第24話 山からの脱出
マグマの中で溺れてしまったせいで判別し難いが、魔石の気配が確かに消えた。
これでカルテアの討伐は完了となる。
「な、なに……?」
魔石の反応が消えた数秒後、地面が揺れる。
火口付近に立っているのはあまりに危険なので離れて草木の生えている広場へと移動する。
地震のような揺れは一向に収まる気配がない。
その時、火口から岩が吹き飛んで来た。
「まさか、噴火か?」
「いえ、あそこは単純にマグマを流しただけですので噴火することは絶対にあり得ません。おそらく、マグマが何らかの反応を起こして爆発。あの場には大量の岩石が転がっていましたから、その一つが吹き飛ばされてきたのでしょう」
マグマをそのままにしておくのは危険な気がするが、排除する方法も思い浮かばないのでこのままにするしかない。
少々メリッサらしくない荒い方法だ。
「一体、この揺れは何なの?」
「そうか。魔石が破壊されたからカルテアが機能を停止させたんだ」
「うん? 機能を停止させたっていう事は動かなくなるんじゃないの?」
今が緊急事態であることにようやく気付いた。
ノエルはよく分かっていないみたいで首を傾げている。が、他の眷属は危険であることが分かったらしく顔を顰めていた。
「私としたことがすっかり忘れていました」
特にトドメを差したメリッサはどうなるのか考えていなかったことを本気で後悔していた。
「何が起こるの?」
「魔石を破壊された魔物は倒されたことになるんだ」
「……どこがおかしいの?」
「倒されるんだよ」
魔石を喪失して動けなくなった魔物は、その場に『倒れる』ことになる。
「あ!」
ノエルもようやく気付いた。
起き上がろうと必死に足掻いていたカルテアだったが、魔石を喪ったことによりそのまま倒れることになる。
地面に倒れたままの状態ならば問題なかった。
しかし、中途半端に立った状態で止まってしまったため倒れてしまう。
そんな事を考えていると地面が傾き始めた。
「……脱出!」
山の斜面を駆け下りる。
一般人では考えられないステータスのおかげで物理的に傾き始めた斜面を走っても苦にならない。
走っていると俺たちと同じように倒れる山から逃げようとしている魔物が見える。既にカルテア山は、沈没する船のような物。海と違って投げ出される先は硬い地面であるため生き残れる可能性も低い。
逃げている魔物には狼、鹿、虎と様々な魔物がいる。
ただ、どの魔物もカルテアが放つ魔力に耐える為に防御力を優先させているため動きが遅い。このままだと、どの魔物も脱出は間に合わないだろう。
「それを言うならあたしたちもなんだけど……!」
後ろを走るアイラが叫ぶ。
倒れるカルテアはどうやら左側の方が重たかったらしく、左から先に地面に付こうとしている。
このまま走っていても斜面の角度が走れる限界を越えてしまう。
俺とメリッサは飛べるからいい……と言えるほど単純ではない。走る先には木や岩など障害物となる物があるため真っ直ぐに飛ぶことができない。むしろ安全性を考えると走った方がいい。
それに飛べないアイラたちを置いて行く訳にはいかない。
「仕方ありません。主の脱出を最優先にしましょう」
「何を考えている……?」
眷属の4人が立ち止まる。
まず、イリスが聖剣を地面に突き刺して冷気を地面に走らせて氷の道を作り上げた。凍らされた道は下の方にまで続いており、あっという間に滑走路ができ上がっている。
その間にメリッサが魔法でソリを造る。造られたソリは木を加工して作られた物で滑り易く造られており、先端に掴まっていられるよう上へ突き出した取っ手が付けられている。そして、速度を重視させる為に小さく一人用で造られている。
一人用、さらに先ほどの言葉から乗るのは俺だろう。
何も言われていないが、ソリに乗ると取っ手を掴む。
体を固定させるには心許ないが、何分急な作成だったために我慢するしかない。
「やぁ!」
ノエルが錫杖で傾き始めた地面を叩く。もちろん、ただ叩いているだけではなく【災害操作】によって地震が起こされている。いくら地震を伴っていたとしてもカルテア山の大きさを考えれば微々たる攻撃。それでも傾き始めた斜面を一時的に抑えられた。
「さっさと行きなさい!」
「ちょ……」
最後にアイラがソリに乗った俺の背を押す。
眷属の中で最も力のあるアイラに押されたことによって勢いよく滑り出す。
イリスの魔法によって造られた氷の道は途中にある木や岩といった障害物を避けながら造られており、何度もクネクネ曲がりながら走る。
「いや、これってどうするつもりなんだ……?」
眷属の中では意思疎通が図れていたみたいだが、俺には彼女たちが何を目的にソリを走らせたのか分からない。
そもそも、このまま走っていたところで下山できるわけではない。
道は単純に山の外側へと向けられていた。
延々と斜面が続いている訳ではない。
すぐに途中で登って来た崖に辿り着くことになる。
「げっ……!」
現に20秒ほど走らせていると道が途切れていた。
その先にあるのは崖だ。
ただし、崖の先へと道が10メートル続いている。魔法で造り出したと言っても何もない場所に道を造るには10メートルが限界だった。
ソリがそのまま空中に造られた道へと走って行く。
「そういうことか!」
ようやく眷属の意図が分かった。
彼女たちの目的は俺を山から放り出すこと。
道のない場所を走ろうとしている光景に思わず力強く取っ手を握ってしまう。
「げっ……」
しかし、それが良くなかった。
急造のソリでは俺の力に耐えられず取っ手が粉々に砕けてしまった。
ここから先は自分のバランス感覚だけを頼りに進まなければならない。
崖の先へとソリが飛び出して空中へと放り出される。
飛び出した時の衝撃でバラバラに壊れるソリ。
空中にある残骸を蹴って前へ出る。
下にはまだカルテア山がある。何も力がないならば地面に叩き付けられるしかなかった。だが、俺には彼女たちの期待に応えられるだけの力がある。
「【跳躍】」
視界内ならばどこへでも移動することができる【跳躍】。
次の瞬間にはカルテア山が遠くに視える場所へと移動していた。
「脱出は成功だな」
ゆっくりと地面に落ちて行くカルテアの足が見える。
現在いるのは何もない空中。とにかく遠くへ移動する事を優先させた為に空中へと移動していた。
「さて、次はあいつらを喚び戻さないとな」
崩れるカルテア山に残された4人。
【召喚】を使用して傍に喚び寄せる。
向こうの準備は既に整っていたらしい。近くに出現したメリッサはイリスを抱えているし、アイラはノエルと手を繋いでいる。俺に回収しろとの要求だ。メリッサのように二人を抱える。
改めて4人の様子を確認してみる。
離れていたのは1分にも満たない時間だったが、崩落する山に置き去りにしてしまったので怪我をしていないか心配になってしまった。4人とも崩れる山にいたせいで埃を被っているものの怪我らしいものは見当たらない。
ホッと安心しながら風を巻き起こして落ちる速度を緩めると地面に着地する。
「ふぅ」
空を飛んでいた時間は十数秒程度なのだが、それまでに揺れる地面の上にいたせいでしっかりとした大地の上に立つと安心できる。
――ズゥゥゥン!
カルテアが完全に沈んだ。
こうしてみると普通の山にしか見えない。
いや、魔石が破壊されたことによって魔物の抜け殻……カルテアの場合は山だけが残されることになるので、今となってはただの山でしかない。
これでカルテアの討伐は終わった。
「疲れた」
地面にペタッと座り込む。
ダメージを負った訳ではない。
それでも慣れない場所で戦闘をしたせいで疲れた。