第27話 神国からの帰還
「へぇ、随分な騒ぎだったらしいな」
レジェンスへ戻って来るとウィリアムと合流する。
報告するのはエストア神国で何が起こっていたのか。とはいえ、マルセーヌの事なんかは話せないため
『偶然にも降神してしまった神を討伐した』という風に惚けるしかなかった。
「それでも依頼を達成して報酬を貰えたんだから満足だ」
ゲイツ副会長から引き受けた調査依頼は完了だ。
報酬としてレジェンスにおいて商売を行える権利や優待券を貰えた。商業組合の副会長とのコネは下手な金貨よりも価値がある。
それに行方不明になっていた冒険者たちも見つけた。
今は安静にさせておかなければならないためレジェンスまで連れて来ることはできなかった。なので心配した仲間たちの方が様子を見に行っているぐらいだ。
「これで、こちらも実際に店へ顔を出してノウハウを学ぶことができる」
やはり実際に商売を行った方が勉強になる。
「それにしても随分と奮発してくれたな」
優待を受けられる項目がいくつもある。
各種店舗での割引、限定生産商品の取り置き。中には女性が多い事から美容液の無償提供なんて事までしてくれた。
明らかに至れり尽くせりだ。
「それだけ感謝しているという事だ」
「こっちは目的があって神様を倒しただけだし、ゲイツからの依頼は二の次だったんだけどな」
「違う。途中で会長の息の根が掛かった冒険者を捕らえた事だ」
「そっちか」
エストア神国へ入ったばかりの頃。
商業組合の会長であるジャレッドが雇った冒険者に襲われた。確実性を優先させたため二人は殺してしまったが、一人については俺たちのサポートの為に副会長から雇われた冒険者に引き渡した。
生きた証人は有力な証拠になる。
「今回の一件はレジェンスに住んでいる人たちにとって本当に苦労させられた。その事件を解決した冒険者の邪魔を会長が行った――これが会長を追い詰める材料になるらしい」
なるほど。穿った見方をすればレジュラス商業国を追い詰めるほどの問題を解決させないように動いたことになる。
既に誰かが責任を取らなければならない事態になっていた。
ジャレッド会長は金とコネを使って逃れられていたのかもしれないが、今回の事件を俺たちが解決してしまったことが致命的になった。
これで、レジュラス商業国も静かになるだろう。
「儲けられたみたいで良かった」
「実は、エストア神国でも儲けられたんだ」
「誰かから依頼でも受けていたのか?」
アルサムからの報酬以外にもしっかりと得ていた。
「この国へ来るときにいくつか持ち込んだ『アルサムの弓』あれが予想以上に売れたんだ」
魔法道具である『アルサムの弓』。
アルサムの伝説にあやかって作られた魔法道具で回数制限はあるものの放たれた矢を曲げることができる。
今回、売れた要因には魔法効果よりも信仰の方に要因がある。
一連の作物の異常成長によってアルサムへの信仰心は高まっていた。神殿に発覚した不祥事によって離れるかと思われていた信者たちだったが、突如として現れて『巫女』となったマルセーヌのおかげで離れることはなかった。
元々、豊かな他の土地に対して嫉妬心のあったエストア神国の人々。神国、という名前も自分たちの方が優位に立っているという自尊心から付けられたとも言われている。
中でも最も目の敵にしていたのが獣人の住むメンフィス王国だ。近場にありながら蔑むべき獣人が豊かに暮らしている。それは、エストア神国の人々にとって看過し難い事だった。
メンフィス王国にいた『巫女』の存在はエストア神国でも有名だ。
自分たちにも『巫女』が現れた。
それは、何よりの朗報だった。
まだ何の実績もないマルセーヌだが、人々からの信仰は『巫女』である、というだけで篤い。
「ちょっとした事で新しく『巫女』になった少女と出会う事ができて彼女の名前を借りて売らせてもらったんだよ」
アルサムの『巫女』が認めた『アルサムの弓』。
マルセーヌを信じる人にとっては、これ以上魅力のある物はない。
多少高値で売り付けたところで喜んで買い取ってくれた。
「しかも全部! いやぁ、こんなに簡単な商売はなかったな」
「そんな簡単に売ることができたのは『巫女』とコネができたからだ。普通は、そんな重要人物とコネを作るのは不可能だからな」
ノエルにしても『聖女』との間にコネがあったから会うことができた。
メンフィス王国での事件がなければマルセーヌとの間にコネができることもなかったから何がきっかけになるのか分からない。
「他にも色々と得る物があったから良かったよ」
アルサムから貰った神気の塊に関してはイリスに頼んで迷宮へ跳んでもらってから【魔力変換】済みだ。
あれだけ膨大なエネルギーを蓄えた代物だ。万が一の場合を考えて何が起こっても対処可能な迷宮で変換した方がいい。
結局は、何も起こらなかった。
が、得られたエネルギーは本当に膨大だ。
また階層の追加ができるようになった。
今度、時間があるようなら階層の追加にも着手してみたい。
「さて、これからの方針だけど」
ウィリアムが切り出した。
「副会長のおかげでレジェンスでの自由な行動が許されるようになったから1週間ほど街を回って色々な人から話を聞いてみたい」
「1週間でいいのか?」
商売のノウハウを学ぶのなら1週間では足りない。
それこそ月単位で商売の動きを追って行く必要がある。
「その後でエストア神国へも行ってみる。せっかく、こんな場所まで来たんだから観光に行ってみたい」
どうせなら首都まで案内しよう。
首都までなら1週間もあれば辿り着けるだろう。
「それでも短くないか?」
本来はアルケイン商会からレジェンスで色々と学んでくるよう言われたウィリアムだ。もっと時間を掛けても許されるはず。
「いや、僕も春には忙しくなるからその前に帰った方がいい。ここからアリスターまで帰るなら1カ月は考えておいた方がいい」
自分たちを基準(【転移】による瞬間的な移動、走った場合でも数日での移動)に考えてしまっていたが、移動だけでもかなりの時間を必要としている。そもそも馬車の護衛をしながらウィリアムと一緒に来た時はそれだけの時間が掛かっている。
もちろん帰りも護衛が必要なため同じ時間が必要になる。
「たしかに急ぐ理由があるなら滞在していられる時間は短いか」
「それは、そっちも同じだろ」
「え……」
言われて思い出した。
出発してから3カ月が経過する、ということは……
「帰る頃にはシルビアの出産予定日なのか」
すっかり忘れていた。
緊急を要するなら誰かに帰って貰えばいいのかもしれないが、さすがに立ち会いたいので父親として帰らない訳にはいかない。
「お互いに忙しい身だ。こっちでの仕事は早めに切り上げて帰ることにしよう」