第15話 眷属契約
ラルドさんの亡骸を前にして泣き続けていたシルビアだが、いつまでもこのままというわけにもいかない。
「シルビア、とりあえずラルドさんの遺体だけど……」
「どこかに埋葬するなりしないといけないわね。でも、できることなら家族の傍できちんとした場所に埋葬してあげたいけど……」
王都から運び出すのは難しいと考えているようだけど、こっちには収納能力に優れた魔法がある。
シルビアの気持ちは分かるだけに協力するのは吝かではない。
「もし、よければご家族の下まで俺が運んでやるよ」
「あ、収納リング……お願いするわ」
「分かった」
ただし、使うのは収納リングではなく、道具箱の方だ。
収納リングの中には生物を入れることはできないが、死体は生物と見做されないらしくいれることはできるが、俺の収納リングでは収納限界があり、既に色々と入れている状態では成人男性を入れるのは難しい。というか無理。
というわけで魔法陣から道具箱を出してラルドさんの遺体に触れると道具箱の中に収納する。
「これは収納リング以上の収納力を持つ俺の魔法だ。遺体はしっかりと家族の下に届けるから」
「お願いします」
俺の言葉を聞いて安心しているかと思えば何かを決意したような鋭い目つきをして立ち上がった。
これは……
「襲撃者の所へ行くつもりか?」
「はい。ですので、父さんの場所を突き止めたあの魔法道具を貸して下さい」
シルビアが頭を下げて振り子を貸してくれるようお願いしてきた。
たしかにあれがあれば襲撃者の現在位置を突き止めることができる。シルビアにはラルドさんの現在位置を探す為に使用させているので、使用条件や効果について簡単にだが知っている。
襲撃者は、俺に気付かれることなく尾行し、俺の姿を遠くから見ただけでも俺を相手にするのが危険だと判断できる実力のある暗殺者であるが、一度その姿を晒してしまった以上振り子から逃れることはできない。
試しに使ってみると貴族街の方へ向かって移動しているのが分かる。
だからこそ使わせるわけにはいかない。
「命令だ。『ラルドさんを襲撃した相手を追うことを禁止する』」
「なっ!?」
俺が突然告げた命令内容を聞いて言葉に詰まってしまう。
もしも、シルビアが俺の命令に反して襲撃者を追うような真似をすれば首輪が絞まり、苦しみのあまり動けなくなる。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、そんな酷いことするの!?」
酷いこと、か。父親を殺された娘として敵討ちに行きたいんだろうが、今のまま行かせるわけにはいかない。
「追ってどうする? 敵はプロだ。お前のステータスじゃあ、絶対に敵わないぞ」
わざとらしく見せびらかすように1枚のカードを見せつける。
「そ、それ……わたしのステータスカードじゃない!?」
身分証も兼ねているんだから持っていないことまで忘れたらいけないだろ。
ま、失くしたのは奴隷になった時で、その時はステータスカードを気にしているような状況じゃなかったし、その後もあっという間に色々とあったから忘れてしまったのかもな。
「奴隷のステータスカードは奴隷商に売られた時に没収される。身分を保証するのも主人になるから奴隷には必要がなくなるんだ。お前のステータスカードは俺がずっと持っていたんだよ」
見せてもらったステータスは一般的な村娘のものだ。
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名前:シルビア
年齢:15歳
職業:奴隷
性別:女
レベル:3
体力:48
筋力:22
敏捷:31
魔力:19
スキル:なし
適性魔法:なし
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冒険者になる前の俺よりも低いステータス。スキルもなければ魔法もない。そんな状態でプロの暗殺者を相手に勝てるわけがない。
これでも父親のラルドさんから娘のことを頼まれたのだから無駄に死なせるような真似はしない。
「じゃあ、どうすればいいの!? このまま手をこまねいて見逃せっていうの?」
「ま、奴を倒すだけなら簡単だ。俺から逃げることはできないんだから、俺が倒してしまえばいい」
さっきはラルドさんの治療があったから逃がしたが、手加減なしに戦えば簡単に倒すことができる。ただし、それはしない。
「けど、それでお前は満足か? 父親の仇を自分の主人とはいえ、他人に討たれてお前は満足できるのか?」
「それは……」
満足できないだろう。
たとえ、その時は納得することができたとしてもその後の人生において彼女の中に一生しこりのように残り続ける。
「もしもお前が望むならあの襲撃者すら圧倒できるだけのステータスをやる」
「え?」
ステータスの増強など簡単にできないのが常識なだけにシルビアが戸惑う。
ステータスは主に体を鍛えることで体力が鍛えられたり、魔法の練習をすることによって魔力が鍛えられたりする。時々、色々な経験を積んだり、魔物を倒したりすることによってレベルが上がった時にステータスが大幅に上昇する。
他には装備品を得ることによってステータスカードには現れないステータスの増加が見込まれることがある。それでも素人ながらにシルビアと襲撃者の間にある実力差が大きいことは理解していた。
それほど簡単に埋められるステータス差ではない。
『もしかして、あのスキルを使っちゃうの?』
迷宮核が驚いているようにシルビアを購入した時に新しく得たスキルを使用すればシルビアのステータス増強が可能だ。
本当は使うつもりなんてなかった。
このスキルはメリットが大きいが、それ以上にデメリットが大きい。
「俺の使えるスキルの中に『眷属契約』っていうのがある」
「それを使えば強くなれるの?」
「それは間違いない。具体的に言えば1000以上のステータスが手に入る」
「1000……」
それは、もう冒険者で言えば超一流と呼べるレベルの実力だ。
「ただし、このスキルを受け入れると俺を主として俺の命令には今まで以上の力によって逆らえなくなるし、俺が死んだ時にはお前も死ぬようになる。その逆はない。つまり、完全な奴隷になるようなものなんだが、受け入れるはずがないよな」
『眷属契約』は、強制することはできない。あくまで相互に主人と眷属を受け入れなければ契約は成されない。
「もう1度聞くけど、その……眷属になれば、あいつよりも強くなれるの?」
「ステータス上では圧倒できることは保証しよう」
襲撃者がラルドさんと戦っている姿は僅かにだがサンドラットの目を通して見させてもらった。奴は、暗殺に優れたスキルを持っていて敏捷に特化しているが、他は500もあればいい方だろう。
問題は、奴が暗殺者で戦闘にも慣れていることだ。ステータス差を覆せてしまうほどの経験が向こうにあれば負けてしまうかもしれない。勝敗の行方などはっきりと断定することはできない。
「分かった。その眷属っていうのを受け入れる」
「本当にいいのか? デメリットなんて全くない俺が言うのもなんだけど、よく考えた方がいいぞ」
「よくよく考えるとわたしみたいな村娘が金貨42枚なんて大金を返す為には働いて得たお金を一生渡さないと返し切れないような金額なのよね。だから一生返済生活を続けるのと大差ないような感じだし」
言われると大変な要求を突き付けていたんだな。
たしかに俺も金貨10枚の借金を返済する為に迷宮へ潜ったけど、シルビアのステータスだと迷宮に挑むことすら難しいレベルでステータスが低い。一獲千金を夢見ることすらできない。
ただ、受け入れてくれたのは嬉しいんだけど、最大の問題が残っているんだよな。
「えっと……眷属契約をする為には……キスをする必要があるんだよね……それもディープな奴」
「え?」
言葉尻がどんどん小さくなっていったが、シルビアにも眷属契約に必要なことが聞こえたらしく、顔を赤くしていた。
「いや、主人と眷属を認識する為に相手の情報を交換する必要があるんだけど、その為に一番効率的なのが粘膜接触なんだよ」
『ヘタレちゃダメだよ~』
ヘタレと呼んでもいいのでこれ以上俺に変な心労を掛けないでもらえますかね。
一番効率のいい方法がキスだと言ったが、もっと効率のいい方法は別にあって、そっちの方がステータスの上昇も大きい。ただ、童貞の俺にはハードルがキツイです。
「強くなるためとはいえ、キスをするなんて嫌だよな。やっぱり、やめ……」
止めようか、と提案しかけたところで両頬をガシッと掴まれてシルビアに唇を奪われてしまった。そのまま舌が侵入してお互いの舌が絡みつく。
『もう、最後の瞬間にヘタレるから女の子の方から積極的に動いてくれたんだよ。主もさっさとスキルを使用する』
突然の事態に目を見開いて驚いていたが、迷宮核から言われて急いでスキルを使用する。
俺とシルビアの間に見えない繋がりのようなものができた感覚ができあがる。シルビアの方でも感じ取ることができたらしく、閉じていた目を開いていた。
やがて、シルビアが手を放して俺から離れていく。
2人の間に唾液の糸が繋がっているが、気にするとまた顔が赤くなってしまう。
「なんだか、すごく不思議な感覚……」
唇を人差し指の先でなぞりながら呟く。
そんなことを言うと意識してしまうだろうが。
「それから嫌じゃないから。いくら簡単に強くなれるからとはいえ、誰とでもキスをするような女じゃないわよ」
「ほら、ステータスを確認してみろ」
そんなことしか言えない。
ステータスカードを渡す前に確認したが、これなら勝てるだろ。
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名前:シルビア
年齢:15歳
職業:迷宮眷属 奴隷
性別:女
レベル:3
体力:1278(48)
筋力:1422(22)
敏捷:1361(31)
魔力:1699(19)
スキル:迷宮適応 双刃術
適性魔法:迷宮魔法 迷宮同調
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第4章のリザルト
・眷属シルビア