第8話 値崩れ
分かれたアルケイン商会の人たちと合流する為に街を歩く。
どんな宿があるのか分からなかったため前もって決めるようなことはできなかったが、彼らがどこへ行ったのかは分かる。
ウィリアムの手にはコンパスのような形をした魔法道具がある。これは方位を示すのではなく、対になった特定の魔石の方向を指し示す物。魔法道具の針が示す先へ向かえば合流が可能になっている。長旅をする時には欠かせない魔法道具となっている。
一応、こちらでもアイラと念話で確認してみる。
特に問題もないみたいなので合流を急ぐ必要はないだろう。
「失礼」
大通りを歩いていたウィリアムが一軒の店に入る。
その店は様々なフルーツを取り扱っている店でレジェンスを観光で訪れた人向けに商品を棚に陳列させていた。
「いらっしゃい」
店の奥から恰幅のいい女性が現れる。
にこやかな笑みを浮かべながら女性が商品の果物を紹介してくれる。
「一つ食べてみな」
切り分けた果物を皿に乗せて出してくる。
どうやら護衛の俺たちの分まで用意してくれたみたいで人数分あった。
オレンジ色の瑞々しい果物。口の中に入れた瞬間、甘酸っぱい味が口の中に広がる。食べた瞬間の味は強烈でありながら、すぐに溶けてなくなってしまった。
「随分と美味しい果物ですね」
思わず口から感想が出てしまった。
「そんなに美味しいのか」
ウィリアムも口にする。
護衛対象である彼が知らない相手から出された食べ物を簡単に口にする訳にもいかない。
俺の感想にも納得できたため無言で頷いている。
「どうだい、買って行かないかい?」
「10個ほど貰おう」
「まいどあり」
女性が袋に10個の果物を詰めてくれる。
「全部で銀貨1枚だね」
「なに?」
金額を聞いたウィリアムが眉を顰める。
護衛対象に代わって財布から金を取り出そうとしていたフレディさんも動きを止めてしまっている。
その金額は、あまりにおかしい。
「間違っちゃいないよ。これが今の適正価格なんだよ」
高い訳ではない。
あの味を考えれば、もっと高くてもおかしくない。
あまりに安すぎる。
「……いいんですか?」
「ワタシとしても困っているんだけどね……」
本当に困っているらしく言葉を濁していた。
「どうした?」
「アンタ……」
店の奥から木箱を抱えた男性が出て来る。
女性と同じくらいの年齢からして旦那さんなのだろう。
「別に問題があった訳じゃないよ。ただ、単にこちらのお客さんが安すぎることを不審に思ったらしいんだよ」
「……そういうことか」
男性が持っていた木箱を下ろす。
「答えはここにある」
置いたドタッ、と音が鳴った木箱。
木箱の中を覗いてみると、先ほど試食した果物と同じ物が詰め込まれていた。それも数十個という数だ。
「こんなにたくさんの果物を仕入れたのか?」
「そんな訳がないだろう」
店主が溜息を吐く。
その視線は店の中にある全ての品物へと注がれていた。
「まさか……」
「店の奥にある倉庫にはもっと多くの在庫が眠っているぞ」
棚に並べられている商品だけでも十分な数がある。
ここにある物で全部だと言うのなら分かるが、実際のところは大量の在庫を抱えてしまっている。
「どうして、そのような事に?」
商人にとって在庫を抱える、というのは死活問題だ。
適切な数を仕入れて適切な値段で売る。
その為には人々が求めている適性数値を見極めなければならない。その程度の事すらできないようでは商人とは呼べない。
「俺たちだって買い取りたくなかったさ。けど、商業組合の連中が……」
「あんた」
「おっと、済まない。これ以上は組合の規約に反する」
「はぁ……」
規約の内容までは分からない。
しかし、規約とやらのせいで多くの在庫を抱えてしまった理由は教えて貰えなくなってしまった。
「あんたは商人だろ」
「分かりますか?」
「これでも商業国で何十年と果物店を営んで来たんだ。多くの商人を見て来たから相手が商人かどうかの判断ぐらいはできる」
大通りを見る。
多くの人が歩いているが、少なくとも金を持っていない者の姿は全く見受けられない。街の入口で厳しい審査が行われているというのもあるが、それだけ金を持っている商人の人数が多い、という事の現れでもある。
「一つオレから忠告させてもらおう。今はタイミングが非常に悪い」
「タイミング?」
たしかに多くの在庫を抱えることになってしまった。
それでも営業ができないような光景には見えない。
「悪いが、オレに言えるのはここまでだ」
訳が分からない。
その後、宿で待機している人たちの分も含めて人数分の色々な果物を買う。
女性は在庫が少しだけでもいいから捌けたことが嬉しくて笑顔になっていた。
☆ ☆ ☆
「たしかにおかしい……」
宿へ向かう前に他の店にも顔を出して見る。
果物を買った店の近くには食品を扱う店が多く並んでいる。
食品を扱う店の隣に武器屋や鍛冶屋を営業させる訳にもいかないため、都市を計画的に作る時に区画整理が行われたのだろう。
果物店の隣にあった八百屋にも顔を出して見る。
普通の八百屋。
外観や内装もアリスターにある八百屋とそこまで変わる訳ではない。
しかし、並べられている商品の値段がおかしかった。
「店主」
「へい」
ウィリアムが店主を呼んで事情を聞く。
聞いたところ決しておかしな数字などではなく、大量の在庫を抱えているため値崩れを起こしてしまい安くせざるを得なかった。
「なぜ、そのように大量の在庫を抱えた?」
「それは……残念ながらお答えできません」
その後、別の八百屋にも入ってみる。
結果は、同じように値崩れを起こしていた。
魚屋と肉屋も同じだ。
大量にある在庫のせいで値崩れが起こっている。
どこかの店が失敗をしてしまった訳ではなく、都市全体でそのような状態になっている。
「どういう事だ?」
国が大量の在庫を抱えてしまったから民衆に配った。
民衆も売らなければ利益を上げられないどころか売っても人件費の方が高いという問題を抱えてしまうことになるから受け取りたくない。
しかし、国からの命令である為に拒むこともできない。
「店主、この店にある商品を10箱ずつ譲ってもらおうか」
「それは……わたしとしても助かりますがいいんですか?」
「構わない。ちょっとしたお礼代わりだ」
情報料として買い物をする。
店主が心配していたのは持ち帰る方法だ。
今のウィリアムは手ぶら。鍛えられている訳でもないウィリアムでは持ち帰ることができない。
基本的に筋力が足りていない商人の場合は馬車を連れ回す必要がある。
もしくは……
「僕は収納リングを持っている。これぐらいの量なら持ち帰ることができる」
「そうですかい」
商人の間では収納リングは珍しい物ではない。
魔法で作り出した亜空間内に重さを感じさせずに収納することができる収納リングは大きな取引をする商人にとっては必需品となっている。
もっとも目の前にいる店主のように稼いではいても収納リングを買えるほどの余裕がある訳ではない商人たちは持っていない。
アルケイン商会の次期当主であるウィリアムは商会から経費として与えられていた。
重たい木箱が消え、八百屋を後にする。
「さて、どういう事だと思う?」
「国全体で値崩れを起こしている理由?」
ウィリアムが頷く。
「正直言ってまだ情報が不足している」
「そうだよな。けど、国全体でこんな状態になっている以上は何かしらの問題が起こっているのは間違いない」
もしも、トラブルが起こったとしよう。
その時に適切な対処ができなければ不利益を被ることに成り兼ねない。
「……今日はもう遅い。明日から本格的に動くとしよう」
値崩れを起こしている理由を調べることは決して無駄にはならない。
アリスターでも起こり得る問題なら事前に知っておくべきだし、こうして小さな店の主と会話することもコネを作るうえで重要な事だ。
商業組合から友好的な繋がりが得られなかった以上は自分たちで縁を繋ぐしかない。