第21話 VS狩猟神―中―
魔法によって神剣に纏われた炎。
神剣を振るえば剣の軌道に沿って炎が放たれる。
アルサムが矢を放つ。
神気を纏った矢は、矢そのものが膨大なエネルギーを抱えた爆弾のような物になっている。
そんな物と炎が衝突すればどうなるのか?
自然、両者の衝突した場所で爆発が起こる。
「並大抵の炎じゃないんだけどな……」
迷宮魔法によって作られた炎。
炎そのものは小さくとも通常の火属性魔法で言えば上級並の威力がある。
メリッサが風を起こして爆発による煙を晴らす。
煙の向こうにいたアルサムが手をこちらへ向けて伸ばしている。
アルサムから……正確にはアルサムの立っている場所から地面に神気が伸ばされるのを感じる。
「跳んで!」
煙が晴れる前から逸早く神気に気付いていたノエルが叫ぶ。
咄嗟に上へと跳ぶと急激に成長した草が上へ伸びて来る。
以前に襲って来た時とは比べ物にならないほどの速さだ。
剣から炎を放つ。草では炎に耐えることができずに燃え広がってしまう。
「お前が植物を操れることは知っている。だから炎を選んだんだ」
炎の形を調整して斬撃を放つ。
草が跡形もなく燃え散らされる。
「ここは、オレの故郷だ」
アルサムが初めて言葉を発した。
「どれだけの時間が経っても土地の状態が変わることはない」
人があまり訪れなかったからこそ村は朽ちてしまったが、土地はアルサムが生きていた頃のまま残されている。
植物が燃える光景に構わず神気を注ぐ。
――グラグラグラ!
地面が揺れる。立っていられないほどではないが、戦闘中に突如として発生した地震。警戒せずにはいられない。
「いや、地震じゃない!」
地面を割って大きな植物が現れる。
その植物は、茶色い太い幹と黒く広い傘を持っていた。
「……っ!」
クネクネ動き回る植物がハンマーのように頭上から襲い掛かって来る。
横へ跳んで回避すると地面が窪む。
「き、気を付けて下さい! その植物は『硬槌花』と呼ばれるこの地方特有の魔物です! 硬い体が特徴的な魔物で体当たりをして来ます! 高ランクの冒険者でもたまに死んでしまうことがあるので注意が必要です」
離れた場所から戦いを見ていたマルセーヌが叫ぶ。
彼女がエストア神国へ来て1年近くが経過しようとしている。さすがに注意しなければならない危険な魔物に関する知識は必要に迫れて覚えていた。
とにかく強い魔物だという事は分かった。
魔物であろうと植物型であればアルサムのスキルの影響を及ぼすことができる。
そんな魔物が20体。
「普通、そんなに強い魔物が一か所に集まることはないんだけどな」
ボスクラスの魔物。
通常は群れを率いるべき魔物だ。
ところが、この場で魔物の元になった種が地中深くに埋まっていた。それがアルサムによって強制的に呼び起こされたため集まることになった。
――ガンガン!
硬槌花が頭を打ち付けて来る。
「うるせぇ!」
魔導衝波を叩き付ける。
花の上半分が吹き飛び、残っていた部分も倒れる。
倒れた仲間を気にする事なく3体の硬槌花が近付いて来る。
「風重圧」
圧縮させた風を叩き付ける。
茎に大きな穴を開けられた3体の硬槌花が倒れる。
「よし」
戦ったことのなかった魔物だったが問題なく戦えている。
仲間の方を見れば彼女たちも魔法やスキルを駆使して戦っている。
――ボコッ!
足元から地面を割る音が聞こえる。
咄嗟にその場から飛び退くと再び硬槌花が現れる。
その数――10体。
「チッ、何体か倒したところですぐに補充される」
ちょうど10体を倒したところだった。
そこへ、すぐさま10体の魔物が補充された。
これでは永遠に終わらないイタチごっこだ。
なら、元を断つしかない。
「残っている硬槌花は任せたぞ」
「ちょ……」
救援の為に駆け付けたアイラに俺を攻撃する為に近付いて来た2体の魔物を任せる。
離れた場所から硬槌花に指示らしき物を出していたアルサムまで一気に駆け抜ける。
「お前を倒せばあいつらも復活しない」
神剣を振るう。
鋭く、真っ直ぐに斬る。
――キィィィン!
鉈剣を使用して滑るような動きで神剣を回避する。
フワッとした動きで離れた場所に着地する頃には弓矢を構えている。
真っ直ぐに放たれた矢が飛来する。
神剣を使って叩き落とした瞬間に痺れるような感覚に襲われた。急に振り向いたせいで体勢が悪かったというのもあるが、神気をさらに込められたことで矢の威力が増大している。
アルサムと50メートルの距離を置く。
鉈剣も使うが、最も得意としている武器は弓矢だ。自分の得意としている距離で戦いたいと考えているから近付かずにいる。
対してこちらも睨まれているせいで近付けずにいる。
と、睨み合っている状況が崩れた。
メリッサの魔法に吹き飛ばされた硬槌花が俺たちの間に落ちて来る。
巨大な花が相手の姿を隠す。
弓士であるアルサムにとっては歓迎すべき状況。
硬槌花の巨体に隠れながらこちらへ狙いを定めて矢を放つ。
放たれた矢を落とすべく神剣を構える。
――サアアアァァァァァ!
「……!?」
振りかぶった直後、地面から伸びて来た蔦に腕や足が絡み取られる。
複雑に絡み合った蔦は強靭で簡単には抜け出せそうにない。
自然、神剣を振るう事ができなくなる。
「……っ、これが狙いか!」
矢を放った瞬間に迎撃も回避もできないように急成長させた蔦に雁字搦めにさせて動けなくさせる。
こんな奇襲は1回しか使えない。
けれども、自分の矢に自信のあるアルサムは1回あれば十分だと判断した。
矢が到達するまで1秒もない。矢による攻撃なんて放たれてから回避しているようでは間に合わない。だからこそアルサムの一挙手一投足に注意しながら攻撃してくるタイミングを計っていた。
それが蔦のせいで遅れた。
もはや迎撃も回避も間に合わない。
「なら、全部を吹き飛ばすだけだ!」
一瞬で間に合うだけの魔力を練り上げる。
そして、一気に体外へ放出する。
放たれた魔力が衝撃波となって矢を弾き飛ばす。ついでに体に絡み付いていた蔦もボロボロになっている。体を捩れば朽ちて落ちて行く。
『……今のは?』
初めて見る技に対して不安になったイリスが念話で尋ねて来る。
『魔導衝波の拡散版だ。俺だって色々と考えている』
通常の魔導衝波が拳の一点に集中させて相手に叩き付けることによって強大な破壊を生み出すものだとしたら、今の魔導衝波は体に薄く纏った魔力を同時に放出させることで衝撃波に変換させたものだ。威力はそれほどではなかったとしても相手に触れることなく発動させることができ、周囲へダメージを及ぼすことができる。
「これで奇襲は通用しないぞ」
もう矢だけに注意するようなこともない。
植物を操ることができるアルサムが相手では地面からも相手の攻撃手段があると考えた方がいい。
アルサムが両手を突き出す。
カッ、とアルサムの周囲の地面が光った直後――森が出現した。
「は?」
周囲には背の高い草があったとはいえ、草原と呼べるレベルで森を構成するのに必要な樹なんてどこにもなかった。
だが、アルサムが力を使った瞬間、樹が生えて来た。
木々の向こう側から次々と矢が放たれる。
矢を回避する為に樹の後ろに隠れる。
「チッ」
思わず舌打ちしてしまう。
隠れていた樹が矢に耐えられずに吹き飛ばされてしまった。
アルサムの力は、あくまでもその場にあった未成長の樹を急激に成長させただけの物。つまり、目の前にある木々は全て普通の樹と変わらない。
神気を纏った矢を防げるはずがなかった。
「マズいな……」
作り出された森は狩人に打って付けのフィールドと言える。
樹に隠れながら獲物を仕留める。こちらは相手の姿が見えていないにも関わらず相手は隠れながら狙いを定めることができる。
正面から矢が飛んで来る。
神剣で叩き落とす。この剣で斬れない物などない。
「なっ……!」
後ろから気配を感じて首だけを向ければ矢が飛んで来ているのが見える。
正面から迫っていたのは陽動。本命は後ろから飛んで来ている矢。
「【絶対零度の零】」
イリスから放たれた冷気が森全体を凍て付かせる。
同時に飛んでいた矢も凍って地面に落ちる。
「助かったよ」
「気を付けて。相手の姿が見えない状態で狩人と戦うのは危険」
互いを守るように背中を合わせて武器を構える。
「でも、この状態なら大丈夫なんじゃないか?」
「まだ……」
イリスが言うように氷に覆われた樹が内側から氷を押し退けるように太い枝を伸ばしてくる。同じように凍った地面も割られている。
一時的に凍結させることはできても元の状態に戻ってしまう。
「どうすれば……」
「せめて植物の能力だけでも封じることができれば……」
「いや、凍らせても意味がないなら植物が生えて来ないようにするぐらいしか……」
イリスに言いながら気付いた。
だが、その為には相手に触れる必要がある。
『メリッサ!』
『はい』
硬槌花を魔法で倒していたメリッサを呼ぶ。
念話ならアルサムに聞かれる心配もない。
『森を吹き飛ばせ』
『一時的には可能だと思いますが、すぐに再生されると思いますが』
『それでもいい。あいつの姿を捉える必要がある』
『かしこまりました』
メリッサの頭上に風で作られた巨大な鎌が生まれる。
「伏せて下さい!」
鎌が回転する。
振り回された鎌は森にあった木々を薙ぎ倒して森の視界を晴らす。こんな事をしても一時的なものでアルサムが力を使えばすぐに元通りになる。
「……!」
驚いた表情のアルサムが地面に向かって落ちている。
直前まで木の上にいたせいで足場がなくなったことによって落ちている。
落ちながら両手を突き出して力を使おうとしている。
「見つけた」
森を復元させるよりも早く【跳躍】によって接近する。
急激な環境の変化に付いて行けなかったアルサムは突如として目の前に現れた俺に対処できていない。
「【転移】」
迷宮魔法でアルサムを強制的に迷宮へ連行する。
「ようこそ迷宮の地下55階へ」