第19話 狩猟神の神殿
マルセーヌとティシュアを連れて平原を歩く。
目的地は首都よりも国境に4つ先の街だ。
「貴女は今回の一件をどのように考えていますか、メリッサ?」
「降神したアルサムは、神殿側の思惑を読み取って自らもまた自らの信者を増やす為に動き始めた。その方法が農作物の異常成長。今はともかくとして神が最も必要とされていた時代ならどんな人も貧困に喘いでいたはずです」
「正解」
アルサムの伝説にあるのは食糧不足で困っている人たちに狩った獣を振る舞い、多くの人たちを救ったというもの。
現世に降り立ったところ昔と同じように人を救おうとした。
決して間違いではない。が、神と人の感覚、それに以前とでは状況が違い過ぎて様々な人に迷惑が掛かってしまっている。
それに実力行使にまで出ている。
「自分を脅かす存在――レジュラス商業国側から調査に来た魔法使いを徹底的に排除しています」
「既に暴走と言って良い状態ですね」
人を救済するだけなら良かった。
しかし、敵対的な存在に手を出すようでは放置できない。
「手っ取り早い解決方法は降神したアルサムを討伐する事です」
「そのような事をして大丈夫なのでしょうか?」
何らかの方法で神を倒す。
それによってエストア神国の人々が信仰している神に影響を及ぼすようなことはないのか?
アルサムを降神してしまったマルセーヌは危惧していた。
「大丈夫ですよ。降神したアルサムと信仰されているアルサムは別物ですから」
今、現世で暴れているアルサムは神像にアルサムの力が宿っただけの存在。
現世に下りてしまった時点で別人のように考えられるらしい。
「状況が状況だから言ってしまいますが、アルサムも私と同じように特殊な力を持つ元は人だった存在です」
ただ、ティシュアとは違うことがあった。
アルサムは異界へは渡らず、現世で生涯を遂げた。だが、アルサムの偉業に感謝する人々の想いが神としてのアルサムを作り上げた。
その一部だけが現世に下りている。
たしかに現世にいるアルサムを倒せば一部だけが消失することになるが、全てが失われるような事態にはならない。それに信仰心さえ失われていなければ数十年もすれば元に戻るとのこと。
「むしろ神として残っているアルサムは現世に下り立った自分が滅ぼされることを望んでいます」
「そうなんですか?」
「はい。これでも神としての力が残っていますから神と交信するぐらいの力はあります」
ただし、一方通行なやり取りらしい。
こちらから声を届けることは一切できず、向こうから要望にも似た声が届き続ける。既に相手の神格の方が圧倒的に上となってしまっているためティシュアから拒否することもできないため聞き入れるしかなかった。
今回、ティシュアが積極的に協力してくれるのも煩い声から解放されたい、という事情もある。
「そのような訳で貴方たちに狩猟神アルサムの討伐を任せますが、大丈夫ですね」
「さて……実際に戦ってみないと分からないですね」
なにせ神と戦った経験などない。
いくら顕現したのがアルサムの一部だけとはいえ神であることには変わりない。
どこまで自分たちの力が通用するのか保証がない。
「まあ、実力に関しては実際に戦ってみてから確認するとしてアルサムとどのように接するつもりですか?」
「それは――」
相手は姿を見せることなく植物を急成長させて攻撃することができる。
エストア神国へ入ったばかりの頃にあった襲撃のように姿を見せることなく襲うことができる。
もっとも、あの程度の攻撃なら苦労せずに凌げる。
けれども、それではアルサムを討伐することができない。
「アルサムの拠点を炙り出します」
メリッサには既に策があった。
「マルセーヌさんと接触する前まではアルサムが潜んでいると思われる場所を虱潰しに探すつもりでいました」
そう言ってエストア神国の地図を広げる。
地図と言っても街や村、それぞれを繋ぐ街道と山や川といった地形が大まかに記されているだけの簡単な物だ。
「エストア神国へ調査の為に入った魔法使いたちですが、死体が一切残されておらず戦闘したような形跡もほとんど見られないとありました」
そのため手掛かりになるような物が非常に少ない。
おかげで行方不明者の捜索は難航している。
おまけにアルサムのせいで冒険者や兵士が忙しくなっているため調査に人手を割くこともままならない状態になっている。
「おそらくどこかへ連れ去られているのでしょう。優秀な魔法使いなら何かしらの痕跡が残っていてもおかしくありません」
相手は植物。
最も効果的な攻撃手段は炎による焼却。
しかし、火属性魔法を使った形跡は残されていない。
「魔法を使う暇すら与えられずに連れ去られたのでしょう」
連れ去ったのなら監禁しておく場所が必要になる。
「最も被害の多い街。この近くにアルサムが拠点にしている場所があるはずです」
とはいえ、街の近くと言ってもかなり広い。
普通の冒険者なら地図を見た段階で根を上げているところだが、ステータス任せに探し回れば数日中には見つけられるだろう。
「ですが、マルセーヌさんと接触できたおかげで時間を掛ける必要がなくなりました」
「はい。体力には自信がありませんが、協力させてください」
現世に降臨させたマルセーヌには、アルサムとの間に特殊な繋がりが今でもあるらしい。
つい先ほどまでは全く感じることのできなかった繋がりだが、ティシュア様と接触することによって神の気配を強く感じることができるようになった。
おかげで大凡だがアルサムのいる方向が分かった。
地図に描かれた範囲を狭める。
「ここは――」
地図のある場所にマルセーヌの視線が向けられていた。
「何か気になる事でも?」
「はい。もしかしたらなんですが……」
☆ ☆ ☆
アルサムがいると思われる場所へ向かう。
「ありました。神殿です」
腰ぐらいまである高い草を掻き分けながら進むと人々から忘れ去られた神殿が崖の麓にあった。
マルセーヌの案内でここまで来ることができた。
「よく、こんな場所を知っていたな」
「降神させてしまってからアルサムについて調べていました。どうやら、この場所にはアルサムの生まれ故郷があったみたいで、アルサムを祀った最初の神殿はここに建てられたみたいなんです」
とはいえ時代の流れは無常。
あまり人が立ち寄らない場所にある村は寂れてしまい、いつしか最も権威のある神殿も人々から忘れられてしまった。
「神殿の中に人の反応は――随分と弱々しいですが十数人分ありますね」
魔力を感知したメリッサが神殿の中にいる人を捉える。
どうやら捕まった後で全員が殺されている、という最悪な状況だけは回避することができたみたいだ。
「まずは、神殿の中にいる人たちを助けよう」
全員が頷く。
今、この場にアルサムはいないようだが、中で捕まっている人たちがアルサムに接触した可能性がある。
相手の能力のほとんどが不明な状態で戦うのは避けたい。
念の為に身を低くして草に隠れながら進む。
「――伏せろ!」
立ち上がって草から身を出す。
隠れている意味がない。
即座に【迷宮操作:壁】で土壁を生成する。
けれども、せっかく生み出した土壁を貫通して1本の矢が飛んで来る。