第20話 VS狩猟神―前―
土壁が破壊された瞬間、防御を諦めて回避する。
視界内のあらゆる場所へ一瞬で移動する事ができるスキル【跳躍】。
矢を回避するだけでいいため5メートル左へ移動。
「回避して正解だったみたいだな」
対象のいなくなった矢は地面に突き刺さり、そのまま地中深くまで埋まってしまっている。
下手な防御をしても貫通していた可能性がある。
「ノエルはティシュアとマルセーヌの護衛。全員、散開!」
矢の突き刺さった場所から離れる。
戦闘力が皆無のティシュアとマルセーヌはノエルに任せることにした。
「私も手伝いたいところですが、人間に直接的な力を貸してはいけない、という神としてのルールがあるせいで戦闘には参加できません」
「けっこうアドバイスとかくれていた気がするんですけど……」
「あの程度なら降神した神が相手ですから許容範囲内です」
随分とガバガバなルールだ。
「あれが狩猟神アルサム」
マルセーヌが崖の上を見上げる。
矢が放たれる直前までは気配をまるで感じなかったが、回避されてからは気配を隠しておくことに意味がないと判断したのか一切の気配を隠していない。
矢の軌道は一直線だった。
真っ直ぐに追えば矢を放った人物のいる場所を特定するのは難しくない。
マルセーヌ以外については、気配から相手の位置をとっくに特定させていた。
「間違いないだろうな。神殿にあった神像そっくりだ」
崖の上には胸当てを装着し、緑色のマントを羽織って矢の入った筒を背負っている黒髪の男が立っている。
その姿は神殿で少ししか見ていなかったアルサムの神像と似ていた。
ただ、神像と違って表情に乏しかった。
神殿で見た神像は今にも獲物を射貫きそうな凛々しい表情をしていたのだが、目の前にいるアルサムから鋭さどころか覇気すら感じない。ただ、そこに在るだけの存在みたいな感じだ。
「それは当たり前の話じゃないの? 今、暴れ回っている狩猟神アルサムは神殿にあった神像を依り代に動き回っているんだから」
「いいえ、それは違います」
アイラの考えをティシュアはきっぱりと否定する。
「神の力が宿った時点で依り代は元の形を失います。依り代を元に高エネルギーが実体化する、それが降神です。ですので、神の力を持った存在に近しい姿にあります」
つまり、人として生きていた頃のアルサム。
そこから人々の願望によって神としてのアルサムが形作られて行く。
神のアルサムに近しい姿になるため伝承がしっかりと伝わっているのなら神像に近い姿になるのも頷ける。
「それで、どうするの?」
「俺とアイラで斬り込む。メリッサは隙を見て強力な魔法を叩き込め、イリスは何かがあった時に備えてメリッサを含めた全員の護衛だ」
「了解」
「行くぞ」
アイラと共に駆け崖の上に向かって跳び上がる。
30メートル近く高い場所にある崖だが、全ての枷を解き放った状態なら届かせられるだけのステータスがある。
二人とも剣を抜いている。
いつ、矢が撃たれてもいいように構えておく。
しかし、アルサムの行動は俺たちの予測を外れた。弓を左手に持って右手に腰から抜いた鉈のような剣を持つ。
そのまま崖を飛び降りると斬り掛かって来る。
咄嗟に剣でアルサムの突撃を受け止める。
「硬ッ……!」
鉈剣に叩かれて吹き飛ばされる。
同時にアイラは弓で叩かれて吹き飛ばされている。木の枝で作られているような見た目をしている弓だが、実際にはもっと強力な素材で作られているみたいだ。そうでなければ聖剣を弾けるはずがない。
アルサムが地面に下り立つ。
弓矢がメリッサへ向けられている。
「チッ、誰が一番厄介なのか分かっている」
魔法使いであるメリッサから排除をし始めた。
矢が放たれる。散開していたせいでイリスも間に合いそうにない。
「大丈夫ですよ」
メリッサがのんびりとした様子で杖を振るう。
そこに焦ったような様子はない。
迷宮操作で造り出した土壁でさえ簡単に貫通されてしまった。同じように土属性魔法で土壁を造り出したとしても貫通されてしまうだろう。
だから、メリッサは絶対に貫通できない防御魔法を行った。
メリッサに迫っていた矢の前半分が消失する。
壊された訳ではなく消失だ。
急に半分を失ったせいで矢が地面に落下する。
空間魔法による空間の喪失だ。
「ノエルさん、見えましたね」
「うん。あの矢には大量の神気が纏われていた」
それが異常なまでの貫通力の理由。
神気が矢を覆うことによって貫通力を増し、さらに矢そのものの強度を上げることにも成功している。
「やはり、魔法使いだからと言って離れているのは危険ですね」
メリッサの傍に人ほどの大きさがある6本の大剣が出現する。
【勇者の剣】。勇者と呼ばれる存在の剣技を備えた自律する剣。メリッサがこの魔法を使うことによって6本の剣にはそれぞれ異なる属性の魔力が込められている。
2本の剣がアルサムへと向かう。
アルサムは飛来する2本の剣に一瞥することもなく武器を持ったまま身を低くして駆ける。
「まさか……」
アルサムを狙った2本の剣が地面に突き刺さる。
突き刺さった瞬間、炎と雷を周囲に振り撒くがその場には誰もいない。
鉈剣を持ったアルサムがメリッサに迫る。
「【風の加速】」
魔法によって敏捷を上げたメリッサが跳び上がる。
同時に2本の大剣を振るう。
振り下ろされた2本の大剣を鉈剣で受け止め流すと地面に突き刺す。
その時、アルサムに回避された2本の大剣が手元に戻って来る。
4本の剣が縦横無尽に飛び回りながらアルサムに襲い掛かるが全てを弾きながらメリッサへ突き進んで来る。
目前まで迫られたところで杖を振るう。杖の動きに合わせて光の刃が出現するが巨体に見合わない軽やかな動きで背後へ回られてしまう。
メリッサ自身が振るう剣では技量が足りず当てられない。
7本目の剣も通用しなかった。
そこへ、8本目の剣が間に合う。
駆け付けたイリスの手によってアルサムの胸が斬られる。
斬られた場所から赤い血が迸る。どうやら降神した影響なのか、それとも元からなのかは分からないが神でも血は赤いらしい。
「浅い……?」
これまでに感じたことのない感触に戸惑う。
しかし、今はアルサムをどうにかする方が先決。
「「氷柱」」
イリスとメリッサの傍から氷柱が生えて来てアルサムへ撃たれる。
後ろへ跳んだアルサムが跳びながら矢を射る。
狙いはイリスとメリッサの二人だ。守る為に近付いたせいで二人を同時に狙える場所へ移動できてしまっている。
矢が放たれる。
「悪いが、何度も見たんだからもう見切った」
タイミングを合わせて【跳躍】すると矢を掴む。
「……っ!」
矢そのものを掴むことには成功した。
しかし、矢を掴んだ場所から焼け爛れるような痛みが伝わって来る。
「おい、もうイリスが斬った傷が塞がっているぞ」
たしかに胸を斬ったはずだった。
致命傷になるような傷ではなかったが、血が溢れ出るほどの傷だったのは間違いない。
「今、目の前にいるのは降神した神です。そして、あの肉体は高密度のエネルギーが実体化しただけのもの。あの程度の傷ならば時間をおけば癒すことができます。降神した神を倒す方法は二つです。神気が最も凝縮された核を破壊する、もしくは依り代にしている肉体を完全に消滅させてしまうことです」
「どっちも厳しいな」
神核となる存在がどこかにあるらしい。
しかし、体を構成している神気が邪魔していてシルビアから【探知】を借りたとしても見分けることができない。
また、依り代の完全な破壊も神気が守っているせいで難しい。
「たしかに簡単じゃない。けど、やるしかないだろ」
神剣に炎を纏わせる。
「跡形もなく消滅するまでダメージを与え続けるだけだ」