第4話 真夜中の襲撃
ウィリアムを狙った暗殺者を退けた。
村に入る少し前から奇妙な視線を感じていたから警戒していたのだが、どうやら本物の暗殺者だったらしい。
誰に雇われたのかはこれから調べる。
「終わったか?」
「はい。無事に制圧しました」
暗殺者の存在についてはウィリアムも気付いていた。
ただ、俺が隠れて護衛していることを信じて寝たふりを続けてくれていた。事前に言ってしまうと気付いていると思われて相手を警戒させると思っていたため敢えて何も教えていなかった。
が、あまり意味のない行動だったのかもしれない。
「暗殺者を仕向けられるような理由に心当たりは?」
「個人的にはない。けど、僕の立場を考えるならある」
アルケイン商会の次期当主。
他者から恨みを買うような商売をしていないが、商売敵とも言える相手は多くいる。邪魔に思われれば消される可能性だって全くない訳ではない。
だからこそ祖父は俺たちに護衛に就くよう依頼して来た。
「だが、それも今日までの話だ」
「というと?」
「明日はクラーシェルに泊まり、明後日には帝国へ入る。さすがに王国の商人に雇われた暗殺者が国境を越えてまで行動を起こすとは思えない。だからこそ行動を起こすなら今日までだ」
けど、その言葉は逆の意味に捉えることもできる。
「今日中には始末しようと考えるんじゃないか」
「……」
答えはない。
それだけで答えになっているようなものだ。
「とにかく1階の食堂へ行こう」
既に襲撃の件はアイラたちから全員に伝わっている。
フレディさんたちはともかくとして私兵たちは全く気付いていなかった。
「状況は?」
着替えを済ませて食堂へ行くと全員が集まっており、フレディさんが尋ねてきた。
「一応、実行犯の暗殺者は捕らえた」
気絶させた二人を床に置く。
かなり乱雑に扱われたのだが、二人とも起きる気配がない。
「どうする?」
縄で拘束するなどは可能だ。
しかし、先ほどの動きから全くの素人という訳でもないので、多少の拘束程度では抜けられてしまう可能性がある。
尋問をしたくても起きてからでなければできない。
まあ、尋問については後回しでいい。
「アイラ」
「分かっているわよ」
二人を連れてアイラが迷宮へ消える。
脱出不可能な階層に置いて来るので下手な拘束よりも効果がある。そして、二度と出すつもりもない。
「実行犯は捕まえたけど、果たしてこれで終わりなのかどうか――」
――分からない。
そう言おうとしたところで村の外から怒号が聞こえてきた。
「な、何が起こっているんだ?」
私兵の一人が慌てている。
護衛なのだから冷静でいて欲しいところだが、普段の生活では絶対に聞くことがないような悲鳴が聞こえて来る。
「分かるか?」
ウィリアムが尋ねて来る。
家の中にいながらでも俺なら何が起こっているのか手に取るように分かる。
「気にしない方がいい」
「……そういう訳にはいかない!」
直前に暗殺が行われた事を考えれば無関係とは思えない。
たったそれだけの根拠で首を突っ込もうとしている。
下手に首を突っ込まれるよりも事情を説明して納得してもらった方がいいだろう。
「現在、村の入口が盗賊に襲われて占拠されている。門の前で警備に当たっていた兵士が奮戦しているようだけど、既に二人の兵士が犠牲になっている」
応援が来てくれたおかげで8人で対処している。
それでも盗賊の数は50人ほど。
とてもではないが、兵士のレベルでは盗賊に対処することができず村の中にまで入り込まれてしまうのは避けられないだろう。
「おやおや……」
俺の【聞き耳】スキルが盗賊の言葉を捉えた。
どうやら依頼人からウィリアムの暗殺を引き受けたのは盗賊団で、暗殺が失敗したことを暗殺者が戻って来ない事から把握し、第2プランとして用意しておいた村への襲撃へと変更した。
まあ、襲撃されている理由はウィリアムにある。
ウィリアムに責任はないが、原因はある。
「どうする?」
「……」
嫌な質問をする。
善意ある人間なら自分に原因があると知ればどんな反応するのかは分かり切っている。
「助けてあげて欲しい。追加で報酬が必要だと言うのなら払おう」
「その言葉を待っていた」
ニヤァと笑うイリスとノエル。
二人とも正義感の強い方だから盗賊に襲われて困っている人たちを見過ごすことができない。
とはいえ、今は俺の眷属であるためタダ働きするような真似は控えている。
「二人とも、手加減してやれよ」
「了解」
「すぐに片付けて来るわ」
いつの間にかいなくなったイリスとノエル。
しばらくすると野太い男の声で悲鳴が聞こえて来る。
そして――静かになった。
「はい、終わり」
「なに?」
戸惑うウィリアムへ他の人たちを連れて村の門がある場所へと向かう。
そこには50人近い盗賊が足を凍らされて動けないようにされていたり、気絶させられて地面に倒されたりしている。
ものの1分程度で制圧が終わってしまった。
対人経験の少ないノエル。
少しでも経験になればと思って行かせ、イリスまでサポートに付けたんだけど今のステータスだと練習にすらならないらしい。
「終わった」
「これからどうするの?」
二人も歯応えのない相手に戸惑っていた。
殲滅するところまではお願いしたけど、その先については言っていなかったからな。
二人には待機するよう言って目的の人物を探す。
「さて、一番偉い奴は誰かな?」
俺の言葉が聞こえた盗賊たちがビクッと震える。
グルッと見渡すと盗賊たちの中でも一際大きな体をした男がいた。
他の盗賊との配置が男を守るようになっているし、こいつが盗賊の中で一番偉い奴で間違いないだろう。
「あんたに聞きたいことがある」
「依頼人の事か?」
「ああ」
「言えば見逃してもらえるのか?」
チラッと門の方を見る。
そこでは襲撃の際に殺された二人の兵士の死体が転がっていた。
他にも兵士の全員が怪我をしている。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
交渉を持ち掛けてきた盗賊の腕にナイフを突き刺す。
「お前は交渉できる立場にないんだよ。俺にとって有益な情報を渡して少しでも機嫌を取る。今のお前にできるのはそれぐらいだ」
「わ、分かった。言う……! 依頼人を教えるから……!」
ナイフを突き刺した際に少しばかり威圧しただけで怯えてしまった。
効果は覿面だったらしく、情報を貰えることになった。
「クソッ……女ばかりの冒険者に男が一人。あんたが噂に名高い冒険者のマルスだな」
「……有名なのか?」
「少なくとも盗賊たちの間では絶対に手を出しちゃいけない相手だって知られている。たった数人で万を超える軍隊を相手にできるような連中を盗賊団がどうにかできる訳がないからな」
これまで盗賊に襲われるようなことはあまりなかった。それは向こうの方から接触を避けてくれたからみたいだ。
「そうか。じゃあ、依頼人について教えてもらおうか」
あまり興味もないので依頼人について聞く。
やはり、大きな商会が雇った盗賊で間違いないようだ。
「よし、素直に喋ってくれたみたいだし助けてあげよう」
ホッと胸を撫で下ろす盗賊たち。
命は助けてあげる。