第23話 狩猟神討伐の影響
4日後。
迷宮へと移動してしまった俺とアイラ、イリスだったが、エストア神国へ戻る為には行った時と同じように走って向かう必要がある。
メリッサの空間魔法では本人しか移動することができない。
そこで、まずは帝国にいる迷宮主仲間であるリオに連絡し、眷属であるピナに迎えに来てもらい、帝国の端まで送ってもらう。
「ありがとう」
「あなたたちにはあたしたちが立場のせいで動けなかった時に帝国を救ってもらった恩がある。だから恩返しをしただけ。もちろんこの程度で恩を返せたとは思っていない」
実質、無償で長距離を送ってもらえたことには変わりない。
本当なら借りなんて作りたくなかったからリオたちには頼りたくなかった。けど、すぐにでも戻りたかったのでやむを得ない。
帝国から先は、いくつもの国を通過する必要がある。もしも、間にある国でスキルに移動を感知されてしまうと側室という立場を考えれば国際問題に発展する可能性も考えられた。
だから送ってもらうのはここまで。
帝国と王国――アリスターの間は海や無人の森ぐらいしかないため感知される可能性も低かったため送り迎えは簡単だった。
そうして途中にある街などを無視して時間を優先させた。
「助かりました。さすがに私たちがこの場を離れる訳にはいきませんでしたから」
アルサムと戦った場所ではテントが張られ、メリッサが衰弱していた人々に回復魔法を掛けていた。そのサポートとしてノエルとマルセーヌが看病を行っている。
一応、報告は受けていたので誰かは分かっている。
「容態は?」
「命に別状はありません。ただ、神殿内で囚われている間に生命力を吸い取られてしまったのか酷く衰弱しています。本来なら安静にできる場所で休ませるべきなのでしょうが……」
「ノエルとお前しかいない状況じゃあ十数人を運ぶわけにもいかないか」
アルサムによって神殿内に囚われていた冒険者たち。
どうやら捕らえた相手から魔力を永続的に吸い取る効果を持った植物を持っていたらしく、神殿の奥で蔦に雁字搦めにされていたらしい。それを4人で協力して解き、安全な場所で治療していた。魔力を吸い取られていただけなので命に問題はないらしい。
問題は、人数が多かった事だ。
メリッサやノエルでも抱えれば移動することはできる。しかし、一度に運べる人は一人が限界だし、マルセーヌの護衛を考えれば二人しかいないため彼女にもどちらかと一緒に行動して欲しいところだが、体力を考えると街と神殿の間を往復してもらうのは論外だったため神殿に残ってもらうしかなかった。
一人では十数人を街まで運ぶのも大変だ。
首都に置きっ放しにしている馬車。
複数人を一度に運ぶことができるが、残念ながら置いて来てしまったアイラとイリスでは御者ができなかった。マルセーヌやティシュアも同様だ。
結果――全員を神殿内で休ませて合流を待つことにした。
これは、人選の失敗による結果だ。
「とりあえず全員を近くの街まで運ぶことにしよう」
道具箱から馬車を取り出す。
残念ながら道具箱では生物を収納することはできないため【召喚】で馬に似た魔物を迷宮から喚び出す。
一角馬。
見た目は普通の馬とそれほど変わらなく、戦闘力もほとんどなく温厚な魔物として知られている。ただ一点の違いを述べるとするなら額に鋭い角がある事だ。温厚な魔物であるため主人と定めた相手とじゃれる事があるのだが、時折角が刺さって怪我をしてしまう事がある。もちろん当人に傷付けるようなつもりはない。
比較的、安価な魔物だったため馬車を必要とする事態に備えて草原フィールドに用意しておいた魔物だ。あそこなら伸び伸びと過ごすことができるし、冒険者が近付いて来た時にはすぐさま逃げるように言ってある。
馬車に一角馬を繋げる。
「頼むぞ」
こちらを振り向く一角馬は「任せろ」とでも言いたそうな顔をしていた。
☆ ☆ ☆
「これは、どういう状況ですか!?」
近くの街にあった冒険者ギルドへ立ち寄り保護した冒険者を預ける。
妙に慌ただしい様子だったが、受付で冒険者カードを見せて偉い人を呼ぶようにお願いすると40代ぐらいの小太りの男性――ギルドマスターが出て来てくれたので説明も1回で済ませられる。
ギルドマスターが衰弱している冒険者の姿を見て慌てふためいている。
「実は――」
近くの神殿でアルサムと戦った事を報告した。
もちろん報告するのは倒したという事実とアルサムに行方不明になった冒険者たちが捕らわれていた事だけ。
普通なら討伐した証拠なりを見せなければ討伐は認められない。だが、Aランク冒険者4人という異色のパーティで討伐に当たった事である程度の信頼は得られている。
それでも信用されないようなら神殿まで連れて行って戦闘跡でも見せればいいだろう。
「……いや、認めよう」
「随分とあっさり信用されますね」
いくら複数のギルドマスターに認められたAランク冒険者とはいえ他国での実績だ。俺たちがどんな依頼を遂げて来たかは把握していないだろう。
「今が異常事態だという事は理解している」
「?」
「4日間もあったのに何も知らないのか?」
どうやら俺たちが移動の為に使用した4日間の間に何かしらの異常事態が発生してしまっているらしい。
それは神の喪失を連想するに難しくない事でもあるらしい。
「彼らをお願いします」
「はい! こちらで保護させていただきます」
衰弱している冒険者の中には女性もいる。
ギルドの女性職員に保護を任せる。
これでレジェンスにいる冒険者たちへの義理は果たせただろう。
「付いて来い」
どうやら街で何が起こっているのか教えてくれるらしい。
ギルドマスターに言われるまま移動する。
そこは、アルサムを祀っていた神殿だった。
「お願いします!」
「作物が急に育たなくなったんだ!」
「一体、どういう事なんだ!?」
神殿には多くの人が詰め掛けていた。
いずれもクレームを付けているようだ。
「落ち着いて下さい!」
その対処に追われているのは神官たち。
「なんですか、これ?」
「3日前からだ。どれだけアルサム神に祈ったところで作物が育たなくなってしまった。いや、おそらく異常成長をしなくなったんだろうな」
「ああ――」
アルサムがいなくなった事により作物が異常成長しなくなった。
倒した当日は未だ神気があったため少しは成長していたのだろう。
けれども、それが正常とも言える。
「この事態を受けて神殿に勤めていた神官連中は大慌て。なにせ異常成長するようになった理由も分からない現象だ。突然、異常成長しなくなっても原因が何も分かっていない。こちらにも調査するように依頼が来たが、何から調査すればいいのか分からず八方塞がりだった。そこに現れたのがお前たちだった」
「なるほど」
ギルドマスターにしてみれば答えの見つからない問題の答えを俺たちが持って来たようなものだった。
もはや藁にも縋る思いだったのだろう。
「この街の神官たちは作物が異常成長する理由を知らなかったのですか?」
「そう言えば……」
原因が分かっていない、と言っていた。
メリッサにはギルドマスターのその言葉が気になったらしい。
「逆に聞くが、他の街の奴らは知っていたのか……?」
ギルドマスターは本気で困惑していた。
これは本当に知らなかったらしい。
「首都にいる神官連中が『神が降臨した』『奇跡が起きた』なんて曖昧な説明しかしなかったんだが、実際に奇跡が起きていてどういう風にすれば恩恵を受けられるのかは分かっていたから……」
理由までは深く追求していなかった。
冒険者ギルドの方でも奇跡によって起こる現象への対処で精一杯だったため原因への追求ができていなかった。
いわば、そのツケが回って来たようなものだ。
でも、どうして首都の神官は何も説明しなかったんだ?
「降神は、神に仕える者だからこそ禁止されているの。だから、人為的に神を降ろしたなんて事を言う訳にいかなかったのよ」
「そういう事か」
ノエルが小声で教えてくれる。
自分たちの利益の為に降神を行ったが、本来なら禁止されている事だった為に他者に言う訳にはいかなかった。
「これは、首都へ戻ったら大騒ぎになるんじゃないか?」
協力してくれたマルセーヌを首都まで連れて行かなければならない。
地方にある街で騒ぎが起こっているのなら首都でどれだけの騒ぎが起こっているのか。