第21話 崩落する道
頂上が見える。
ここからは緩やかな斜面を歩いて登って行くことになる。
「ねぇ、真っ直ぐ頂上へ向かっているけどいいの?」
メリッサとイリスは今も下の方を探索している。
俺たちの方でも分担して探索をしなくていいのかと聞いている。
「たしかに下の方にあるかもしれない。けど、さっきのカトブレパスみたいに強力な魔物を態々生み出したんだ。カルテアの魔力だってギリギリまで使い果たしたはずだ」
単純な思考をしているカルテアならカトブレパスの役割は門番。
その先にこそ見られたくない物がある。
魔物と遭遇することもなく上へ向かう。
――ガラガラガラ!
突然、地震が起きたように地面が揺れる。
カルテアの上にいる以上、普通の地震は絶対にありえない。地面が揺れるとしたらカルテアが動いた時だ。だが、背中の上から感じられる気配からカルテアが動いていないと分かる。
「きゃっ」
足元が崩れる。
崩れたせいでノエルが崖から落ちるようになる。
今いる場所はカルテアの支配した空間。特殊な鉱石を利用して土壁を生み出すことによって侵入者の脱出を阻むことができるのなら足場を一瞬にして崩落させて落とすことだって可能だ。
「ノエル!」
「掴まれ!」
落ちたノエルの左腕を掴む。
同時にアイラもノエルの右腕を掴んでくれた。
どうにか落下は免れたようだ。
「ありがとう」
「絶対に下は見るなよ」
「え……」
足元はいつの間にか脆い場所になっていたのかノエルの下には50メートル近く何もなかった。もしも、落ちてしまえば無事では済まされない。
何よりも崖を登っている間は怯えていたノエルに自分の足元がどんな光景になっているのか見せる訳にはいかない。
「だから見るなって言っているだろ」
「……分かった」
思わず下を見そうになったノエルを叱る。
命令までしていないが、強い口調で言われたことによって聞き入れてくれた。
「今、引き上げるからな」
向かおうとしていた道は20メートル先まで崩落している。
まずはノエルを引き上げるしかない。
ノエルが山道へ戻された瞬間、脱力したように尻餅をついてしまった。
「怖かった~」
獣耳と尻尾がペタンと垂れてしまっている。
本当に怯えた時の癖だ。
「もう、大丈夫だからな」
「よしよし」
アイラと協力して怯えるノエルを宥める。
――ピシッ!
……ん?
「何か音が聞こえなかったか?」
「ちょっと怖い事を言わないでよ……」
音が聞こえたのは正しかったらしく座っていた場所が崩落する。
今度は3人とも落ちてしまった。
「もう――!」
ノエルが叫びながら腰に抱き着いて来る。
アイラの体を左手で掴むと跳び上がる。
「しっかり掴まっていろよ」
このまま崩落した道の向こう側まで辿り着く。
しかし、無事だった向こう側まで徐々に崩壊してしまっている。
「クソ、嵌められた」
カルテアは何もできなかった訳ではない。
こうして俺たちが罠に嵌る瞬間をずっと待ち続けていた。そして、予め作っておいたちょっとした衝撃だけで崩落してしまう場所まで辿り着いたところで道を崩落させる。
しかし、それも空を飛ぶことができれば問題にならない。
「ちょっと待て……」
向こう側まで半分ぐらいまで来たところで重力が再び発動する。
上から圧し掛かる重みに耐える。
さらに掴まっているだけのノエルが落ちそうになっているので右手でしっかりと支える。
「そういう事だったのか……」
既に戻るのも向かうのも難しい場所まで辿り着いてしまっている。
こんな場所で空を飛ぶことができなくなれば下へ叩き付けられるしかない。しかも重力分が追加されているせいでダメージは普通に落ちた時よりも強くなっているのは間違いない。
「マルス、落ちて!」
「は?」
絶望的な状況に混乱してしまったのかアイラが訳の分からない事を言った。
「道は前と後ろだけじゃない。横にもあるのよ」
「……信じるからな」
二人を抱えたままの俺では何もできない。
せいぜい落下中の速度を耐えることによって落とすぐらいだ。
体から力を抜く。とはいえ、重力に耐える為の力を少しだけ抜くだけだ。
アイラが俺の腕から離れる。
重力の影響を俺以上に受けるようになったことで地面への到達時間が短くなる。
だが、アイラの方が速く下へ行かなければ俺たちが滑り込む時間が足りない。
「――斬る!」
目を閉じて意識を集中させていたアイラが剣を振るう。
全てを斬り裂く【明鏡止水】は一時的に自らの体を叩き付ける重力すらも無力化する。
そのまま振られた剣が横にあった崖を斬り飛ばす。
「でかした!」
アイラの開けた穴に滑り込む。
斬ることに集中していたせいで体を滑り込ませる余裕のなかったアイラを回収するのを忘れない。
「落下しないなら重力なんて怖くないな」
体内である穴の中にまで重力が及ぶこともない。
掌から光球を生み出す。
穴の中は真っ暗で光源を用意したことによって3人がギリギリ入れる程度の大きさしかない穴の中をようやく見渡すことができる。
元の場所からは10メートルほど落下してしまっている。
せっかく崖を登ったのに少しばかり落ちてしまった。
「どうするの?」
アイラが尋ねて来る。
今も穴の外は重力の影響によって出た瞬間に地面へ叩き付けられるようになっている。
何か方法を考えないと外へ出ることができないようになっている。
しかし、その問題は外へ出る必要がある場合に気にしなければならない事だ。
「このまま突っ込むだけだ」
「まさか……」
右手に魔力を纏って握る。
穴の入口とは反対にある壁に叩き付けると【魔導衝波】による衝撃波が壁を伝って行く。
「もう1発!」
さらに左手も同じようにして叩き付ける。
もう一度同じ事を繰り返せば壁が壊れる。
「もしかして、このまま進むつもり?」
「当然」
体内にいる間はカルテアも迂闊な事ができない。
万が一にも自分の体を傷付けてしまうとダメージを負ってしまうからだ。それに下手な妨害では足止めにすらなっていないことに今さらながらに気付いてしまった。
「それに目的の物はこの向こう側にあるぞ」
「目的の物?」
「カルテアの魔石だよ」
シルビアから借りた【探知】が壁の向こう側に異質な気配があるのを教えてくれる。可能性として最も高いのはカルテアの魔石だ。
魔石を破壊することができればカルテアも停止せざるを得ない。
おそらく、他の場所から侵入することができるのだろうが、このまま最短距離を突っ切らせてもらう。
「今は俺が向こう側に到達するのを待っていろ」