第14話 急成長する植物
人よりも大きなひまわり。
当然、花の部分も大きいため通常のひまわりと変わらない大きさの種を大量に抱え込んでいる。
一斉に放たれる種の弾丸。
これは、回避は不可能だ。
何発は受け止めることになるが、急成長を遂げた得体の知れない物を体に受ける訳にはいかない。
メリッサが魔力障壁を展開する。
俺たち5人を覆うように広がった半透明の壁が種を弾く。
大量の種は1分間、発射され続ける。
「ふぅ」
思わずメリッサが息を吐く。
ただ種を飛ばしているだけだったため威力はなかったので障壁が傷付けられるようなことはなく、彼女にダメージはない。それでも、得体の知れない攻撃に晒され続けるというのは精神的に負担を強いられる。
種を失ったひまわり。
力を失ってへなへなと地面に倒れる。
念の為、警戒しているが起き上がって来るような気配はない。
「一体、何だったの?」
「ノエル、お前には何か分からないか?」
俺たちの中で冒険者として最も経験の浅いノエルに尋ねる。
4人から見られたことで怯えてしまうかと思ったノエルだが、鋭い視線を地面へと向けていた。
今でも警戒している。
その意味するところを察して構える。
「さっき馬車が襲われる直前に地面から感じられる神気が強くなったのを感じた」
「強くなった?」
「と言うよりも、どこかから供給されて補充されたような感じだった」
たしかに冒険者や戦闘に関してノエルは経験が浅い。
それでも神に接していた時間が最も長いおかげで神気に対しては誰よりも敏感に察知できるようになっていた。女神ティシュアがたまに屋敷へ遊びに来てくれるおかげで俺たちも神気には詳しくなったが、ノエルには及ばない。
そのノエルが神気を感じた。
間違いなく『神』による意思が働いている。
――ボゴッ!
「来るぞ」
足元から震動を感じて跳び上がる。
数秒後、先ほどまで立っていた場所の地面から蔦が飛び出してくる。
上にいる俺たちに向かって蔦を伸ばしてくる植物。
剣を振るって足に絡み付こうとしていた蔦を切断する。
「気を付けて下さい」
メリッサの手の中に火球が生まれる。
火球を地面から突き出ていた蔦に叩き付けると瞬く間に火が広がって行く。
燃える蔦から離れた場所に着地する。
「まだ!」
しかし、ノエルは安心していなかった。
数秒と経たずに茎が出現する。
茎の先端にはひまわりの花が付いている。
「完全に囲まれている……!」
新たに出現したひまわりは1本ではなかった。
取り囲むように出現した50本のひまわり。
しかも、ひまわりは今も増加し続けている。
「絶対零度の零」
イリスの魔法によって周囲が一気に絶対零度へと突入する。
凍て付く地面と植物。
再び種の弾丸を発射しようとしていたひまわりだったが、瞬く間に凍らされてしまう。
「……この距離が限界!」
周囲を凍らせようとしたせいでイリスへの負担は強い。
一時的なものだが、消耗したせいで動けなくなっている。
「……って、マズいわよ! 凍らせたところよりも向こう側にいるひまわりが!」
アイラが叫んだように凍らせることのできなかった場所にあるひまわりが茎を傾けて種を発射しようとしている。
「飛べ、小環」
宙に浮く錫杖に付いていた小環。
小環の内側からマグマが流れ出て来る。ノエルがイメージしたのは迷宮にあるマグマ。実際に目にしたことにより明確な形となってノエルの魔力を使って生み出される。
「はっ、やぁっ!」
アイラの飛ばす斬撃が凍ったひまわりを粉々に砕く。
地面へと落ちて行くひまわりの花。
地面に落ちた直後、種から茎が生えて来てひまわりの花を咲かせる。
「なんで!?」
「これが、この国に流れている神気の能力でしょう」
植物を異常な速さで成長させる。
明らかに異常だが、神気に正常さを求めてはいけない。
俺たちが相手にしているのは『神』の力だ。
「根本的な解決をしないといけない。このままだと延々とひまわりの相手をさせられることになるぞ」
相手の能力は『植物を異常な速さで成長させる』。
しかも、種を飛ばして弾丸にしたり、茎で絡み付いたりして攻撃させることもできる。
この場に植物がなければ役に立たない能力。
しかし、相手に尽きる事はない。
成長させた植物からは何百、何千という種が得られる。
それらを成長させて吐き出させ続ければ無尽蔵に攻撃手段を生み出すことができる。
種の弾丸では効果的なダメージが与えられないことは相手も分かっているはずだ。
それでも、種による攻撃を止めようとしない、ということは種そのものに特殊な能力はやはりあるのかもしれない。
もっとも、単純に馬鹿の一つ覚えで突っ込んで来ているだけなのかもしれない。
新たな種が急成長をして地面を割りながら出て来る。
「どこかに建物とかない? 足元が地面じゃなければ植物が出て来ることもないんじゃない?」
「馬車が壊された事をもう忘れたのか? いくら建物の中に避難してもこいつらはどこまでも追って来るし、建物を突き破ってでも侵入して来ることになるぞ」
ノエルの提案に反論する。
いくら建物の中に避難しても追って来られては窮地に立たされることになる。むしろ屋内に移動してしまうと狭くなって武器が使い辛くなる。こうして開放感のある場所の方が戦い易い。
建物の周囲にも地面はある。
なら開けた場所で対処した方がいい。
「待てよ。地面を割って出て来る……」
「何か思いついたの!? だったら早くして」
斬撃を飛ばして茎を切断するアイラ。
他の眷属も自分なりの方法でひまわりに対処している。
一度生やした場所の近くからは生やすことができないみたいで、倒せば倒すほど遠くから生えている。アイラたちも今となっては遠距離攻撃で茎に対処していた。
「少なくとも自分たちの足元から出て来ないようにしよう」
使用するのは【迷宮操作:強度強化】。
迷宮内の指定した場所の地面や壁の強度を底上げするスキル。
迷宮の外で使用した場合には、触れている物の強度を上げる程度に範囲が狭められてしまう。
しかし、それでも構わない。今回、対象に指定するのは――地面。
触れている足元から左右に20メートルずつ。
さらに正面へ真っ直ぐ強度を強化する。
見た目にはそれほど変わったようには見えない。
しかし、致命的に変化した事がある。
地面から茎が出て来なくなった。
「これでいいだろう」
遠距離から種の弾丸が放たれるが、近付いたところを炎に焼かれ、冷気によって凍らされる。
「何をしたの?」
「異常な植物とはいえ植物である事には変わりない。地中に埋まっている種が飛び出してくるんだから、飛び出してくることができないようにしてやればいい」
地面の強度を上げたことによって飛び出してくることができなくなった。
これで植物の脅威は排除することができた。
「いつまでも、このままという訳にはいかない。けど、向こうだってどこまでも追い掛けて来ることができる訳じゃないだろ」
「うん」
ノエルに尋ねれば肯定してくれた。
急成長させる為に必要なのは神気。
この場所が大切だったのか、それともタイミングが重要だったのかは分からない。それでも今、襲って来たことに関しては意味があるはずだ。
この場から離れる、あるいは時間が経過すれば神気による影響は消えるかもしれない。
「馬車は壊されたし、地面に触れていないといけないから、ここから先は歩いて行くぞ」
前へ進む。
同時に正面の道も強度が強化されて安全に歩ける道が出来上がる。
ここまで来てしまえば後戻りなどできない。
先へ進むしかなかった。