第16話 地震
前半はノエル視点です
「さて、わたしはわたしの役目を果たすことにしましょう」
手に持った錫杖を肩でトントンさせる。
「ん?」
横から影が迫って来る。
何が来ているのかと思って見てみればカルテアの尻尾だ。胴体の下で振られた尻尾が迫って来ている。
――パキパキパキ!
カルテアの尻尾に氷が纏わり付く。
「あなたが亀で助かったわ」
そのまま地面を滑りながら動きが止まる。
この程度の冷気では巨大な亀であるカルテアを凍らせることはできない。
「今すぐに倒してあげるから大人しく待っていなさい」
そう言われて待っているような者はいない。
頭上からガタガタという音が聞こえて見上げると胴体から銃身が生み出されてわたしへ向けられていた。
銃身の数は全部で10個。全ての銃口から石で作られた弾丸が発射される。
「これでもいいと言えばいいんだけどね」
銃弾を発射したことで侵攻していたカルテアの足が止まっている。
けど、こんな停止はわたしへの攻撃を止めた瞬間に再開される。こんな方法よりも確実に止める必要がある。
「ていっ」
迷宮魔法で地面の土を利用して土壁を作り出して防御する。
アルベールの失敗はマルスの視界を通して見ていたから理解している。何千年という途方もない時間で自分の背中に積もった土だからこそ制御権を簡単に奪うことができた。
けど、今胴体の下にある土はカルテアが移動して来た先にある土。
簡単に制御権を奪うようなことはできない。
「それに『迷宮魔法』は普通の魔法とは違う。たとえ背中の上にある山の土を使ったとしても簡単に制御権を奪うことはできなかったはずよ」
その間にわたしは胴体の中心へと向かう。
錫杖から小環を外す。宙を舞う小環が銃身へと飛んで行く。
「――斬りなさい」
今回、小環に付与した効果は『嵐』。
周囲の物を全て斬り裂く風を纏った小環が銃身を根元から斬り落とす。
ただの土塊となった銃が地面に落ちる。
「ま、そうなるよね」
わたしの行く手に現れる銃。
先ほど壊したばかりの数と同じ10個の銃身。
いくつか壊したところですぐに再生されてしまうだけ。
再び弾丸が装填されている。
「けど、装填をしているおかげで時間は稼げたわ」
胴体の下、中心までやって来る。
錫杖で地面を突くと杖の先端に付けられた鈴から音が鳴る。
ここならちょうどいい。
「【天候操作】――限界突破!」
スキルには使用する為に必要な魔力量が決まっている。
注げば注ぐほど威力を強くしたり、持続時間を長くしたりすることが可能だけど限界は存在する。
けど、その限界を越えるほどの魔力を一瞬で注ぐ。
それによりスキルは一時的に進化を果たす。
「【災害操作】――地震!」
杖から音と共に伝わった衝撃が周囲へ拡散していく。
――グラグラグラ!
地面が大きく揺れる。
地震だ。けど、自然発生した地震なんかじゃなくて、わたしのスキルによって発生させられた地震。
震源地は地上、深さもない。
けど、地面を揺らすことができる。
不安定になる地面。立っていた人々は、立っていられなくなって地面に手を突かずにはいられなくなる。もっとも、わたしたちの驚異的なスキルなら地面の揺れにも耐えられる。
そして、スキルの効果範囲は何らかの方法で逃れられた場合に備えてカルテアがいる場所から1キロ先まで。幸い、危機が迫っていても急に移動できるようなスキルは持ち合わせていなかったから効果範囲内にいる。
地面を揺らされたカルテアの足が浮かぶ。
カルテアの意識が足元へ向かっている。転ばないよう必死に耐えている。
「そう簡単に耐えられる訳がないでしょ」
錫杖を右前足に向かって投げる。
投げられた錫杖に付いて行くように胴体から飛び出した銃身を破壊していた小環も戻って行く。
「――地震」
わたしの【災害操作】は手から放した錫杖からも発動させることができる。
錫杖がカルテアの足に当たった瞬間に錫杖を中心に揺れが発生する。
このスキルは地震を疑似的に再現させただけのスキルだから地面に関係なく、揺れだけを起こすことも可能になっている。けど、わたしの手から離れているせいで大きな力を発揮させることはできない。それでも揺れに耐えようとしていたカルテアの体勢を崩すには十分。
右前足だけが体勢を崩して沈み込む。
さらに不自然な体勢がカルテアを倒す。
「こんなものかな」
頭上から迫り来る胴体を見ながら呟く。
☆ ☆ ☆
カルテアの足元でノエルと別れた後、俺とアイラ、メリッサとイリスに別れて違う方向から頂上を目指した。
そして、視覚をノエルと同調させながら頃合いを見計らって、胴体の下で圧し潰されそうになっていたノエルを【召喚】を使って回収する。
このスキルがあれば上から巨大な物体が迫っていて脱出も難しい状態からでも確実に脱出させることができる。
下に落ちて行くようなフワッとした浮遊感に襲われる。
「これでいいのよね」
「ああ、上出来だ」
――ズシィン!
のんびりと目の前に現れたノエルを迎えていると地響きが下から聞こえて来た。
体勢を崩したカルテアが立っていられずに座り込む。
これほどの巨体では横に倒れてしまうのも再び起き上がることを考えると危険なので立っていられなくなってしまうのは仕方ないにしてもギリギリのところで踏み止まったらしい。
ただ、こちらの理想通りの展開ではある。
「これで動き回って足元がユラユラ揺れる心配もない」
ノエルと別れてから山登りをしていたが足元が揺れるせいで斜面を歩くのが慣れていないこともあって大変だった。
だが、こうして座り込ませてしまえば揺れることもない。
再び起き上がるにしても巨体を持ち上げる必要があるため時間が掛かる。
たしかに巨体は脅威だが、それ以上にカルテア自身に掛かる負担も大きい。
何よりも寝起きのカルテアは次の行動が予測し易い。
「さて、そろそろだな……」
呟いた直後、体に掛かる重力が増加した。
俺たちを進ませない為に重力を増加させて歩みを遅くする。
そうして相手の足を止めている間に起き上がる準備をする。とはいえ、重力の加重にリソースを割り振っている分、起き上がるまでの時間も長くなる。
「その選択は間違っているぞ」
重力の加重が仮に昨日と同じようにSランク冒険者を相手にした時ならば問題はなかった。
だが、今日の登頂者はSランク冒険者を越える存在。
「ちょっと歩き難いけど、歩く分には問題ないな」
ゆっくりと歩みを進める。
力を出せば走ることもできるだろうが、探し物をしなければならない状況ではそこまでの力は求めていない。
何よりも隣にいるアイラやノエルが辛そうな表情をしている。
加重された重力に足を止めてしまうほどではないが、辛い事には違いない。
「あまり時間は掛けられていない」
「これを無効化するのも問題だしね」
ピナに頼めば【断捨離】で無効化することはできる。
それぐらいの余力なら残っていると聞いていた。けど、その場合は重力に割いている意識を他のところへ移されることになる。それぐらいだったら、歩き難い状況で登山をした方が楽だ。
「ここからは普通に登山だ。けど、あまりゆっくりしていられる余裕はないぞ」
カルテアが起き上がるのが先か?
俺たちがカルテアの魔石を見つけるのが先か?
ここからはスピードが勝負になる。