第27話 留守番の寂しさ
帝城にある一室へと入る。
滞在中は自由に使っていいとされている客室だ。
「失礼するぞ」
「どうぞ……」
部屋の中から聞き慣れた声が聞こえる。
中に入ると不貞腐れた様子のシルビアがソファで横になっていた。
不貞腐れている理由は簡単だ。今回、魔石の探索ということで本来ならばシルビアが最も活躍できるはずだった。ところが、体調を考えて留守番をしていなければならなくなった。
寝ているシルビアの服装は体の事を考えて緩やかな物なのだが、ベッドには以前にも着たドレスが広げられていた。最初は参加するつもりだったのだが、やはり体調の事を考えればパーティーすらも辞退せざるを得なかった。
「そんなに落ち込むなよ」
「そういう訳にもいきません。今回は参加していればわたしが活躍できたはずなんです。それなのに……」
シルビアも当然のように俺が怪我をするところを見ていた。
あの時、メリッサとイリスが怒っていたようにシルビアも自分で殴り掛かりたいほどに怒っていた。
ソファに寝ていたシルビアが起き上がる。
せっかくなのでパーティー会場から貰って来た食事を出す。持ち運びには道具箱を経由しているので冷めているようなこともない。
手を付けたのは海鮮系のパスタだ。北部には海があるらしく、そこで獲れた魚介類を使用したパスタが名産として有名だと聞いた。
シルビアがパスタを口に運ぶ。
これまで様々な料理に挑戦して来た彼女は、一度食べた物の味を再現しようと努める。現にこれまでいくつもの料理を俺だけを満足させる為だけに再現して来た。
ただ、今回は微妙な顔をしている。
と言うよりは戸惑っている。
「美味しい、ですよ……」
絞り出すような感想。
「やっぱり辛いんだな」
放っておけなかったので隣に座る。
アイラとノエルも向かいのソファに座っていた。
シルビアは俺の言葉に対して静かに頷いていた。彼女の場合、妊娠の影響が強いらしく味覚の変化によって料理に影響を及ぼしているので大変になっている。
「アイラが羨ましい……」
「あたし? あたしは妊娠した影響なんて全然なかったわね。むしろ、言われるまで妊娠していることに気付かなかったぐらいだもの」
それは、それで問題だ。
こういうのは個人差があるためどうにもならない。
アイラは本当に影響が少なかったので日頃から体を動かしていたし、出産直前まで大きく体調を崩すようなこともなかった。
「体質の問題もあるんだろうけど、シルビアが妊娠しているのはあたしと違って双子でしょう? 単純に人数が倍になっているから負担も大きくなっていると言えなくもないからね」
「そうなのよね……」
結局、少しだけ食べて料理の皿を置いてしまったシルビア。
道具箱の中にしまう。これは後で俺が処理しよう。
「失礼します」
シルビアが再び横になる。ただし、今度は俺の膝を枕にしていた。
「おい……」
「これぐらいはいいではないですか」
まあ、何かある訳でもないから問題ない。
サラサラしたシルビアの髪を撫でていると落ち着いて来たのか眠たそうにしていた。
「今回の報酬はどうだったのですか?」
「ああ、良かったよ」
当初の約束通りに迷宮の魔力を譲ってもらえた。
さらにレンゲン一族を譲り渡したことによる追加報酬も魔力で貰えた。
「後は全く想定していなかったんだけど、カルテア山を貰えることになった」
「それは、討伐した魔物の素材としてですか?」
討伐依頼の最中に倒した魔物の素材は討伐した者に所有権がある。
今回、カルテアを討伐したのは俺たちだ。ただし、公的文書には詳しい事を書かないようにしてもらえるよう要請した。リオも要請を承諾してくれたので俺たちの名前は一切表記されないことになった。
そうなると問題になるのがカルテアの所有権だ。
所有権の一切を放棄する代わりに金を貰うことになった。
「詳しい金額についてはこれから査定することになるけど、莫大な資産になるのは間違いないだろうな」
なにせ山一つ分だ。あの山には貴重な鉱石だってあったみたいなのでいくらになるのか想像もできない。
「でも、そうなると損をしたのはカルテアが元々いた場所の領主よね」
「どういう事だ?」
「だって、移動するまではその領主に利権があった訳でしょ。領主が得ていた利権が丸々別の人に移動することになるんだから」
アイラの言う通りだ。
カルテアの移動によって最も損害を被っているのは元々いた場所の領主だ。
とはいえ、移動してしまった後では何もできないのでどうすることもできない。さすがに俺たちでもあの巨体を移動させるのは不可能だ。
「とんだ寄り道にはなったけど、ちゃんと報酬は得られたんだ」
「うん……」
「だから何か回復系の魔法道具に頼ってもいいんだぞ」
迷宮には宝物として様々な魔法道具がある。
中には回復系の魔法道具もあり、装備するだけで体調不良が緩和される物もある。もちろん妊娠時の体調不良にも有効だ。
「いいえ、止めておきます」
しかし、シルビアは俺の提案を頑なに拒否する。
決して魔力に余裕がない訳ではないので出すぐらいなら問題ない。
「でも、そんなに具合が悪いなら問題なんじゃないの?」
ノエルが心配していた。
神殿に仕える『巫女』として無事な出産を願う多くの信者を迎え入れていたノエルは妊娠がどれだけ大変な事なのかアイラの次ぐらいには理解していた。
「今日はちょっといつもより具合が悪い程度で問題ない。それよりも、せっかく手に入れた魔力をわたしなんかの為に使ってもらう方が落ち着かないわ。それに今回の一件で分かったでしょ」
俺も決して最強ではない。
カルテアの魔石のように強ければ怪我を負うことだってある。
「魔力は少しでも温存して迷宮を強化させることに使用するべき」
迷宮を強化……深くすることに成功すればステータスも上昇する。
また、強力な魔物を召喚できるだけの魔力があれば、そのまま戦力にすることができる。
どちらも膨大な魔力が必要になる。
「とはいえ、そんな姿のお前を見続ける訳にはいかないんだ」
有無を言わさずに宝箱からあるペンダントを取り出す。
五角形の星を象った金色のペンダントは、光を受けると薄らと光り輝いていた。
「ちょっとしたお守り代わりだ」
「けど……」
「もう魔力を使ってしまった以上は返品も受け付けないぞ」
一度出して使用してしまったせいか【魔力変換】しても出す時に消費した魔力が戻って来る訳ではない。それならば有効に使ってもらった方がいい。
「それに少しは体が楽になったんじゃないか?」
ペンダントには僅かながら体調を回復させる効果が付与されていた。本当に微々たる効果しかない。それでも何もないよりはマシな状態になっていた。
「妊娠したこと後悔しているか?」
「それだけは絶対にあり得ません!」
膝の上で寝たまま激しく首を振るシルビア。
「わたしが自分で望んで、自分から受け入れたんです」
シルビアの場合は『妊娠促進薬』を使用して妊娠している。
さすがにそれで俺に責任を押し付けられても困る。
とはいえ、何もしない訳にはいかない。
「他に何か困ったことがあったら言えよ。今後は帝国からもカルテアを討伐した報酬として継続的に色々な物が得られるようになったんだ。多少の散財ぐらいは許されるぞ」
ペンダントのように必要があれば出すことができる。
たとえ、体調不良のせいで参加できなかったとしてもパーティ全員で報酬は均等に分けるという約束だ。
欲しい物があったら叶えるぐらいの我儘は言わせて欲しい。