第3話 ワズーリア
アリスターを出発してから3日目の昼過ぎ。
「今日はここに泊まります」
「そうか……」
長時間の移動で疲れたウィリアムが呟く。
初日はワクワクと馬車の中から外の景色を見ていたが、今はそんな体力が残っておらず休める場所を求めていた。
ワズーリア村。
長閑な村で、近くにある森から得られる植物を糧に生活をしている小さな村。
速度を重視した行程を組んだおかげで明日にはイリスの故郷であるクラーシェルへ辿り着けるので明後日には帝国へ入ることができるだろう。
馬車を村の中心へと進めて行くと村長が話し掛けてきた。
「これはこれは商人様。本日はどのようなご用件で?」
「旅の途中で立ち寄らせてもらった。もし、許可がもらえるなら商売をさせてもらえるだろうか?」
キリッとした態度で村長との交渉に臨むウィリアム。
先ほどまでの疲れた様子は見られないが、商人として交渉の場に疲れた顔で赴く訳にもいかないので場面ごとに表情を切り替えるのは必須技能らしい。
「ええ、こちらとしては冬の間は退屈しておりましたので村の者たちも喜びます。歓迎させていただきます」
小さな村ともなれば冬に限らず人が訪れることが少ない。
数少ない来訪が行商人なのだが、行商人も冬の間は外出を極力控えるようになる。
そうなると娯楽に飢えた村人が増える。
村の中へと歓迎されながら馬車を進める。
☆ ☆ ☆
村から宿泊場所として提供されたのは空き家だった。
ワズーリアには宿と呼べるような施設はなく、普段から行商で訪れた商人にも提供しているようなので中は大人数が泊まれるようになっていた。
――夕食前。
食堂に全員が集まっていた。
「ふむ。悪くない儲けだな」
ウィリアムはワズーリアでの稼ぎを数えていた。
村が狩猟で得た獣の皮や肉を購入し、逆に村へはアリスターから持って来た服や調味料が売れた。村人も自分たちだけでは用意できない物だと分かって気分よく買って行ってくれた。
俺は護衛として離れた場所からそんな光景を見ていた。
外への商売にはあまり出たことがないと言っていたウィリアムだけど、アリスター内ではしっかりとアルケイン商会の商売を手伝っていたおかげで交渉関係は得意だった。
「夕食はどうする?」
「そうですね――」
場所は提供されたものの食糧などは一切提供されなかった。村もいきなり訪れた商人を持て成せるほど余裕がある訳ではないので仕方ない。
「とりあえずこちらから提供しますよ」
道具箱から完成された料理を出す。
これまでの移動でも食事は道具箱から出していた。あまり目立つような行動は避けるべきだが、そもそも俺たちが特別な収納系のスキルを持っていることは冒険者の間では知られた事だ。道具箱に関しては今さら隠す必要性がない。
事前に作ってもらっていたパスタを人数分取り出し終えるとアイラが食堂に顔を出した。
「ど、どうした……!」
ただし、目元に手を当てて涙を流していた。
「ぐすん……シエラが、反抗期を迎えちゃった」
「なんだ……」
いつも通りの悩みだったのでスルーする。
アイラも空腹みたいなので俺の隣に座らせながら宥める。
「反抗期? どういう事だ?」
向かいに座ったフレディさんが疑問を口にする。
アリスターでも有名な冒険者である俺たちの娘なのでシエラの事も冒険者の間では知られていた。特にアイラが親しくしていた冒険者の中には本気で可愛がる者がいるぐらいだ。
「別に大したことではないですよ」
聞かれてしまったのはマズい。
さすがにアリスターから遠く離れた場所にいるのに直前まで自宅に戻っていたなんて知られる訳には……
「お前たちが収納系のスキルだけじゃなくて移動系のスキルを持っていることも知っている。何らかの制限はあるんだろうけど、自宅との間を行き来するぐらいの事はできるんだろ」
「あ、はい……」
さすがにスキルを使い過ぎたみたいで知られていた。
とはいえ、Aランク冒険者のいるパーティだという事を考えれば特殊な魔法道具の一つや二つを持っていてもおかしくない。リオが誤魔化していたように俺もそっち方向で誤魔化すことにしよう。
「アイラはさっきまで自宅に戻っていたんですけど、娘のシエラが自分よりも他の人に懐いていたから悔しがっているんですよ」
あまり人見知りをしないシエラ。
他の人に抱かれているところに母親であるアイラが自分の元へ来るように言ってもプイッと顔を背けられることがある。
その度にショックを受けて涙を流すアイラ。
いい加減に慣れるべきなのだが、シエラを溺愛するアイラは一向に慣れる気配がない。
「シエラもお腹を空かせていると思ったんだけど、あたしよりもシルビアの方がいいみたいで抱かせてくれることすらさせてもらえなかった……」
「それは……」
最近ではシルビアの方が留守番をしているのでアイラよりも彼女の方に懐いている。
パクパクと勢いよく目の前の料理を食べて行く。
完全にヤケ食いだ。
しばらくすると食べ終えて俺たちに宛がわれた部屋へと戻って行く。
「……そっちはどうだったんだ?」
見ていられなかったため話題を変える。
今日のメリッサとイリスは村人を相手に色々な物を売っていた。
「やはり『アルサムの弓』は一般人には手が出し難い代物なのかもしれません」
魔法道具ともなれば高価になる。
俺たちなら迷宮の魔力ぐらいしか元手が掛かっていないが、それでも相場通りの値段で売らないと変な勘繰りをされる可能性があるため低価格で売るような真似ができなかった。
それでも1本だけではあったが売ることに成功した。
「おおっ」
「ですが、多少の値下げはしました」
「ま、俺たちは弓を普段は誰も使わないし、死蔵させておくよりはいいだろう」
色々な物が残ったままになっている道具箱。
迷宮へ一気に放出するのも躊躇われたので機会があれば売りに出すつもりでいる。
「じゃあ、多少の儲けを出すことはできたんだな」
「商人の儲けに比べれば微々たるものです」
「それでもいいさ」
俺たちは商人ではない。
商品のやり取りで大きな利益をあげようとは考えていない。あくまでも小遣い稼ぎの一環だ。
「明日も早いんだし、今日のところはメシを食ったら寝ることにしよう」
☆ ☆ ☆
足音を立てることもなく二人の男が空き家の廊下を歩いている。
二人とも全身を真っ黒な服で覆っており、真っ暗な家の中の闇に紛れている。
ある部屋へ向かうと懐から取り出したナイフを鞘から抜く。
狙いはベッドで寝ている青年――ウィリアムだ。
「お前に恨みはない。だが、これも仕事なんでな」
一人が周囲を警戒している間にもう一人がナイフを寝ているウィリアムに突き刺すべく振り下ろす。
「悪いけど、護衛対象を殺される訳にはいかないんだ」
「……!?」
急に現れた相手にナイフを持っていた手首を掴まれて男が動揺する。
目の前にいる全身真っ黒な男――おそらく暗殺者なんだろうけど、この程度の事で動揺しているようじゃあ暗殺者としては失格だ。
「お前は――」
「寝ていな」
――ドス!
暗殺者の腹に拳を叩き込む。
暗殺者もそれなりに鍛えられており、一般人よりも強いのだろうが俺の相手ではない。
ナイフを突き刺そうとしていた暗殺者が崩れ落ちる。
その間に周囲を警戒していたもう一人が飛び掛かって来る。
もう一人のナイフを手で掴んで奪い取る。
「なっ……」
防御されることは考えていた。
けど、武器を奪い取られるとは思っていなかった暗殺者は致命的な隙を晒す。
そうしている間に同じ方法で気絶させる。
「さて、どうしたものか――」
暗殺者の言葉から依頼を誰かから引き受けたのは間違いない。
暗殺対象は――ウィリアムだ。
「ただ、襲撃がこの程度で終わるとは思えないな」