第10話 在庫超過
大量の馬車。
大都市なら珍しい光景でもない。何台もの馬車で大量の商品を持って来た場合などならあり得る光景だ。
つまり、近くに大規模な商会が来ている。
「行ってみよう」
都市内は敵対した商業組合のせいで見る物がなくなってしまった。
そのため、外から来た謎の集団に興味を覚えてしまった。
実際、外から来たのなら商業組合の支配は及んでいない。
そう思いながら門のある場所へ向かうと……
「え……!?」
意外な光景が待ち受けていた。
街の中に入った馬車が荷下ろしをしている。
そこまでは予想できた。しかし、その周囲で絶望したような表情で俯いているレジェンスの人々の姿を見ると訳が分からなくなってくる。
「メリッサ」
「はい」
あちこちにいる人々に声を掛けて行くメリッサ。
事情を聞くのは彼女に任せておけばいいだろう。
「さて、こちらも話を聞かせて貰おう」
ウィリアムが馬車で荷下ろしをしていた人に近付く。
「こんにちは。何をしているんですか?」
「見て分からないか? 持って来た野菜なんかを下ろしているんだよ」
馬車の中には筋骨隆々な男がおり、商品の詰まった木箱を下ろしている。
商品は――野菜だった。
「随分な量を持ってきましたね」
「今年は異常でな。採っても採っても減らないんだ。だから買ってくれるレジュラスの連中に売っているんだよ」
他の馬車も木箱が下ろされている。
中身は間違いなく肉や野菜、植物――レジェンスで値崩れを起こしていた物だ。
「チッ、テメェらまた持って来たのかよ」
「ああ、アンタらが買ってくれるからな」
レジェンスから一人の商人が出て来る。
目付きが鋭く、額に大きな傷があるので商人というよりも暴力を振るうことを生業にしている人々だと言われた方が納得できるが、服装は商人らしい豪華な物を好んでいるので商人には間違いない。
「今回も全て買ってくれるんだろ」
「……ああ!」
忌々しそうに呟く。
その後、商人が連れて来た人々が馬車から下ろされた木箱を都市の中へと運んで行く。
いくら友好的な関係を築けているとはいえエストア神国とレジュラス商業国は国が違う。商売の為に都市の近くまで来ることを許可したとしても重要な施設もある都市の中にまでは招き入れない。
なによりもレジュラス商業国側の商人が相手を毛嫌いしている。
「荷物を回収したら戻るぞ」
「はい!」
屈強な男たちが木箱を片付けて行く。
「なるほど。少しはカラクリが分かって来た」
一連の光景を見たウィリアムが呟いた。
「値崩れの原因は、大量の在庫を抱えてしまっている事。そして、エストア神国の連中が大量の商品を運び込んでいる。けど、レジュラス商業国側も弱味を握られてしまってでもいるのか知らないが、買わざるを得ない状況に追い込まれている」
それが忌々しそうな表情をしていた理由。
「けど、商品を買わないといけない理由って?」
「それが見ただけで分かれば苦労はしない」
二人の関係性からエストア神国側の方が有利に立っているのは間違いない。
「いえ、分かりました」
「……!?」
驚きながらウィリアムが振り向く。
そこには、情報収集を終えたメリッサが立っていた。
「で、何か弱味でも握られているのか?」
「いいえ、契約を交わしていました」
「契約?」
「残念ながら詳しい契約の内容までは話を聞くことができた商人の下っ端の人たちでは知らなかったので聞き出すことはできませんでしたが、どうやらレジュラス商業国はエストア神国から売られた農作物を全て購入しなければならない決まりになっているそうです」
「なんだ、それ?」
メリッサの説明を聞いた瞬間、思わずそんな言葉が口から出てしまった。
少し聞いただけだとレジュラス商業国が一方的に損をしているようにしか見えない。
「いや、僕には分かった」
「え?」
「エストア神国は北を山、南を広大な森、東を海に囲まれた非常に厳しい土地だと聞いている。そんな国が貿易を行う為には西にあるレジュラス商業国に頼るしかなかった」
レジュラス商業国でもエストア神国に滅んでもらっては困る。
南にある広大な森には他の地域では得られない茸や薬草がある。しかし、そういった場所には必ず危険な動物や魔物が潜んでいる。そんな場所での狩りを得意としているエストア神国の国民だからレジュラス商業国も手を出すようなことをして来なかった。
エストア神国の持つ造船技術では海を利用するのも難しい。
そのためレジュラス商業国を頼った。
「おそらく、その時に『数少ない収穫した農作物をレジュラス商業国が全て買い取る』という契約を交わした」
商売に関してはレジュラス商業国の方が圧倒的だ。
彼らに任せた方が利益を生み出すことができる。
そのため他の国と比較した場合、安価な値段で取引する代わりに全ての農作物を買い取るという契約が交わされた。
レジュラス商業国は安価な値段で手に入れられる。
エストア神国は在庫を抱えることもない。
去年までであればそんな方法でも問題はなかった。
しかし、均衡が崩れる事態が発生した。
尽きることのない農作物がエストア神国に現れた。
「エストア神国の在庫は尽きることがない。そして、交わした契約のせいで延々とレジュラス商業国は農作物を買い続けないといけない」
「異常はそれだけじゃない」
はぁ~、と息を大きく吐く。
寒いせいで息が白くなっている。
今は冬なのだから当たり前の光景だ。
ウィリアムが何を言いたいのか分からない。
「……たしかに妙な事態ですね」
考え込むメリッサ。
「どういう事なんだ?」
「今は冬だ。冬でも得られる農作物なんて限定されている。けど、大量の在庫を抱えることになった商品は冬だからこそ得られる物なんて訳じゃない」
「あ……!」
最初に食べた果物。
あれは、水分を欲する夏にこそ収穫できそうな食べ物だ。
それに雪が降っていないとはいえ、これほどまでに寒ければ茶葉は枯れていてもおかしくない。
しかし、店に売られていた茶葉はどれもが瑞々しかった。
まるで、収穫されたばかりみたいだった。
「こんな季節なのに収穫できている事自体が奇妙なんだ」
そもそもレジュラス商業国を訪れた理由。
エストア神国で大量の農作物が収穫できた。
それが冬になった今の季節も続いているのだとしたら異常だ。
「……どうやら厄介な事態になっているのは間違いないみたいだな」
そっちの調査はイリスやノエルに任せていたところ、俺たちの方で意外な事実に突き当たってしまった。
今、得られた情報に関しては【迷宮同調】で全員が共有する。
「そうなんですよ」
「……!?」
後ろから声を掛けられて驚いたウィリアムが勢いよく振り向く。
そこには、二人の護衛を連れて白い服を着た金髪の青年がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
考え事に夢中になっていたウィリアムは気付かなかったようだが、俺とメリッサはしっかりと気付いていた。ただし、相手に敵意がないようなので敢えて指摘するまでもないと放置していた。
「何か用ですか?」
警戒心を剥き出しにするウィリアム。
金髪の青年は、レジェンスの中から現れた。護衛を連れ歩けることから相当な地位にいる人物だと窺い知ることができる。
そして、ウィリアムは感じ取ってしまった。
同じ商人としての雰囲気を。
「貴方たちに協力して頂きたい事があります」
「協力して欲しい事?」
ウィリアムが青年に尋ねる。
しかし、青年の目は俺へと向けられている。
「Aランク冒険者が5人もいる冒険者パーティのリーダーである冒険者マルスに依頼を出します。エストア神国で何が起こっているのか調査して来て下さい」