第5話 耕作
「さて、これから畑を作ることになった訳だが何が必要になるのか分かるか?」
見渡す限り広がっているのは乾いた大地。
ところどころ大きな石もある。
「……耕す?」
「正解」
ボソッと呟いたアイラ。
その言葉が正解だったと知って項垂れている。
「あの……さすがにここまで乾いてしまっていると農業を諦めるところなんですけど」
シルビアが屈んで地面の土を掴む。
少し掴んでいる力を緩めるとボロボロになって吹き飛んで行く。
「そうでもないさ」
鍬を振る。
突き刺さった地面から一直線に衝撃波が放たれ、土を掘り返していた。
「な、簡単だろ」
「……いや、何をしたの?」
アイラからジト目が向けられる。
「こういうことですよ」
メリッサが俺と同じように杖で地面を叩く。
――ガガガガガガガガッッッッ!
俺よりも長い距離を掘り返していた。
やはり、魔法の扱いではメリッサの方が上だ。
「えっと……」
メリッサができたのを見てアイラもようやく理解した。
魔法を使って土を耕している。
「土属性の魔法としては初歩もいいところですよ」
「やっている事は規格外だけど」
同じように魔法に詳しいイリスがメリッサの魔法を見て呆れていた。
土属性に適性がある者は、まず手に取った土を操作して形を作るところから練習を始める。
幼い頃は、俺も父から教わりながら土から人形を作ろうと必死に努力していた。もっとも美的センスがなかったせいで作った人形を見た妹に泣かれてしまったのは苦い思い出だ。
その練習に比べれば今やったのは単純だ。
衝撃を与えて硬い土を柔らかくする。
農夫で土属性に適性を持っている者の中には、どうしても人力では耕すのが難しい地面に行き当たった場合には魔法を使って耕すようにしている場合もある。
とはいえ農夫の魔力量では日に2、3回が限界。
しかも目の前にある1メートル四方が広さの限界。
それでは開墾には使えない。
「でも、俺たちの魔力量なら大規模に耕すことができる」
鍬を地面に突き刺す。
メリッサには及ばないものの10メートル先まで耕されていた。
『おおっ!』
シルビア、アイラ、イリスから歓声が上がる。
この3人は土属性の適性を持っていないから魔法で土を耕すことができない……訳ではない。迷宮魔法を駆使すれば微妙な調整は必要になるものの迷宮にいる魔物のスキルを魔法で再現して耕すことができる。
とはいえ調整が必要になる事を考えると使えるのはイリスぐらいだ。
「う~~~ん」
ノエルが恐る恐る錫杖を地面に突き付ける。
硬かった地面が柔らかくなっていた。
ただし……
「おい、隆起しているぞ」
土属性の適性を持っているノエル。
ただし、細かい調整まで覚えている余裕がなかったために緻密な操作まで練習をしていない。
そのため深い場所まで効果が及んでいた。
「失礼」
トントン、と隆起した地面の近くをメリッサが杖で叩くと地面が理想的な状態になっていた。
その光景を見てノエルがショックを受けている。
「ノエルさんは土に適性を持っていましたよね」
「うん。でも、広範囲を壊すのは得意でも決められた範囲を耕すとか岩の弾丸を作り出すのはどうにも苦手みたいで」
今のように威力過剰で大量の空気を含み隆起してしまう。
前にもノエルが魔法の練習をしているところを見させてもらったことがあるが、その時は岩の弾丸そのものを作り出すことはできていても必要以上に大きくしてしまう事が何度もあった。
どうにも細かな調整が苦手のように見えた。
「もう一度耕してもらってもいいですか?」
「こう?」
今度は深さを調整することはできていたが、100メートル近く先まで耕されてしまっている。
まあ、使い道があるからいいが……
「なるほど。理解しました」
メリッサは今の魔法で問題点を理解していた。
「何が原因なの?」
「ノエルさんの場合は【天候操作】……いえ、【災害操作】を所有しているせいで地面に干渉しようとした場合、地震規模にまで威力が高められてしまうのです」
「じゃあ……」
適性があっても地面を耕すといったことには向かない。
「いいえ、スキルは使い方次第です」
メリッサが再び地面に杖を叩き付けて耕す。
「ええっ!?」
ただし、今度はノエルが耕してしまった100メートルほど先まで届く距離を耕せている。
その光景を見たシルビアたちも呆れている。
「私が本気を出せば距離を稼ぐだけならこのぐらいの距離は一度で耕せます」
「じゃあ、どうして……」
「あそこですね」
メリッサが別方向に向けて魔法を発動させる。
再度、100メートルほど耕せると思える衝撃波が迸るが、途中で止まってしまった。
「原因はアレです」
地中に大きな岩が埋まっている。
今メリッサが使っているのはあくまでも土を掘り返す為の魔法であるため岩や木の幹といった障害物が埋まっていると発動しなくなってしまう。
そういう不便な部分もあって魔法は開墾に向かない。
「ですが、ノエルさんの場合は問題ありません」
☆ ☆ ☆
「行くよ」
ノエルから十分な距離を取る。
彼女がいるのは荒野の中心。遠くに廃都市が見えるものの他には何もない。
そんな場所でスキルの力を込めた錫杖で地面を叩く。
直後、地面が大きく揺れる。
「やばっ」
カルテアを相手にした時よりも強くなっている。
ノエルには普段使えないからこそ全力でやってもいい、と事前に言っていた。
ただ、ここまでの威力があるのならそんな事は言っていない。
「飛ぶぞ」
揺れから逃れる為に飛ぶ。
飛べないシルビアとアイラを俺が抱え、イリスはメリッサに掴まっている。
――ピシピシピシ!
地面に大きな亀裂が発生し、崩れ落ちる。
硬い地面すらノエルを中心に発生した強力な揺れによって崩されて行く。
気付けば無事なのはノエルが立っている場所のみ。
「えい!」
それもノエルが魔法を発動させれば崩れる。
「終わったよ」
空にいる俺たちに向かって地上でブンブンと手を振るノエル。
眼下にはボロボロになった地面がある。
とても一人の少女の手によって引き起こされたとは信じられない光景だ。
「どうだった?」
「はい。最良の結果ですよ」
地中に埋まっていた大岩などの障害物も含めて全てが破壊されていた。
まだまだ制御に甘い所のあるスキルだが強力過ぎる【災害操作】。
「ああ、助かったよ」
とはいえ、手間を省けてもらえたのは間違いない。
お礼に頭を撫でてあげると嬉しそうにしていた。
「でも、これで終わりじゃないんだよな」
不毛地帯を開拓するうえで最も大変な部分は終わった。
だが、地面を柔らかくした程度で農業が始められる訳ではない。
「はい」
道具箱から取り出した鍬をノエルに渡す。
ついでにシルビアやアイラにも渡す。
「もしかして……」
「ここからは手作業だな」
残念ながら【土】に適性がある程度では魔法だけで畑を耕すといった細かい作業ができる訳ではない。
きちんと整えるのは手作業でやる必要がある。
「大丈夫ですよ。大部分は私が担当しますか」
掘り返された地面に手を向ける。
すると、メリッサの魔力が地面に浸透してモコモコモコと動いて整えられて行く。
「え、ええっ……!」
思わずノエルが呆れている。
こんな細かい調整は、昔から魔法使いとして努力し、眷属になったことで【魔神の加護】というスキルを得ているからこそできる芸当。
決して【土】属性に適性を持っていたとしても真似してはいけない。
「俺たちは地道に畑を耕して行こう」