第2話 アルサムの弓
――1週間後。
商人の護衛。
出発そのものは決まったとしてもすぐに出発できる訳ではない。
「今回はよろしく頼むよ」
にこやかな笑顔を浮かべて対応する青年。
「お久しぶりです」
挨拶をして来たのはウィリアムだ。
会ったのは数える程度だが、従兄弟ということでにこやかに接する。
「それにしても予想していたよりも大規模な移動になりそうですね」
「そうかな?」
ウィリアムの移動は馬車で行うことになる。
彼が利用することになる馬車は頑丈に造られている商会の特製馬車で、商品の運搬中に盗賊の襲撃があったとしても最初の一撃ぐらいなら凌げられるようになっている。
そうして凌いでいる間に護衛が盗賊を切り伏せる。
今回の移動には、ウィリアムの乗る馬車以外にも4台の馬車が同行する。
最大の目的はウィリアムを他国まで連れて行って勉強させることだが、その間にもしっかりと利益を出すつもりらしい。
つまり、商品を運んで途中の村や街で売り捌きながら移動する。
「同行は構いませんが、移動を優先させます。宿泊や休憩の為に立ち寄った場所で商売をする分には文句を言いませんので自由に商売をして下さい」
「ありがとう」
計5台での移動。
そうなると護衛が大変になりそうなのだが、なにも俺たちだけで護衛をする訳ではなかったみたいだ。
離れた場所ではアルケイン商会に雇われた冒険者のフレディさんたち5人がいる。
他にも個人的に雇っている兵士も数人いる。
護衛に12人もいれば大抵の問題は切り抜けられるだろう。
「これだけいれば大丈夫だろうな」
「……何が?」
小さく呟いた声が至近距離にいたことで聞かれてしまった。
「実は、商人としては恥ずかしい話なんだけど僕はアリスターから遠く離れたことがなくてちょっと緊張しているんだ」
これまでは拠点で本部の商売を手伝っていただけのウィリアム。
そう言えば以前の家族旅行でも商会に残って仕事をしていたせいで温泉街であるフェルエスでさえもいけなかった。
「そういう訳で頼むよ」
☆ ☆ ☆
――ガタゴト。
馬車が走る音が中にいても聞こえて来る。
商隊の中心を走るウィリアムの馬車。さらに馬車を囲うようにして4台の馬車が前後左右を走っていた。万が一の場合にはウィリアムだけでも真っ先に逃がせるようにという措置だ。
中心の馬車にはウィリアムが乗っている。
ウィリアムの護衛である俺たちも馬車に乗っているのだが、アイラは運動の為に馬車の外を走って警戒している。同じくノエルも外を走っているのだが、理由はアイラと違って馬車に乗っている間に気分が悪くなってしまったからだ。『巫女』として厳しい修行に耐えてきたノエルだったが、遠出するようなこともなかったため馬車の揺れにやられてしまった。
結果、俺とメリッサとイリスだけが取り残されることになった。
「暇だ……」
ウィリアムが呟いた。
アリスターから遠く離れたことがないだけで近くの村ぐらいまでは移動したことのあるウィリアムは馬車の移動に体を痛めるようなこともなければ、酔ってしまうようなこともない。
そうなると暇を持て余して退屈になる。
「ふむ……」
退屈しのぎに立ち上がると後方を警戒していたメリッサの隣に腰掛ける。
すると、楽しそうに話し掛け始めた。
「はぁ……」
気付かれないように溜息を吐くメリッサ。
仕事には真摯だし、美形なので女性からの好感度は高い。そのため多くの女性に手を出していた。もっとも、手を出すと言っても会話を楽しむ程度で一線を越えるような関係にはならない。
「次期会長になる事が決定している身です。軽率な行動は控えるべきだと思います」
子供も男の子が生まれたし、次期会長になる事は実質決定している。
ただ、本人としては日頃の商売での鬱憤を晴らす意味で女性と楽しみたいと思っているらしい。
メリッサから視線を向けられる。
助けを求められているようなので立ち上がる。
「ウィリアムさん」
「なんだい?」
「俺たちとあなたの関係性は、たしかに依頼を引き受けた冒険者と依頼主で間違っていません。暇だと言うのなら会話に付き合ってあげるのも構いませんが、ウチのパーティメンバーに手を出すような真似は控えて下さい」
「これぐらいはいいじゃないか」
窘めたつもりなのだが、反省した様子は見られない。
これ以上、言っても意味がない。
『ちょっと付き合ってくれるか?』
『はい、道具箱を出して下さい』
メリッサには申し訳ないが、彼の要求に少しばかり応えることにする。
ウィリアムの聞かれないよう要望は念話で伝え合う。
言われるまま道具箱を出現させる。
さっき立ち寄った村や街で商売をすると聞いた後でイリスが馬車の中で何やら整理していたのを見た。
その時のままになっているのでメリッサの用事も整理された物にあるのだろう。
ゴソゴソと漁っていると一つの弓を取り出した。
「これが分かりますか?」
取り出した弓をウィリアムに見せる。
「これは――アルサムの弓ですか?」
狩猟神アルサム。
狩りで有名な神様でアルサムが放った矢は、狙った相手をどこまでも追い掛けて射貫く矢だと言われている。
森の中で狩猟を行う者の多くが信仰している神で、彼の神の伝承に倣った弓矢が造られることが多い。しかも伝承に倣っているだけあり、魔法効果が付与されている。
中でも有名なのがメリッサの持つ『アルサムの弓』だ。回数制限はあるものの放たれた矢を曲げることができる。
「途中の村で売れますよね」
「そうだね。どうしても泊まる為に村へ立ち寄らなければならない。たしか明日立ち寄る予定の村では狩猟が盛んに行われていると聞いた。そういった人たちを相手にすれば売れるだろうね」
しかも大金で売れることがある。
曲げられる回数によって売却額はまちまちだが、この『アルサムの弓』なら間違いなく大金で売ることができる。
「僕は商人であって鑑定士や魔法使いではないから魔法効果には詳しくないんだ。だからどの程度の力を持っているのか不明なんだけど、どれだけの回数を曲げることができるんだい?」
「無限です」
「無限?」
正しくは使用者の魔力が持つ限りである。
放った矢と使用者の間に特殊なパスを繋ぎ、魔力を流し続けられる限り自由自在に飛ばすことができる。
そうなると弓矢ではないかもしれないが、弓から矢を放つことには変わりない。
凄い性能を備えている弓矢だが、1回の使用に魔力を大きく消耗する。
体を鍛えた狩猟者と言っても2、3回の使用で限界が来てしまうだろう。
「そこまでの強さは求めていない。普通の狩猟者なら2、3回も曲げることができれば十分だ」
「大丈夫です。そっちの方も用意してあります」
メリッサから再び念話で要望が届いたので宝箱から道具箱へ効果を弱くした『アルサムの弓』を渡す。
これなら一般人でも使用することが可能だ。
いきなり出てきた10個の弓を前にしてウィリアムが驚いている。
「全部でいくつあるんだい?」
「……10個ですね」
出そうと思えばいくらでも出せるが、負担を考えて10個にしておいた。
「これだけの『アルサムの弓』を一体どうしたんだい?」
「私たちは冒険者として迷宮に潜っています。下層まで行ける冒険者が少ないので40階や50階を探索している最中に見つけました」
一度曲がる程度の効果を持った『アルサムの弓』なら腕のいい錬金術師なら作成することができる。
だが、効果の強くなった物は迷宮のような場所から発掘されるのを待つしかない。
幸い、迷宮から出てきたという話をウィリアムは信じてくれた。
「よろしければ、どのように売ればいいのか教えて貰えますか?」
「いいだろう」
頼られて上機嫌になったウィリアム。
それがメリッサの策略だとも気付かずに煽てられている。
冒険者として依頼主を退屈させる訳にもいかなかったため頼られているという体で話を聞き出していた。