第6話 門番への賄賂
レジュラス商業国の首都レジェンス。
総人口十万人の都市であり、様々な物が集まる物流の拠点でもある。
それだけの富が集まる国ではあるのだが、地理的な問題から大規模な侵攻を受けたことはない。とはいえ、全くの無防備という訳でもない。10メートルの外壁が外敵の侵入を防いでいた。
「身分証を」
街の出入は東西南北にある大きな門からのみ行える。
門は馬車が何台も並べるほど大きく、万が一の場合には頑丈な鋼鉄の扉で閉められるようになっている。
門の前では何十人という兵士が厳しいチェックを行っていた。
レジェンスに入る人もそうだが、荷物まで厳しく管理されている。
それぐらい厳重でなければ生き残れない場所だからだ。
俺たちにも兵士がチェックの為に近付いて来た。
ここから先、主に対応をするのはウィリアムの仕事だ。
「ご苦労様です」
ウィリアムが自分の身分証を提示する。アルケイン商会の名は外国にまで知られている訳ではないが、きちんとした身分証だったため問題なく受理された。
身分証を確認していた兵士が顔を上げる。
「今回はどんな用事でレジェンスへ?」
「商人として後学の為に一度でいいからレジェンスを訪れてみたかったのです。一応、商品を持参したもののこれらはついでですね」
「そうか」
商人が後学の為にレジェンスを訪れるのは珍しいことではない。
そのため変に疑われるようなこともなく受理される。
別の兵士4人が馬車の中を点検して行く。
馬車には立ち寄った場所で手に入れた物が積み込まれている。ただ、冬ということもあって立ち寄った村にあった売れる物は少なかった。今は直前に立ち寄った村で手に入れた木製の食器が大半を占めていた。
「ちょっといいか?」
ウィリアムと話をしていた兵士が近付く。
話をするには問題ない距離にいたから近付く必要などない。
無駄に思える行動にいつでも攻撃できるように身構える。
「……分かっているんだろうな」
周囲を警戒しながら手の親指と人差し指で輪を作る。
兵士とウィリアムの体によって他の人には見えないようになっているのだが、俺の目はばっちりと捉えていた。
周囲を気にしている様子が手慣れている。
明らかに初めての要求ではない。
「そのような要求をするのがレジェンスのやり方ですか」
「いいのか? この場でお前たちを捕らえるのは難しくないぞ」
いくら護衛が10人もいても相手が数十人もいれば数分と経たずに制圧されてしまう。それが常識だ。
だが、それよりももっと厄介なトラブルがある。
「……ここで騒ぎを起こされても面倒ですね」
金貨を1枚握らせる。
兵士の要求――それは賄賂だった。
こんな面倒な作業は兵士もやりたくはない。しかし、レジェンスに入りたいと願う者から賄賂を受け取れるのでやりたがる者は多い。
ウィリアムの対応をしていた兵士が馬車の確認をしていた兵士と視線を合わせて意思を疎通させる。
賄賂は受け取った。
これ以上、無意味に確認作業をする必要はない。
「荷物の方は問題ないみたいだな。他の連中についても確認させてもらおう」
ウィリアム以外の商会員も似た身分証を出す。
私兵たちやフレディさんたちも身分証と同時にアルケイン商会に雇われた者たちであることを証明する書類を提示する。証明書にはアルケイン商会の印籠がきちんと押されているため彼らも問題なく受理される。
「次――」
身分証の提示を求められたため冒険者カードを提示する。
他に持っている身分証と言えば役所が発行している身分証ぐらいだが、そこには『冒険者』である事が記載されていてもランクまでは記載されていない。やはり、信用できる高ランクの冒険者である事まで証明できた方がスムーズに審査を終えることができる。
「ほう……全員がAランク冒険者。少し怪しいところはあるものの偽造された様子も見られない。問題ないぞ」
「ありがとうございます」
多少は横柄な態度が目立つものの問題なく都市へ入れる。
……いや、賄賂を渡さざるを得なかったから何も問題がなかったとは言えない。
「まさか賄賂を要求してくるとは」
「レジェンスは大きくなり過ぎた。末端がああいう態度に出ることは大都市では珍しい事ではない」
アリスターも大きな都市ではあるものの辺境という環境もあってそういう人は少ない。だが、黙っていても多くの物が集まって利益をあげられるレジェンスはそういった精神とは無縁だった。
「あれはレジェンスだからこそできる芸当とも言える」
場所的にレジェンスを利用しない訳にはいかない。
だからこそ賄賂の要求などが通る。
「それに、あの場で騒ぎを起こされれば困るのはこちらの方だ」
これからレジェンス内で活動をすることになる。
にも関わらず騒ぎを起こすようなことになれば今後の活動に支障を来たす。ましてや相手はレジェンスの兵士。どんなデタラメな罪をでっち上げられるのか分からない。
何よりもレジェンスと敵対するのは避けた。
商業によって発展したレジェンスと敵対する、というのは商人にとって死刑宣告も同義だ。
多少の賄賂は必要経費として割り切るしかない。
「ここが商業都市レジェンスか」
門を抜けた先にある大通りには多くの商店が並んでいる。
レジェンス内部は多くの人が立ち寄るため見渡す限り人だらけだ。人口は10万人だが、それ以上に立ち寄る人が多いため数字以上の人がいる。
建物はブロックを利用した木造。特殊な造り方をしているのか壁は分厚く、頑丈そうだ。外壁もそうだったが、中の方も万が一の場合への備えはきちんとされているみたいだ。
外からの襲撃もそうだが、大金を手元に抱えていると内部での襲撃も警戒しなくてはならなくなる。
「で、これからどうするんだ?」
着いてからの予定については確認していなかった。
とはいえ、俺たちがやることは基本的に変わらない。
ウィリアムの護衛が表向きな依頼である以上、きちんと完遂しなければならない。護衛が女性だと舐められる可能性があるため俺が護衛として傍に立つ必要がある。あとサポートとして誰か一人がいればいいだろう。
それにフレディさんたちもいる。ゾロゾロと全員が付いて回る訳にもいかないのでお互いのパーティから2、3人が護衛に就けば十分だ。
後のメンバーは暇を持て余すことになる。
フレディさんのパーティメンバーであるがラッドさんたちは、護衛に就いていない間は部屋で休んで回復に努めることになっている。とはいえ、いつまでも部屋の中で待機していると息が詰まってしまうため自由時間はある。その間に娼館や賭場へ遊びに行くと言っていた。
誘われはしたが、近くに眷属もいることだし断らせてもらった。
興味がない訳ではない。
しかし、黙って行った時に知られてしまった場合を考えると怖くて行く事ができない。
そうした自由時間の間に情報収集に当たらせることにしよう。
「ある人物に会いに行く」
「ある人物?」
「ああ。商工組合の組合長だ」