第13話 二つの迷宮
そもそも俺たちがやらなければならないのは農業ではない。
正体不明の迷宮主を探し出す事だ。
残念ながらエストア神国では関わっていた、という事実があっただけで見つけることは叶わなかった。
そろそろ以前から手にしていた手掛かりに着手するべきだ。
「ノエルが昔に受けた神託によれば所在の分かっている迷宮主は5人」
俺やリオ、メティス王国の国王を除けば二人。
エスタリア王国にある迷宮都市と呼ばれる迷宮を中心とした都市の迷宮主。
ガルディス帝国にある迷宮の迷宮主。
どちらかが巨大魔物を生み出すなどして来た迷宮主である可能性が高い。
その内、今回調査しようと考えているのがエスタリア王国にある迷宮都市の迷宮主についてだ。
先に選んだ理由としてはガルディス帝国への訪問が難しいからだ。
「……やっぱり戦争は避けられそうにないか?」
「うん……」
イリスが暗く沈んだ表情で頷く。
彼女には冒険者として活動して来た伝手を利用してエスタリア王国とガルディス帝国の両方の情報を集めてもらっていた。
中でも気になったのがガルディス帝国で戦争の準備が行われていた事。
この情報は、軍事行動なので公表されてはいないものの、そこまで秘匿された情報ではないので情報に精通した者が調べれば戦争を仕掛けようとしていることは間違いないとすぐに分かる。
ガルディス帝国と隣接している国家は、リオの治めるグレンヴァルガ帝国しかないため戦争を仕掛けるとしたらグレンヴァルガ帝国になる。
他国での戦争。
今回、この一件には関わり合いにならないと決めていた。
メティス王国の冒険者である俺がグレンヴァルガ帝国側の戦力として参加してしまうと要らぬトラブルを引き寄せてしまうことになるし、面倒事にも巻き込まれてしまうことになる。個人的にはリオを助けてあげたい気持ちがあるけど、今回は自分たちの力だけでどうにかしてもらうしかない。
何よりも、これから戦場になるかもしれない場所で調査なんてしていられない。
そのためガルディス帝国の調査は後回しになった。
「で、問題のエスタリア王国について教えて欲しい」
冒険者として最低限の情報は知っていたが、詳しくは知らない。
事前にイリスから話を聞いておいた方がいい。
「私も距離があったから訪れた事があった訳じゃないけど――」
エスタリア王国。
王国の中心である王都と同じくらいに栄えている副都エスターブールに1階から50階まである迷宮を抱えている。アリスターのように様々な物資を迷宮から得て生活しており、非常に栄えている都市らしい。
ただ、アリスターと決定的に違うのは徹底的に管理されているところにある。
迷宮内で出て来る魔物の情報は全てが冒険者ギルドで開示されているし、得られる素材の位置も把握できている。
何よりも凄いのが要望を出せば望んだ素材が迷宮内のどこかで手に入れられるようになることにある。
もちろん『何でも』という訳ではない。
要望の通った物のみが設置される。
「間違いなく迷宮主がいる」
管理している者がいるからこそ定期的な構造変化によって迷宮内が変わるようなことはないし、魔物が生息場所を移動するような事もない。要望を受ければ、その迷宮で用意でき、尚且つ魔力の消費も問題ないようなら新たに設置することも可能となっている。
迷宮主だからこそ分かるが、誰か管理している人間がいなければそんな事は絶対に不可能だ。
それも、次代への継承が可能な人物だ。
エスターブールの繁栄は既に300年近く続いている。
それだけの期間、継続して管理するには一人の人間だけでは不可能だ。仮に長寿種のエルフが迷宮主だったとしても平均寿命を100年近く越えてしまっているので世代が変わっているのは確実となる。
人間だとすればどれだけ長期間迷宮主だったとしても4、5回は世代交代が行われている。
「世代交代というのは信用のできる者でなければできません」
もしも次代の迷宮主が欲に塗れた者だった場合には、恐ろしいことになる。
迷宮から得られる資源を全て自己の利益の為だけに利用し、生み出せる魔物を軍事利用することだって可能だ。もちろん魔力量という限界が存在する以上は無限に生み出せる訳ではない。だが、定期的に魔力を得る方法がない訳でもないので相手によっては非常に危険な代物となるのが迷宮だ。
だが、今のところはそういった事に利用されたことはないらしい。
あくまでもエスタリア王国を栄えさせる為だけに利用されている。
間違いなく次代の迷宮主を今代の迷宮主が決めて継承させている。そうでなければ、長期間そこまで方針を統一させることは難しい。
「で、いくつか候補はある」
その辺りもイリスが事前に調べてくれていた。
まず、エスターブールを治める領主家。この貴族は、エスターブールが作られた当初から続いているため家督の相続と同時に迷宮主の地位も相続していると考えることができる。
同様の理由で重臣も該当する。副都を治める大貴族の重臣ともなれば一族で家督と一緒に継承していくので方針も統一し易い。
継承、という点では貴族が怪しい。
「次に該当するのは冒険者ギルドのギルドマスター」
迷宮に潜るのは冒険者だ。
そのため迷宮を管理するなら冒険者や冒険者ギルドの方が適任だと言える。何よりも要望を出す先が冒険者ギルドになっていた。
「あそこのギルドは大きな問題でも起こしたり、ギルドマスターが怪我や病気で急死したりしない限り交代することがなく、20年の任期で交代するようになっているらしい」
冒険者も老いれば引退する。
引退後までにお金を貯めておける冒険者は稀で、大抵が冒険者時代に気付いた伝手を利用して老いた体でもできるような仕事に就いたり、冒険者ギルドから新人の教育などを請け負ったりして細々と仕事をしている場合が多い。
中でも最も人気なのが冒険者ギルドのギルドマスターへの就任だ。
冒険者ギルドのギルドマスターと言えば冒険者を纏める存在だ。強制依頼を出さなければならない時にはギルドマスターの指示に従って行動する必要がある。
基本的に荒くれ者の多い冒険者を纏める為に腕っ節を認められていなくてはならない。実務能力を買われてギルドの職員からギルドマスターになる場合もあるが、そういったギルドマスターは荒れている冒険者から下に見られている。そういったトラブルを回避する為にも実力者の中から選ぶようにしている。
エスターブールの冒険者ギルドも同様の方法を採っている。
ちょっと特殊なのは任期がある事ぐらいだろうか。
だが、任期があるというのは自分の引退時期を決め易く、次代への継承がスムーズに行われるということでもある。
「他にも歴史のある都市だから迷宮主に該当し易そうな人はいる」
「ここで調べられるのはこれぐらいか」
現在のところ『スムーズな継承』ぐらいしか手掛かりがない。
残りは、現地へ行ってから探すしかなかった。
「という訳で次の目的地はエスタリア王国のエスターブールでいいな?」
「それは、いいけど出発は1カ月後でいいの?」
予め色々と準備する為の期間を設けていた。
ただ、準備するにしても長すぎる。
情報が揃ったのだからすぐにでも出発していいとアイラは言っている。
「……もう少し、ゆっくりしていこう」
「子供たちと離れたくない訳だ」
アイラが言うようにそれが理由だった。
眷属である彼女たちは俺が傍に喚び寄せることができるから自由に子供たちのいる屋敷へ戻って来ることができるが、俺だけはどうしても現地にずっと居続けなければならない。
予定では2、3カ月の滞在になるので生まれたばかりの子供に会えなくなることになる。
せめてアルフとソフィアが2カ月になるぐらいは傍に居たい。
「問題ない。迷宮は逃げたりする事ができない」
イリスのその言葉で打ち合わせは終了となった。