第15話 カルテア
「お邪魔します」
カルテアが見える平原。
その一角に張られた天幕の一つに入る。
他の天幕よりも大きな天幕の中では将軍たちが顔を突き合わせて会議を行っていた。
どうやって、あのような巨大な魔物を討伐すればいいのか?
昨日から及ぶ会議でも結論は出ていない。
天幕の中にいた人々から「こいつ誰だ?」みたいな視線が向けられる。
昨日はリオと一緒に行動していたおかげで護衛としてリオの傍にいた近衛騎士や将軍とは面識があるが、会議に出席している人々の多くは突如として天幕に現れた俺の顔を知らない。
「貴様、ここは下賤な者が来られるような場所ではないぞ」
「その出で立ちからして冒険者……Sランク冒険者のように有名ならばともかく、無名の冒険者がなぜこのような場所にいる」
帝城に勤める宮廷貴族。
カルテア山に対抗する為に地方から集められた領主貴族。
彼らは共に去年のパーティに参加していたが、怪盗を捕まえた冒険者にまで興味がそこまでなかったために俺たちの顔まで知らなかった。
おまけに俺の後ろにはシルビア以外の眷属もいる。
戦場へ女性を連れて来る事に嫌悪するため睨み付けて来る者までいる。
「こいつらは俺が知っている冒険者の中で最強の奴らだ。今回は仕方なくこいつらに救援を要請した」
「陛下!」
最後に入って来た皇帝の姿を目にして姿勢を正す家臣たち。
簒奪に近い形で皇帝に就任したこともあって畏れられているところがある。
「昨日からの状況を説明しろ」
「あの……陛下が何らかの転移方法を用いて帝都へ戻っていた事は知っています。できれば帝城で大人しく待っていて欲しいところなのですが……」
「あそこが安全か? 奴の最終目的地が帝都である以上、帝城に籠っていてもいずれは潰されるだけだ」
なら自分たちの方から打って出るしかない。
帝都ほどに巨大なカルテアを相手に籠城は愚策でしかない。
「それに、こいつを使えば帝都へすぐに戻ることができる。ここから帝都へ移動すれば避難するには十分な時間を稼げる」
そう言いながら星形のペンダントを掲げる。
詳細は誰にも知らされていないが、帝城にある宝物庫の中に眠っていた魔法道具で使用者を瞬時に帝都へ戻す効果がある――という事にしているペンダントだ。実際のところは【転移】を誤魔化す為の偽物でしかない。
皇帝の言葉なので疑う、という事をしない。疑った時点で機嫌を損ねてしまうことを恐れているからだ。
「後は任せたぞ」
「報酬は出されるからな。きちんと仕事はやり遂げさせてもらうさ」
――ズゥゥゥゥゥン!
地響きが轟いた。
「どうやら向こうも起きたみたいだ」
天幕から出ると揺れが離れた場所にあるにも関わらず伝わって来る。
倒れていたカルテアが起き上がりこちらを睨み付けている。明らかな敵意が向けられている。
「そんなに憎いか」
眠る前までは自分の背中の上で暴れる冒険者の事が憎かった。
しかし、今は自分を転ばせた相手の事が憎くて仕方ない。
ゆっくりと首を天幕のある方向へ合わせると大きく開いた口に光が集まって行く。
「あ、ああ……!」
「逃げろ! 逃げないと、今度こそ消し飛ばされるぞ!」
光の集まる光景を見て陽動に待機していた兵士の大半が逃げ出して行く。
彼らにとって昨日の全てを消し飛ばすような光の砲撃による光景はそれだけ強烈だった。
「まさか、昨日の砲撃をすぐさま撃つつもりなのか?」
「それぐらいの事はしてくるだろうな」
リオや俺は最初から予想していた。
こちらが迎撃姿勢を整えた段階でカルテアは最大攻撃をするつもりだ。
「陛下、ピナ様とソニア様を!」
「どうしてだ?」
「詳しい事は聞きません。ですが、お二人の力によって防げたのは間違いない事実です。また、彼女たちに頼るしかありません」
息を荒くして進言する将軍。
けれども、リオには彼女たちを出すつもりはない。【全てを喰らう穴】は相当な負担を強いてしまったらしく、昨日から二人ともカトレアさんに甘えるように傍で待機している。
つまり、同じ方法は使えない。
この場に二人を連れて来ていない事から予想するべきだったのだが、今の将軍にそこまでの余裕はない。
「悪いが、今日の俺はあいつらに全てを託すと決めた」
「彼らに……」
ふむ……そこまでの信頼を向けられているようなら応えない訳にはいかない。
「メリッサ」
「ここは私が適任でしょう」
指を物凄い速さで動かしてメリッサが目の前に魔法陣を描く。
普段使うような魔法陣以上に複雑奇怪な魔法陣が描かれた。
「防ぎなさい――」
魔法陣が徐々に巨大化しながらカルテアの前へと飛び出して行く。
大盾のように立ち塞がった巨大な魔法陣。
その姿は逃げ出した兵士たちに安心感を与えたらしく足を止めている者が何人もいた。
「じゃあ、こっちは任せたぞ」
「ええ、敵の注意を最大限惹きつけさせてもらいます」
メリッサをこの場に置いてカルテアの側面を目指しながら走り出す。
巨大な亀の目がギョロッと向けられた。しかし、既に砲撃の発射体制に入ってしまっているため自分に向かって来る俺たちに構っていられるような余裕はない。
「そうだ。それがお前の弱点だ」
様々なスキルを持つカルテア。
それに体が巨大であるため一つ一つのスキルが強大だ。
だが、それでも致命的な欠点を抱えている。
「それは、お前が生物だっていう事だ」
これからどうするべきなのか?
カルテア自身が頭で考えてからでなければ行動に移すことができない。
意識のほとんどを砲撃に向けているため近付いている俺たちへ対処することができずにいる。
「そのうえで貴方の砲撃を私が対処します」
メリッサの声が聞こえた訳ではないのだろうが、近付く俺たちにも向けられていたカルテアの意識がメリッサ一人へ向けられる。
光の砲撃が放たれる。
「ひっ……!」
十分な距離があるにも関わらず尻餅をついてしまう兵士まで何人もいる。
そんな彼らに構わずメリッサが手をクイッと動かす。
手の動きに合わせて魔法陣が傾く。
傾いた魔法陣に衝突した瞬間、光の砲撃が上空へと逸らされる。
「……!」
カルテアの驚いたような感情が伝わって来る。
二度に渡って人間を相手に失敗してしまった。
「たしかに貴方の放つ砲撃は単純にエネルギーを収束させただけであるが故に強力です。ですが、どんな攻撃も進むべき道がなければ相手に届くようなことはありません」
メリッサの空間魔法。
魔法陣には予め空間を断絶する効果が付与されており、断絶された空間を破壊するような攻撃ができなければ魔法陣の向こう側にある空間にまで届かせることは絶対にできない。
カルテアの攻撃では足りなかった。
「では、私も現地へ行って来ます」
「ああ……」
最高責任者であるリオに別れを告げるとメリッサの姿が消える。
次の瞬間、【召喚】で喚ばれたメリッサが俺の隣に姿を現す。
「助かったよ」
「ですが、消耗してしまったのは私も同じです」
光の砲撃によってカルテアから眠って回復させた魔力が失われてしまった。
同様にメリッサから魔力の大半が失われてしまった。光の砲撃に耐えられるだけの空間断絶を生み出す為には膨大な魔力を持つメリッサでも余裕がなかった。
「それでも頂上まで辿り着くだけの力はあるんだろ」
「ええ、その程度でしたら問題ありません」
「だったら次は――」
「わたしが留守番をする番だね」
ノエルを置いてカルテアの足を伝って山に登って行く。
一人残されたノエルだけは足元での戦闘だ。
「さて、災害を齎す魔物さん――災害を操るわたしとどっちが強いか競いましょう」
その時、見えるはずもないのにカルテアの首が胴体の下へと向けられた。