第14話 襲撃
シルビアを連れて宿屋を急いで出ると貧民街の方へと向かって行く。
俺1人ならすぐに辿り着くのだが、シルビアを連れて走ったのでは手遅れになる可能性が高い。
現に村娘程度のステータスしか持たないシルビアは夕食後ということもあって、すぐにバテ始めていた。
「ま、待って……」
「仕方ない」
「きゃっ」
シルビアの後ろに回り込むと背中と膝の下に手を通して抱え上げる。
いわゆるお姫様抱っこに小さく悲鳴を上げていた。
「振り落とされないようにどこでもいいから掴まっていろ」
「うんっ」
恐る恐る俺の首に両手を回してしっかりと掴む。
「行くぞ」
目的地まで最短距離を一直線に行く必要がある。
目の前にあった建物の屋上まで一気に跳び上がると屋上を駆け抜け、次の建物の屋上へ飛び移る。人や建物の多い王都では、最短距離に進む為には上か下を走る必要がある。
「それで、父さんが襲われているっていうのは本当なの?」
「ああ、間違いない」
「根拠は?」
「ラルドさんが隠れている場所を離れる前に俺の使い魔をその場に残して常に監視させていた。俺たち以外の誰かにラルドさんの居場所が見つからない保証なんてどこにもなかったからな」
俺たちも魔法道具を使用することでラルドさんの位置を特定した。
もしも、本気になった貴族が人探しのできる魔法道具を手に入れていた場合、いつまでも隠れ続けるのは難しいと判断した。
そこで、使い魔として貧民街に鷲がいたのではあまりに目立ってしまうので、貧民街にいても目立たない鼠を置いておいた。ただし、見た目が鼠なだけで実際には迷宮にいるサンドラットという名前の魔物だ。見た目重視で呼んだため戦闘能力はなく、できるのは砂を自由に操って相手の目を塞ぐことぐらいで襲撃犯を撃退するような力はない。
それでも感覚が繋がっているおかげで襲撃を教えてもらうことができたし、襲撃犯から今も逃げ続けているラルドさんの位置を教えてくれている。
「まだ無事なの?」
「ああ、かすり傷は負ってしまったけど、壁抜けを利用してその場は離脱した」
襲撃者を路地の行き止まりに誘い込み、追い詰められたところで壁抜けを使用して自分だけはその場から離脱する。なかなか効果的な逃げ方だ。このまま逃げるか隠れ続けることに成功すればラルドさんの勝利だ。
ただ、気になるのは襲撃者の方だ。
全身を真っ黒なローブのような装束に身を包んだ暗殺者のような襲撃者が凄まじいスピードでラルドさんが逃げたと思われる方向へ走っている。
サンドラットは2体残しており、1体にはラルドさんを、もう1体には襲撃者の方を追い掛けるように指示を出したのだが、襲撃者の方は既に見失ってしまっている。
だが、襲撃者の姿はすぐに見つかった。
「チッ……」
襲撃者を追わせていたサンドラットが襲撃者に追いついたわけではない。
ラルドさんを追い掛けていたサンドラットが再び襲撃者によって行き止まりに追い詰められた姿を捉えていた。
壁抜けは魔力を消耗し、魔力が潤沢にないラルドさんでは1日に1回もしくは2回の使用が限界だ。
「とうとう追い詰めたぞ」
使い魔であるサンドラットが見聞きしている光景が頭の中に再現される。
視覚だけでなく、聴覚も同調させたことによって声から襲撃者が男であることが分かる。
襲撃者はラルドさんの回数制限について知っているらしく両手に持ったナイフを構えながら近付く。それに合わせてラルドさんも一歩下がるが、行き止まりはすぐそこだ。
「目的はなんだ?」
「貴様にはフレブル前子爵の殺人犯となってもらう。その為には生きていてもらっては色々と不都合があるのだよ」
「まさか、フレブル前子爵を殺害したのは……」
「私だよ」
襲撃者があっさりと殺人犯であることを告げる。
あの格好からやっぱり暗殺者なのかな?
「悪いが、家族の為にもそれを受け入れるわけにはいかない」
ラルドさんがすぐ傍にあった薄い壁を抜けて壁の向こう側へと逃れる。
なるほど。あらかじめ壁の厚さまで把握しておいたうえで、逃げ回っておいたのか。この場所に追い詰められたのも演技だったわけだ……ってちょっと待て!
――ガラガラガラ。
大きな音を立てて壁が蹴破られる。
「残念だったな。私は貴様のような程度の低い冒険者ではない。さっきの壁なら時間が掛かるので走って回り込ませてもらったが、この程度の厚さの壁なら簡単に蹴破ることができるのだよ」
まあ、一番簡単な壁抜けの攻略法だな。
そもそも壁を壊せるだけのステータスがあるなら壁抜けをされても関係ないか。
「くっ」
「悪いが、ここで死んでもらう」
ラルドさんの左胸に深々とナイフが突き刺さり、口からは血が流れ出し、その場に倒れる。
襲撃者はラルドさんの胸元をゴソゴソと漁り、昼間に見せてくれたフレブル前子爵から盗み出した宝石を取り出す。
「途中で落としたりしたら困るからな。これは貰って行くぞ」
襲撃者が倒れているラルドさんに手を伸ばして持ち上げようとしている。
犯人に仕立て上げるなら犯人がいた方がいい。死体となってしまうと疑われてしまう可能性はあるが、本当の犯人である彼にとっては生きていられるよりは死んでいた方がいいのだろう。
だが、そんなことはさせない。
「間に合えっ!」
もう使い魔と視覚を同調させなくても肉眼で見える場所まで来ている。
上空から聞こえる声に襲撃者が空を見上げるが、こっちは既に走っている間に準備を終えている。
俺の傍には燃え盛る矢――炎属性魔法のファイアアローが待機されており、ファイアアローの存在に襲撃者が気付くと同時に発射する。
「チッ」
舌打ちと共に大きく後ろへ跳び、ラルドさんから離れる。
襲撃者が立っていた場所にファイアアローが突き刺さり、爆発が起こる。爆発の影響がラルドさんには及ばないように調整しており、煙幕がラルドさんと襲撃者の間を塞いでいた。
その場所へ降り立つと、シルビアが俺に下される前に転がるように下り、ラルドさんの下へと駆け寄る。
「父さん、父さん!」
シルビアが何度もラルドさんの体を揺すって呼び掛けていたが、ラルドさんは全く反応することはない。
死んでいるわけではない。ただし、あの傷では助からない。
それは、シルビアも分かっていたが、呼び掛けずにはいられない。
「回復」
素早い襲撃者にも対応できるよう両手に短剣を持って襲撃者を警戒する。
「君か……」
「悪いが、この人を傷つけさせるわけにはいかないんで邪魔させてもらう」
「君には本当に感謝しているよ。私1人ではここまで辿り着くことができなかった」
思わず舌打ちしたい気持ちにさせられた。
やっぱり、尾行していた者がいたか。
数時間経っても何の変化もなかったので尾行者はいないと思い込んでしまったあまり油断してしまった。
「私でも見つけられなかった彼を見つけられる魔法道具を持った冒険者。一応、君のことを警戒して襲撃を夜まで待ったが、どうやら正解だったみたいだ。これだけ早く駆け付けられるということは何らかの方法で見張っていたね」
「だったら、どうする?」
「何もしないさ。私は既に最低限の仕事は終えている」
襲撃者の輪郭がぼやけ、次第に夜の闇に溶けるようにそこからいなくなってしまう。逃がしてしまった形になったが、今はそれどころではない。
『今のは、気配を遮断するスキルだね。派手な動きをすると効果がなくなる欠点があるけど、逃げるだけなら欠点にはならないね』
迷宮核が解説してくれるが、今はそれどころではない。
ラルドさんの状態を確認する。胸に突き刺さった短剣を引き抜くと回復魔法で治療する。それでもラルドさんの体調が回復することはない。なんでだ?
「短剣に、毒が……塗って、あり、ました」
「は、はやく治療をお願いします」
シルビアが涙に濡れた瞳でお願いしてくる。
俺も可能なら治療してあげたいのだが、迷宮魔法の中には相手を毒に侵す魔法はあっても毒を治療する魔法はなかった。迷宮魔法は迷宮にいる魔物が持っている魔法やスキルを再現する魔法だから回復系の魔法は少ないんだよな。
「これを飲ませろ」
使ったことがないのでどれだけ効果があるのか分からないが、大抵の毒になら通用すると言われて買うように押し付けられた毒消し効果のある回復薬を渡す。専用の回復薬ではないので効果は期待できない。
『あれ、そっち!?』
迷宮核の戸惑った声が聞こえる。
『いや、忘れているならいいんだよ。僕からアレコレ言うつもりはないからね』
何か言いたそうだったが気にしていられる余裕はない。
やはり、一般的な解毒薬では通用しなかった。
「ごめん……毒は治せない」
「いえ、あなたが気にする必要はない」
力ない瞳で倒れたラルドさんが俺たちを見上げる。
「シルビア、お前は盗賊だった俺に似なくて、真っ直ぐに育ってくれた。お前が受けた恩はしっかりと返しなさい」
「そんな最期みたいなこと……」
シルビアの肩に手を置いて首を振る。
「最期の言葉だ。しっかりと聞いてやれ」
「うん……」
「ありがとうございます。あなたと出会えた娘は、幸運な子だ。オリビアとリアーナの2人にはよろしく言っておいてくれ。それからマルスさん」
「なんですか?」
「娘のことをよろしくお願いします」
「ええ、彼女は俺の奴隷ですからね。きちんとお預かりしますよ」
「ありが、とう……」
ラルドさんの手が力なく倒れて息を引き取った。