第20話 カトブレパス
カトブレパス。
牛の体と豚の頭部を持ち、常に俯いている姿から見た人々に嫌悪感を抱かせてしまう。
女性であるアイラとノエルも例外ではなくカトブレパスの姿を見た瞬間に顔を歪ませていた。
そうした油断を狙われて攻撃された。
放たれたのは衝撃波。
一瞬、俺が使っているような風を圧縮させた物に似た衝撃波を使用しているのかとも思ったが、実際に使用していたのは重力を利用した物だとすぐに分かった。
カトブレパスの側頭部にある左右の角に魔力が集まる。
「……っ!」
脇腹に痛みを感じる。
手で押さえてみれば血が付いていた。
「マルス!?」
「大丈夫だ……」
回復魔法を使って傷を塞ぐ。
口では大丈夫、と言ったものの傷はかなり深い……と言うよりも貫通してしまっている。
今の攻撃は重力を小石程度の大きさまで圧縮させて放っている。
それが弾丸のようになって襲って来た。
「走れ!」
アイラとノエルを左右へ走らせる。
「こいつは危険だぞ」
重力の弾丸は攻撃力として申し分ない。
なによりもカルテアにとっての秘蔵とも言える魔物だ。
「重力を一時的にでも解除させて生み出した魔物だろうな」
昨日、空から見ていた時はカトブレパスの気配なんて感じなかった。
何よりも気怠そうな表情。今さっき起きたように……生まれたように見える。
カトブレパスと目が合う。
「ぐぅ……」
一瞬にして圧し潰されそうなほど強力な重力を叩き付けられて膝をついてしまう。
眷属たちなら地面に叩き付けられて伏せてしまい、Sランク冒険者でも体がバラバラになりそうなダメージを受けてしまうかもしれない。
目が合った瞬間に重力が増加した。
カルテアが発している重力とは比べ物にならない。
「そう言えば……カトブレパスと目が合った者は死んでしまう、なんて言い伝えがあったな」
あれは目が合った瞬間に圧し潰されて死んでしまう事を示していた。
「全く動けそうにない」
耐えられなくはないが、動くのは難しそうだ。
こちらを見詰めたままのカトブレパスの尻尾が振り上げられる。先端が鋭く尖った尻尾。切り開かれるように分かれると光が集中する。
カルテアが平原で逃げた冒険者を一掃する為に使った砲撃。
そのレーザーとも言うべき規模にまで縮小された攻撃が放たれようとしている。
大きさが小さくなったからと言って弱くなった訳ではない。むしろ発射までの時間が短くなったり、人を相手にする時には狙い易くなったりなどの利点がある。
レーザーが発射される。
俺の前に立ちはだかったアイラがレーザーを斬り裂く。彼女の剣ならレーザーみたいな物が相手でも斬ることができる。
「ちょっとマルス、何をやっているの!?」
アイラには俺が何もできずに蹲っている理由が分からない。
「そう言われてもな……」
喋ることすら苦痛に感じられる。
「うっ……」
アイラが地面に叩き付けられた。
目と目が合ってしまったため俺と同じように重力の影響を受けている。しかも、アイラでは耐え切ることができずに地面へうつ伏せに叩き付けられている。微かに指が動いていることから生きているのだろうが、防御はできそうにない。
再び尻尾に光が集まる。
一切、動けない状況では回避のしようがない。
しかし、この場にはもう一人自由に動ける者がいる。
「【災害操作】――地震」
ノエルの投げた錫杖がカトブレパスの足元に突き刺さる。
気怠そうにしているカトブレパスは足元に刺さったにも関わらず気にした様子がない。
だからこそ助かった。
地面に突き刺さった瞬間、小規模な揺れを起こす。
大型の魔物であるカトブレパスも立っていられずに倒れそうになる。
同時に尻尾からレーザーが放たれ、俺たちを貫くはずだったレーザーはあらぬ方向へ飛んで行ってカルテア山を貫通する。
「でかした」
体勢が崩れた瞬間、俺たちからも視線を外してしまった。
緩慢な動きで頭を向けて来る。
「遅い!」
地面に手を当てて魔法を発動させる。
俺とカトブレパスの間に土壁が出現し、目と目を合わせることができなくなる。
「さらに追加だ」
カトブレパスを囲うように人を覆える大きさの土壁を出現させる。
土壁の後ろにピタッと張り付いて潜む。
「……どうするの?」
アイラが尋ねて来る。
目と目が合った瞬間に動けなくされてしまうのでは近付くのは危険だ。
「遠距離から攻撃する?」
「それも一つの手なのかもしれないけど……」
ノエルの質問に答えながら手に火球を生み出す。
土壁から出て、火球を放り投げる。
一瞬だけ出た程度なら動きの遅いカトブレパスが相手なら目と目を合わせることもない。
炎に包まれた瞬間に焼き尽くせるはず攻撃。ところが、火球はカトブレパスの体に触れた瞬間に霧散してしまった。
転がるように隣の壁に隠れる。
牛の体には魔法に対する強い耐性があるみたいで魔法攻撃が通用するとは思えない。
このまま隠れているのも危険だ。
なぜなら……
「げっ……!」
姿を隠してくれていた壁がボロボロに崩壊して消えてしまった。
理由は、カトブレパスではなくカルテアの方にある。山の上にある土ではカルテアの支配力が強過ぎて魔法が長時間持続しない。
「仕方ない。こんな力尽くな方法はやりたくなかったけど……」
カトブレパスに向かって走る。
「ちょ、そんな無策な方法で向かって行ったら……」
目と目を合わせてしまうことになる。
アイラも視界に入れないよう目を逸らしながら俺に注意をしている。
……結局のところは、目を合わせることさえなければ問題ない。
ゆっくりとカトブレパスが近付く俺に目を向けて来る。
「……!」
それでも俺の足が止まることはない。
「間違った対策ではなかったみたいだな」
目を逸らすだけでも効果がある。
ただ、近付きながらの場合だと何らかの事情で目と目が合ってしまうかもしれない。
だから、目を瞑りながら突撃する。
カトブレパスの位置はシルビアから借りた【探知】で確かめている。
目を瞑りながら突進してくる俺に危機感を抱いた角の先から重力の弾丸をばら撒いて来る。
目を瞑っていても【探知】のおかげでばら撒かれたのは分かる。
全ての弾丸を掻い潜るのは不可能。
「……っ!」
4発の弾丸を受ける。
両腕と左足に穴が開いているが気にしない。
手を伸ばせば触れられる距離まで近付いた。
「もらった!」
カトブレパスの体内に腕が沈み込む。
シルビアから【壁抜け】も借りて腕を透過させる。
手を伸ばした先に目的の物を見つけると引き抜く。
――グウオオオォォォォォン!
ゆっくりと間延びした声を上げながら倒れる。
手の中にはカトブレパスの魔石が握られている。
「いくら作られた強力な魔物でも魔石を抜き取られれば生きていられなかったみたいだな」
魔物が相手の時は卑怯なくらい強い手だ。
ただ、魔石を抜き取る為には位置を特定する為に必要な【探知】と肉体を透過する為に必要な【壁抜け】の両方が必要になる。どちらもシルビアから借り受けたスキルなので負担は大きい。
本当に危険な相手でなければ使用は控えなければならない。
とはいえ、カトブレパスの魔石が手に入ったのはよかった。これまでの迷宮主も機会がなかったらしいのでアリスターの迷宮ではカトブレパスを生み出すことはできなかった。
ただ、残念ながらこの魔物は冒険者の足止めには向いたスキルを持っていても強過ぎるので冒険者を再び呼び込むには向かない。
しばらくは作れるようにしただけで保管するしかない。