第7話 商業組合長
レジェンスの中央へと向かうウィリアムの馬車。
他の4台の馬車は今日からの宿泊場所を確保する為に空いている宿屋を探しに行った。そちらへはヒースさんとロイドさん、ハイデンさんが護衛として一緒に就いて行っている。
それからイリスとアイラも就けている。街中なので襲撃されるような事態が起きる可能性は低いのだが、念の為にはこちらからも必要になる。メリッサの魔法は街中での戦闘には向かず、ノエルでは人混みの中でも戦えるほどの経験がない。
「うぅ……なんだか見られているような気がする」
俺の隣を歩くノエルがピコピコと狐耳を忙しなく動かす。
神殿で育ったノエルにレジェンスの人混みは辛い。
いや、途中でメンフィス王国を通って来た為にある事が気になっていた。
「そんなに自分の正体が露見するんじゃないかって不安なのか?」
「だって……」
正体がバレることがないようメンフィス王国を通っている間はアリスターに帰還させておいた。
そうして、国境前でノエルを【召喚】する。
幸い、一緒に行動しているウィリアムたちは理解があるので数日間いなかったノエルについてスルーしてくれた。
何よりもノエルには現状のメンフィス王国を見せたくなかった。
神から見放されたと思った国民の心は荒れ、犯罪が横行するようになり、治安が非常に悪くなっていた。
故郷を捨てて他の土地へ流れる人が後を絶たないという話が真実だと頷ける状況だ。
ノエルに責任はない。
だが、あんな光景を見せればノエルの性格ならば責任を感じてしまうだろう。
「気にする必要はない。この国にまで『巫女』の顔は知れ渡っていないし、最後の『巫女』は死んだことになっている。護衛として訪れた冒険者が元『巫女』だなんて考えないはずだ」
少なくとも『巫女』だと疑っている気配は感じられない。
ノエルの事を見ているのは多くの人が男性だ。さらに言えば反対側にいるメリッサの事も見られている。
つまりは、美人な冒険者の事を見ているだけだ。
「ほら、行くぞ」
ビクビクしながら歩いている内に目的へ辿り着いた。
目的地は大きな建物で門の両端には金色の獅子の装飾が飾られていた。
「随分な趣味だな」
「そう言うな。商業組合の守り神だ」
獅子――正しくはマンティコア。
この地に天変地異が訪れた時に必ず現れる魔物で、かつて困っていた人々を救った事があり、その中に商業組合の組合長になる事になる人物がいた。彼は、魔物に対して感謝の念を捧げる為に組合の守り神とした。
とはいえ、その話も逆だった場合には意味が違って来る。
災害から人々を救ったのではなく、災害を引き起こした魔物だとしたら?
メンフィス王国の隣だし神獣の可能性もある。
雷獣たちに聞けば詳しい事も分かるんだろうけど、そこまでの手間を掛ける必要性を感じない。
「護衛はよろしく頼む」
「今さらだけど、必要なのか?」
「間違いなく必要になる。お前たちも見たと思うけど門番のあの態度……向こうは自分たちが商人として上位にいると思っている。威圧的な態度に出て来るのは間違いないと考えていた方がいい」
それは俺も同意できる。
門番ですらあんな態度ならトップにいる連中の態度は、こちらをしっかりと立ててくれるか門番と同様に威圧的な態度で出て来るのかのどちらかでしかない。
もちろん威圧的な態度で出てきた場合には、こちらも威圧するだけ。
ただし、威圧するだけに留める。
「悪いけど、俺たちは役に立てそうにないな」
フレディさんの言葉にガラッドさんも頷いている。
二人が言っているのは実力の事だ。けれども、二人とも大柄な戦士であるため威圧感という意味では俺たちよりも頼りになる。
「まあ、向こうが理知的な態度で臨んでくれることを願おう」
組合の扉を叩く。
中から使用人が出て来る。
一介の商人が組合長に会いたいと言ったところで会える訳がないのだが、アルケイン商会からの紹介状を見せればどうにか面会が叶った。門番は知らなかったみたいだけど、組合に勤める使用人はしっかりと知っていた。
赤い絨毯の敷き詰められた廊下を使用人に案内されて進む。
広い客室で待つように言われてしまったため待機する。
「向こうは明らかに下に見ているな」
「そんな数分待たされたぐらいで」
いきなり訪問したのだから待たされる事ぐらいはある。
「待たされるだけなら何も問題はない。だけど、しっかりとした使用人がいるのに飲み物すら出されていない」
「あ……」
それは、客人を待たせることに対して何も感じていないという事になる。
俺たちみたいな護衛に出されないならまだしもアルケイン商会の次期当主にまで出さないのは問題だ。
「飲む?」
「……いや、必要ない」
道具箱から紅茶を出すものの断られてしまった。
湯気の立つ紅茶でシルビアが淹れてくれた物なので美味しさは保証できる。
「待たせたな。儂が商業組合の組長をしているジェレッド・ジンジャーだ」
現れたのはでっぷりとした腹を出したちょび髭の男性。
見るからに肥満と思われる男性は後ろに二人の護衛を連れていた。
「へぇ……」
思わず感心せずにはいられなかった。
二人とも強い。冒険者のランクで言えばBランク。フレディさんたちと同ランクなのだが彼らは引退した冒険者であるため既に全盛期は過ぎている。しかし、二人の護衛は全盛期と言えるだけの実力を誇る。
二人の護衛と目が合う。
にっこりと微笑みながら見返すとサッと視線を逸らされた。
なるほど。相手の実力を計れる程度の実力はある。正確に計ることはできなかったんだろうけど、少なくとも自分たちではどう足掻いたところで勝てない相手だとは理解したはずだ。
今はこれでいい。
護衛のそんな様子に気付かず組合長が話を続ける。
「で、今回はレジェンスの様子を見たいと?」
「はい。商業国家として大成した国がどのような商売をしているのか気になった次第です」
「ふん。その程度のこと好きにすればいい」
使用人から渡された紹介状を放り投げる。
組合長にとってはアルケイン商会も些事に等しい相手らしい。
「こちらは忙しい。お前たちみたいな田舎の商会に付き合っていられるような暇はない」
「……それが大規模な商業組合の態度ですか」
「儂たちが動かしている金は貴様らが稼げる金額と比べれば天と地ほどの差がある」
完全にこちらを下に見た態度。
明らかに友好的な関係を築けるとは思えない。
それも搾取する対象に見ていた。
「ああ、そうそう。儂の都市で何かを学ぶというのなら上納金が必要になる」
「なに……?」
「この世界は金が全てだ。何かを学びたいと言うのなら、それに見合った金が必要になるという事を理解してもらおうか」
「いいえ、結構です!」
客室から出て行くウィリアム。
護衛である俺たちも続かなくてはならない。
「いいのか?」
速足で先を歩くウィリアムの隣に立つ。
「あそこまで横柄な態度に出るとは思わなかった」
まさか露骨に金の要求をしてくるとはさすがに思えない。
「レジュラス商業国は、金の力で発展していった国だと知られている。金で雇った傭兵、様々な物を集めるシステム、集めた物を加工する技術や技術者……そういった物を作り上げるには金がいる」
金を集める為のシステムを作り上げる為に金が必要になる。
矛盾しているように思えるが、仕方のない事ではある。
「表向きはコツコツと発展していったと聞いていたけど、大方今みたいな賄賂で金を集めて行ったに違いない」
「これは完全に敵対したな」
既に友好的な関係を築ける状況にはない。
護衛としてトラブルは回避して欲しいところだけど、俺としても露骨に賄賂を要求してくるような奴に遜って欲しくない。