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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第4章 奴隷少女
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第16話 双刃術

 貴族街にある一軒の屋敷の前に立つと近くにいる門番を無視して屋敷の中にまで聞こえるように声を張り上げる。


「あ、あ~ボーバン準男爵家に告げる。そちらで匿っている暗殺者のような格好をした夕方に貧民街である人物を襲撃した男を引き渡すように」


 迷宮魔法の力も借りて声を上げているので、屋敷の中にも声は届いている。逆に周囲には聞こえないように調整している。


 優しそうな顔をした門番が突然声を張り上げた俺たちの方へ近付いてくる。しかも、言葉の内容を聞けば自分たちの主人は無関係ではないとなれば事情を聞かないわけにはいかないだろう。

 というか、この人王都に来る途中で出会ったオークに襲われていた兵士の人だな。

 ってことはボーバン準男爵があの喚いていた貴族になるのか。


「君たち一体何を騒いでいるんだ!……って君は……」


 相手も俺のことを覚えていたらしく屋敷に向かって騒いでいた若者に注意しに行ったら知っている相手だった。ちょうどいい。


「こっちの要求は簡単です。彼女の父親がボーバン準男爵家にいる暗殺者のような男に殺されました。彼女はその男を殺して復讐するつもりでいます」

「……そんな男はいない」


 門番さんが目を逸らしながら答える。

 これは襲撃者がいることは知っているな。そして、若い娘の父親を殺して、その娘が尋ねてきている状況に罪悪感から視線を逸らしてしまったな。


「それよりも復讐なんて止めておいた方がいい」

「なんでです?」

「復讐は何も生み出さないからだ。そんなことも虚しいだけで――」

「だったら言葉を変えます。こっちは冒険者として懸賞金が懸けられていそうな暗殺者を捕らえにきました。さ、こっちは人探しに有用な魔法道具(マジックアイテム)を持っていて、犯人が屋敷の2階にある一番奥の部屋にいることは知っているんですから」

「なっ、なぜそこまでのことを……その部屋は旦那様の書斎だぞ」


 なんで、って振り子(ペンデュラム・ダウジング)がずっとその部屋を指し示しているからだよ。


 あれ、ずっと2階の奥にある部屋を指し示していた振り子が右に円を描くように動いて後ろへと移動していく。


 ガキン――!

 甲高い金属音が響き渡り、夜の闇に火花が光を灯す。


「くっ……!」


 奇襲が失敗に終わったことを悟った襲撃者が後ろへと跳び、俺たちから距離を取る。


 対象の現在位置を示す振り子が後ろへと移動しているということは、襲撃者が何らかの方法で俺たちの右から後ろへと移動していることを示している。

 ただし、俺の方から奇襲に対して動くような真似はしない。


「まさか、お前のような小娘に受け止められるとはな」


 短剣を両手に持って俺に襲い掛かってきた襲撃者だったが、振り子の動きを見て……見なくても襲撃者の動きを察知していたシルビアが襲撃者と同じように両手に持った短剣で襲撃者の短剣を受け止めていた。


「それとも身なりを整えてきたおかげかな。持っている物は一級品だな」


 今のシルビアの姿は村から出てきた時の服装ではなく、俺が渡した白のブラウスに黒い上着、紺色のキュロットに着替えている。もちろんただの服装ではなく、迷宮魔法:宝箱(トレジャーボックス)によって取り出した装備品である。


 迷宮から得られる装備品の中には女性用の衣類も含まれている。新しく得たスキルの関係から動きやすい物を、ということで自由に選んでもらったので、ちょうどいいサイズの物があってくれてよかった。いや、身長は俺より頭1つ分低いくらいなのだが、それに反して胸のサイズが大きいので余裕が必要だった。


 1つだけ襲撃者の言葉を訂正するなら一級品どころか超一級品です。


「あなたの相手はわたしよ」


 シルビアが短剣を構えると襲撃者が呆れたように息を吐く。


「そっちの男ならともかくただの村娘にしか過ぎない君には負けないよ。君の実力は昼間尾行していた時に確認している」


 暗殺者として相手の動き方などから実力を計ることができるのだろう。

 とにかく相手は、シルビアの実力を昼間の様子から格下だと判断している。これはチャンスだ。


「デイビス殿、これは何の騒ぎですか!」


 それまで数秒の間に行われた襲撃をただ見ているしかなかった門番さんが襲撃者――デイビスに向かって声を張り上げる。


「これは異なことを言う。私はボーバン準男爵の護衛として襲撃者の排除に来たまでだ。それに……」


 デイビスの視線が俺の手元へと向けられる。そこには、振り子がずっと先端をデイビスへと向けている。


「どうやら、彼らから逃げることは不可能なようだからね」

「は? だから何を……」


 振り子から逃げることを諦めたデイビスの姿がその場から消える。

 本当に消えたわけではなく、スキルの『闇纏い』によるものだ。


『闇纏いの能力は単純だよ。体に闇を纏うことで周囲から自分の存在を認識できなくさせる。夜や洞窟みたいに周囲が暗ければ暗いほど、その力は強くなるよ』


 永い時を生きてきたおかげで色々と詳しい迷宮核(ダンジョンコア)からの解説だ。

 今のような夜に暗殺者が気配を消す為に使うには打ってつけのスキルだ。


 とりあえず物陰からの襲撃などを防ぐ為に屋敷の敷地内へと入って、周囲に何もない庭でデイビスを迎え撃つ。

 とはいえ、先ほど宣言したように俺が手を出すことはしない。というよりも必要がない。


「そこ」

「ぐぇ」


 闇に隠れているにもかかわらず、接近したところをシルビアに蹴られたデイビスが庭を転がる。


「なんで、私の位置が分かった!?」

「なんで、って魔法の力?」

「ふざけてるのか!?」


 本人も分かっていないように首を傾げている様子から馬鹿にされたと思ったデイビスが憤る。


 ま、本人が分かっていないのも仕方ない。

 迷宮主(ダンジョンマスター)である俺は全ての迷宮魔法を問題なく使用することができるが、迷宮眷属(ダンジョンサーヴァント)には得手不得手が存在する。いくつかの迷宮魔法を事前に試した結果、シルビアには高速移動を可能にする魔法やデイビスが使ったような隠れる魔法に適性があった。どうやら幼い頃は盗賊をしていた父親の影響がこんなところで出てしまったらしい。


 そして、闇に隠れたデイビスを見つけ出したのは常に発動させている『迷宮魔法:探知』によるものだ。消費する魔力は微量で、周囲の状況を正確に把握することができる。


 闇纏いが弱いわけではなく、シルビアの探知能力の方が上回ってしまったために隠れたデイビスの位置すら見破ってしまった。現に、素の状態で俺は隠れたデイビスを認識することができなかった。もっとも振り子を使用しているので、どこにいるのかはバレバレである。


「こんなことがあるはずがない!」


 再び闇纏いを使用して姿を認識できなくさせる。

 同じことをしても無駄だっていうことが分かっていないな。今までは暗殺者として気配を悟らせない必殺のパターンだったのだろうが、既にこっちの感知能力の方が上回っている。


 いや、これは……


「シルビア」

「分かっています」


 闇纏いを使用したデイビスだが、完全に気配を消すような真似はせず僅かにそこにいるだろうという薄い気配だけを残してシルビアの方へと一直線に向かってくる。いや、一直線というのは正しくないな。気配が前後左右1メートルぐらいにゆらゆらと揺れながら向かってくる。


 なるほど。完全に消すのではなく、認識を薄めることでこういう使い方もあるのか。

 もっとも、『迷宮魔法:探知』があるシルビアと振り子を持っている俺たちには正確な位置がバレバレだが。


 正確な位置を捉えているシルビアが襲い掛かってきたデイビスの短剣を2本とも受け流し、逸らしたところで自分の短剣を振るう。


 デイビスも持ち前の敏捷を活かしてギリギリのところで回避して反撃に転じようとするが、頬が浅く切られたことによって反撃を諦めて距離を取る。


「ばかな、たしかに回避したはずなの……」

「う~ん……まだまだ扱いが難しいかな」


 頬を斬ったシルビアは短剣の状態を確認していた。


「まさか、その短剣の能力か」

「あ、正解」


 シルビアが肯定したように彼女が持つ短剣には伸縮自在な不可視の刃を生み出すことができる。効果を知っていなければ初見で回避することは不可能だ。

 これも俺の渡した装備品の1つだ。


「クソッ、たしかに昼間見た時は脆弱なステータスだったぞ! それに動きだって素人のはずだ。こんな風に戦えるはずがない!」


 あいにくと1時間前に得たばかりのステータスだ。

 そんな手に入れたばかりの力を簡単に扱えるのは、眷属になった時に得た『双刃術』が影響している。双刃術は、刃の長さを問わずに2本の刃物を持った時に扱い方を補正してくれるスキルだ。そのおかげでシルビアはプロの暗殺者が繰り出す攻撃を受け流すことができるし、どう動けばいいのかも分かる。

 俺が迷宮主になったばかりの頃は、上昇したステータスに戸惑って動き方が分からないということはなかったのだが、シルビアは双刃術がなければまだ強くなったステータスに戸惑ってしまうらしい。


「いったい、何があればこんなことが可能になる!?」

「愛の力よ」


 ……って何言っちゃっているの!

 たしかに契約時にキスはしたけど。言った張本人も恥ずかしさから顔を赤くして視線を逸らしてしまった。ちょっと、戦闘中に相手から視線を逸らすのはマズイ。


 闇纏いを発動させたデイビスの気配が薄まり、そこに残る。だが、本体は離れた場所へと走って行く。暗殺者として敏捷を鍛えていたおかげであっという間に屋敷の境界線である鉄柵まで近付く。逃げんのかよ。


「逃がすわけないでしょ」

「ぐっ……」


 シルビアの投げたナイフを背中に受けたデイビスがその場に倒れる。

 今投げたナイフは、俺が事前に渡しておいた新しい収納リングに収納されていたナイフによるものだ。双刃術が投擲にも影響を与えてくれるおかげで難なく当てることができ、ナイフには迷宮魔法で作り出した麻痺毒がたっぷりと塗られている。


 屋敷にいる兵士に助けられる前にデイビスへ近付く。

 シルビアがデイビスの体の上に足を置いて短剣を手の中で回す。


「で、こいつはどうするんだ?」

「フレブル子爵に引き渡すことにしましょう」

「いいのか?」


 父親を殺した犯人を生かしておいていいのか?

 シルビアにして殺したいほど憎い相手だ。


「こいつには殺人の犯人だけじゃなくて窃盗の犯人にもなってもらいましょう。その方が父さんも浮かばれます」

「了解」


 麻痺毒で喋ることもできないデイビスが視線だけで睨み付けてくるが、はっきり言って勝てないと悟って逃げ出すような相手に何の脅威も感じない。収納リングから取り出した縄で逃げ出せないように拘束する。


 シルビアの出番は、これで終わりだ。ここから先は俺の仕事だ。


「ええい、何をしているお前たち! さっさとそこにいる冒険者を殺さないか!」


 屋敷から傲慢な貴族が姿を現す。

 やっぱり、王都に来る途中で遭ったオークの死体を渡すように言ってきた貴族だ。


 さて、ボーバン準男爵には反省してもらうことにしようか。


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