
ギュッと膝の上にいるソフィアを抱く。
「あぅ……」
「あ、ごめんなさい」
急に強くなった力にソフィアが文句を言う。
この子は姉と同じように我が強いので将来は大物になりそうだ。
「ぅ?」
「花びらね」
「あぃ!」
屋敷で作って来た弁当の準備をしていたシルビアがソフィアの鼻に桜の花びらが落ちて来たことに気付いて掴む。
ソフィアは、花びらが欲しいのか必死に手を伸ばしている。
「はい」
「う!」
花びらを受け取るとキラキラとした目で見つめる。
こういうところを見ていると赤ん坊でも女の子なんだと実感させられる。
対して双子であるアルフの方は……
「この子はちょっと怖いみたいね」
母ミレーヌの腕に抱かれて顔を胸に押し付けていた。
初めて見る桜の樹に怯えてしまっているらしい。
「怖くないぞ」
「……!」
一瞬だけ目を桜の方に向けるもののすぐに母の胸に押し付けてしまった。
「う~ん……この臆病っぷりは誰に似たんだろう?」
「貴方よマルス」
「俺?」
「お父さんがいないと外に出るのも怖がっていたじゃない。母親である私が一緒にいても怖がっていたし。だから私は大変だったのよ」
……全く身に覚えがない。
まあ、赤ん坊の頃なので仕方ない。
母によれば父にべったりだったため、父が仕事に出掛けようとする度に泣き出してしまったらしい。
「そんな事があったんですね」
ノエルがお酒の用意をしながら興味深そうに聞いていた。
元『巫女』であるノエルは姿勢正しく、幻想的な雰囲気の中にいると神々しさが伺える。が、その表情は好奇心旺盛な女の子そのものだ。
「興味があります!」
「そうね。せっかくだからお弁当を食べながらマルスの昔話でも教えてあげましょうか」
「わ~い!」
ダメだ……幻想的な雰囲気なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
こっちの事なんてそっちのけで話し始めている。
「こういう話は男が何を言っても聞き届けてもらえないですよ」
ガエリオさんが俺のコップに水のように透き通ったお酒を注いでくれる。お酒が飲めない俺の為に態々用意してくれた軽いお酒らしい。
試しに飲んでみると軽く飲める。
「水みたいですね」
「だから安心して欲しい。決して娘が作った水のようでいて水とは全く違う飲み物とは違うから」
結局、メリッサはある程度まで酒を完成させてしまった。
水のように透き通った液体でありながら、アルコールは非常に強い。
まだまだ満足の行く出来ではないし、売りに出せるような代物ではない。
それでもお酒として飲めるし、全く酔わないメリッサは水のように飲んでいる。
「ちょ、ちょう……だい!」
「はい?」
ハイハイして自力で近付いたシエラがメリッサの飲んでいる酒を欲しいとせがんでいた。
アレは絶対に子供に飲ませてはいけない代物だ。
「ゴメンなさい。これはダメなの」
「う……!」
「こっちなら大丈夫だから泣かないで」
泣きそうになっていたシエラに俺が飲んでいたお酒を少しだけ小皿に注いで出す。
「ふわっ……!」
その時、タイミングよく桜の花がお酒の上に落ちる。
両手で小皿をしっかりと持ったシエラが一口だけ飲む。
「ぺっ!」
どうやら薄めたお酒でも子供には受け付けなかったらしく、お気に召さなかったシエラは吐き出していた。
そのまま俺の方へ来るとアルフと同じように膝の上で丸くなってしまった。
必然、お酒を渡して来たメリッサに背を向けている。
「……! も、もしかして嫌われてしまったでしょうか?」
「かも、しれないな……」
「……!?」
ショックを受けたメリッサがお酒の入った瓶をがぶ飲みする。
いつもの冷静なメリッサらしくない行動。が、それだけ子供に嫌われてしまったのがショックでお酒に逃げているのだろう。
「……娘の事は放っておいて騒ぎましょう」
「ですね」
女性陣は俺の昔話に花を咲かせているので大人の男たちで騒ぐ。
途中、男親であるガエリオさんとバルトさんから楽しそうにしているシエラたちを見て自分と血の繋がった孫を所望されるものの今のところ予定はない。薬を使えば確実なのだろうが、今は留守番者を出せるほどの余裕がない。
騒がしい宴は一日中続いた。