第13話 全てを喰らう穴
上から得体の知れない力に叩き付けられたように地面へと落ちて行くサファイアイーグル。
「何があった!?」
「そっちもか」
リオも同じように制御権を失っている。
そうして原因不明の力に戸惑っている間に――グチャ!
山の斜面に叩き付けられて潰れてしまった。
「――ッ!」
声には出さないが悲鳴を出したい気分に駆られた。
使い魔と主人の感覚は繋がっている。とはいえ、痛覚まで繋がっている訳ではなく、あくまでも視覚や聴覚といった五感を共有することができる。
だから、サファイアイーグルが潰されても痛い訳ではない。
しかし、地面へ落とされて行く時の目まぐるしく動く視界は共有してしまった。なによりも地面に叩き付けられた時の絶望感。それが使い魔との間にある絆を通して伝わって来る。
「あれ……」
ソニアが山に残っている冒険者たちのいる場所を指差す。
そこでは全員が地面に伏せていた。
「たぶん凄い力で押さえ付けられている」
「凄い力?」
「あたしの【転移穴】も動きが凄く遅くなった」
「分かった」
カルテア山が発動させたのは重力だ。
どうやら自分の体に向かって超重力を発生させることができるようで山の斜面に侵入者を張り付かせることができる。
空を飛んでいたサファイアイーグルは抵抗することもできずに叩き付けられてしまったために潰された。
「悪いが、使い魔を倒されて黙っていられるような性格じゃないんでね」
冒険者たちも自力での脱出は難しそうだ。
「俺は行くぞ」
「いや、こっちを使え」
リオが指差す先には黒い球体――【転移穴】がある。
【転移穴】は二つの球体がある空間を繋げることができる。当然、回収した冒険者たちを送り込んだ先から向こう側へと移動することも可能だ。
「可能かどうかは分からないけど、ピナを先行させる」
「りょーかい」
先にピナが飛び込む。
すぐに山側にある【転移穴】から飛び出すとスキルを発動させる。
「――【断捨離】」
触れたスキルの効果を全て無効化する。
斜面に叩き付けるように発生した重力が消失する。
「これで俺も向こうへ行く事ができる」
あのままだと俺も斜面に叩き付けられていた可能性が高い。
けれども、すぐには重力のスキルを使うことができないのか再度発動させられるような様子はない。
いつ再使用が可能になるのか分からない。
それでも短期で終わらせれば問題ない。
「あたしはSランク冒険者たちを回収してくるね」
「俺はこいつに用がある」
冒険者たちの倒れている場所へ走るピナ。
対照的に俺は下に向かって走る。山を下りて胴体の下へと潜り込む。
『何をするつもりですか?』
「こんな無駄にデカい体をしている事を後悔させてやるんだよ」
念話で届いたシルビアの質問に答えながら魔力の塊をカルテア山の足元に打ち込む。これは魔法に変換する前の魔力で、一緒に専用の魔法も込めることによって後から魔法を発動させることができる。
4本の足全てに魔力の塊を打ち込む。
『冒険者の回収、終わったようです』
「じゃあ、そろそろいいな」
魔力の塊に込めた魔法を発動させる。
カルテア山の足元にあった地面に直径5メートルほどの大穴が開く。巨大なカルテア山にしてみれば小さな穴に思えるサイズ。けれども、穴が開いたことによって体勢を崩して倒れてしまう。
「しまった……倒した後の事を考えていなかった」
地面に倒れ込んでくるカルテア山。
足元に魔法を打ち込む為に胴体の下にいた。そのため、このままだと潰されてしまう。
「走って間に合うか?」
胴体の外側に向かって走る。
この場に留まっていたとしても地面に大穴をあければ上から落ちて来るカルテア山をやり過ごすことはできる。最悪の場合には迷宮へ【転移】すればいいだけの話だ。
また一から帝国への移動をやり直す必要はあるが、潰されるよりはマシだ。
しかし、そんな心配も杞憂に終わった。
閉じようとしていた胴体の下へと黒い球体が潜り込んで来てくれた。
「まったく……無茶をする人だね」
黒い球体から顔と手だけを出してピナが俺を回収してくれる。
向こう側へと出ると全員が待っていた。
「これは、お前のスキルなのか?」
見ればボルドがソニアに尋ねていた。
これだけ多くの人をあっという間に空間転移させるスキル。一般的には聞かないので興味を持つのも仕方ない。
「そうだよ。けど、あなたたちは国に忠誠を誓った冒険者。皇妃であるあたしたちを裏切らないと信じて記憶を消すのは止めてあげる」
「ああ。決して誰にも言わない」
「悪いが、今後の予定を話し合うのは後回しだ」
地面に倒れ込んだカルテア山が鋭い目付きでこちらを睨み付けている。
魔物であるカルテア山には、何度も自分の甲羅の上にある山を傷付けた者や自分をこんな風に転がした相手がいることを魔力を探知して分かっている。
倒れたままカルテア山が大きな口を開ける。
口内に白い光が収束していく。
「――ソニア、ピナ」
「この場にいるのがあたしたち二人でよかったね」
「今から呼ばれても間に合わないからね」
二人の少女が並んで手を繋ぐ。
反対側の手を前に突き出すと回転する真っ黒な球体が現れる。
これまでにソニアがスキルを使って来た時に現れていた球体と似ているが、球体の周囲に空色の電撃みたいな物が漂っていた。
二人のスキルが融合している。
融合されたスキルについては稀にだが存在する。しかし、それは相性がよほどよくなければ上手くはいかない。最悪の場合には発動しないどころか暴発して被害をもたらすこともある。
しかし、ソニアとピナの融合スキルは暴発する事なく発動している。
「発動――【全てを喰らう穴】」
球体がカルテア山へと飛んで行く。
直後、カルテア山の口から光の奔流が放たれる。
地面が抉られ平原に道を作る。
「た、退避――!」
射線上にいた兵士たちが離れて行く。
少しでも加勢しようとずっと魔導大砲を撃ち続けていた兵士。魔法大砲は非常に貴重な物なのでどうにかして持ち帰ろうとする者がいた。
「馬鹿野郎! そんな物は置いて行け」
「は、はい!」
しかし、今から走ったところで逃れられるようなものではなく逃げられずにいた何十人という兵士が光に呑み込まれてしまっている。
「ひっ……!」
ギリギリのところで逃れられた別の兵士が地面に倒れ込んで伏せる。
「おい、このままだと戦場にいる兵士が全滅するぞ」
今はカルテア山の力によって収束させられているから問題ないが、暴発した瞬間にエネルギーが周囲へ拡散することになる。
そうなれば兵士たちも巻き添えを喰らうことになる。
「問題ない。その為の【全てを喰らう穴】だ」
球体と光の奔流が衝突する。
――しゅおん!
「へ?」
吸い込まれるようにして消えてしまう光の奔流。
「二人の融合スキルである【全てを喰らう穴】は、ソニアの空間系スキルにピナの無効化スキルが合わさった事で対象を余すところなく吸い尽くすことができるようになるスキルだ」
亜空間へと吸い込まれたエネルギーは既にどこにも存在していない。
カルテア山の必殺技は完全に不発に終わった。
――キュオオオン……
「静かになったな」
目を閉じて力尽きたように動かなくなるカルテア山。
どうやら最後の攻撃は死力を尽くした一撃だったらしく休眠状態に入ってしまったみたいだ。
「けど、今のは本当にヤバかったぞ。【全てを喰らう穴】がなかったら帝都まで届いていたかもしれない」
その光景を想像して言葉を失うリオ。
帝都の地下にある迷宮の主であるリオにとっては帝都を破壊し尽くされるのは死と同義と言っていい。迷宮が衰退するような事があれば同時に迷宮主の力も衰退する事になる。
「さて――どうにか倒す方法を考えないといけないな」