第14話 Sランクを越える者
帝城にある皇帝の私室へと戻って来る。
帝都の中であれば迷宮内扱いをされるため迷宮主であるリオの【転移】で自由に戻って来ることが可能だ。
部屋の中にはお互いの眷属が全員集合している。
「見ていたな」
「ええ、随分と厄介な魔物が現れましたね」
カトレアさんも戦場の光景を見ていたから敵が『山』ではなく『亀型の魔物』である事を理解している。
帝城にある攻城兵器。
冒険者の中では最強だと認めたSランク冒険者。
かなりの出費をしたにも関わらず動きを一時的に止めるだけで精一杯。しかも動きを止めたのは魔物が大技を使ったせいで力尽きてしまったせい。その必殺技を止められたのもソニアとピナの活躍あっての事だが、兵士や冒険者に頼っていては魔物を倒せない事が分かった。
これは由々しき事態だ。
帝国が保有する戦力では倒せないと言っているようなものだ。
「Sランク冒険者も決して弱い訳じゃないんだよな」
「あの魔物ははっきり言って国を亡ぼすレベルの魔物です。個人としては突出した力を持っているSランク冒険者でも数人が集まった程度では不可能です」
カトレアさんの言葉にリオの眷属たちは全員が頷いている。
基本的に彼女をリーダーにしているので反対するような真似はしない。それでも今回は全員の意見が一致していた。
必要とされているのはSランク冒険者以上の力。
「現状、頼るべきは神の遺産を引き継いだ者か」
迷宮主や迷宮眷属。
『巫女』は既にいないし、『聖女』は戦闘力という意味で期待できない。
「これは帝国の問題だ。俺たちの力で解決する」
帝国にある迷宮の主でリオ。
皇帝という立場を考えても自分たちの力で解決したい。小さな問題ならばともかく帝国の危機ならば皇帝や女皇が出ても問題ないはず……彼女たちの体調が万全ならの話だが。
「パーティメンバーの半数以上が戦闘をできるような状態じゃないのに何をするつもりなんだよ」
カトレアさんとリーシアさんは既に二人目を妊娠している。
他の眷属も3人が妊娠し、マリーさんは出産したばかり。
まだ妊娠初期段階とはいえ激しい戦闘をさせる訳にはいかない。
実質、6人が戦闘不能状態になっている。
「しかも残っているソニアとピナはスキル特化」
攻撃力を強化するようなスキルは持ち合わせていない。しかも、特殊スキルにリソースに振り分けているせいかステータスの伸びは他の眷属と比べて小さい。
リオだけでカルテア山の討伐が可能か?
間違いなく無理だろう。
「どうする?」
「……」
迷うリオに尋ねる。
現状、頼れる相手がいるとしたら俺たちぐらいしかいない。
こちらなら戦闘不能者は一人しかいない。
「……頼む。帝国を救ってくれ」
皇帝としては折れるしかなかった。
絶対権力者ではあるものの支配者だからこそ被支配者の安全を守る必要がある。
「報酬は?」
冒険者に仕事を依頼するのだから報酬が必要になる。
「お前たちは金貨が欲しい訳じゃないだろ」
金貨があればあるだけ迷宮の力にすることができる。
しかし、あまりに多過ぎる金貨を魔力に変換してしまうと世界から金が消失することに繋がる。それでは、世界の経済が停滞してしまうことになる。
そんな事は望んでいないので報酬は違う物の方がいい。
「可能なら帝城の宝物庫にある強力な効果を秘めた魔法道具――」
強力な魔法道具は強力であればあるほど膨大な魔力に変換することができる。
帝国は近くの国々を攻め滅ぼして肥大化して行った。そのため攻め滅ぼした国が大切に保管していた強力な魔法効果を秘めた武具も保管されている。
それに、リオが皇帝に就任した時に貴族から資産を没収している。
様々な魔法道具が眠った宝物庫。
具体的に何が欲しいとは決めていなかった。
しかし、国の危機を救えばかなり凄い物を……
「そんなどれだけの魔力が得られるのか【魔力変換】するまで分からない不確かな物よりもいい物をリオは持っている」
「いい物?」
イリスの言葉。
最も効率よく魔力を入手できるのは強力な魔法道具のはずだ。
「たしかに魔法道具は魅力的。けど、そのまま魔力をやり取りした方が効率的なはず」
「あ、なるほど」
何を魔力にして膨大な魔力を得るのかばかり気にしていた。
それよりも直接魔力のやり取りをした方が確実だった。
「俺の迷宮が抱えた魔力を直接そっちの迷宮に渡すのか」
「協力関係にある迷宮主だからこそできる方法」
魔力の直接的なやり取りは簡単ではない。
魔力を蓄えている迷宮核同士を近付けることによって成立する……という説明を今さらになって迷宮核から教えられた。
これまで教えられなかったのは、そんな事をする必要性がなかったから。いくら親しいとは言ってもお互いの弱点を晒すほどではない。万が一に裏切られて破壊されるような事があれば命に係わる事態だ。
それはリオも同じみたいだ。
「分かった。お前たちの迷宮核を前にしても破壊行動にでないと誓おう」
誓約書まで書いて誓われる。
これによってリオは俺の迷宮核に攻撃することができなくなった。
逆にこちらは誓約書に誓うような真似はしない。万が一裏切ってしまった場合には破壊してくれて構わない。リオなりの誠意らしい。
「報酬は――」
「魔力で1億。帝都に住んでいる人たちからも緩やかに魔力を吸い取っている帝都の迷宮ならその程度の余裕は十分にあるはず」
範囲を広げていることでアリスターの迷宮以上に維持費も掛かっている。
それを差し引いても帝都の迷宮が得ている魔力量は膨大だ。
もっとも1億という数字はそれでも膨大だ。
「……その程度の出費で帝都が救えるなら安いもの、と考えることにしよう」
「リオ様!」
「背に腹は代えられない」
実際はかなりの出費のはずなのだがリオはこちらの条件を飲んだ。
それだけSランク冒険者を越える存在を望んでいるという事でもある。
「現場に残っている奴らにはこっちからお前たちが救援に加わる事を伝えておく」
今もカルテア山が暴れた場所には数千人という兵士が残されている。彼らの役割はカルテア山が目覚めた時に討伐することではなく、自ら囮となって帝都への狙いを少しでも逸らす、もしくは時間を稼ぐことにある。
来るかどうかも分からない援軍をいつまでも待たせる訳にはいかない。
「すぐにでも動くべきなのかもしれないけど、向こうも魔力切れで眠っているみたいだし、こっちも準備があるから討伐は明日になったらさせてもらうさ」
「報酬は必ず払う。だから――頼むぞ」
「こっちも必ずカルテア山――もう、カルテアでいいや。あの魔物を必ず討伐する事を誓おう」
俺の言葉を素直に信じるリオ。
迷宮主同士通じるものがあるのかお互いの間に信頼がある。
しかし、眷属たちはそうもいかない。
「あの大きさです。普通に戦っていては勝ち目がありませんよ」
「わたしたちと違って直接見ていた貴方には弱点が見えている、という事ですね」
リーダーであるカトレアさんや最大火力を誇るナナカには倒す方法が既に分かっているという俺の言葉がすぐに信じられなかった。
だが、俺は別に方針を変えるような真似はしない。
「最初の予定通りに魔物の弱点である魔石を破壊するだけだ」
できれば魔石は回収したいところだが、今回は破壊を最優先にする必要がある。
そして、俺が考えた方法も魔石を破壊する為の方法ではなく魔石を見つけるまでの手段。
「あいつは山なんかじゃくて生きている魔物だ。そこに付け入る隙がある」
準備を言っても寝て魔力を回復させるだけなんですけどね。