第12話 降り注ぐ岩
自分の魔法で作ったはずなのに制御権を奪われる。
それも仕方ないのかもしれない。アルベールが壁を生み出す為に利用したのはカルテア山の土。つまり、足場にしている魔物の魔力がたっぷりと染み込んだ土。
カルテア山にとっては制御権を奪うなど容易い。
土壁に生まれた銃口から石の弾丸が発射される。
咄嗟に後ろに庇っていたボルドを突き飛ばす。
「アルベール……!」
ボルドの前で弾丸に撃ち抜かれるアルベール。
銃弾が止む頃には、全身にいくつもの穴を開けられながらも立っているアルベールの姿があった。
「どうして俺を助けた!?」
「これでもSランク冒険者同士だ。危険な場所に立っているのに馬鹿みたいに突き進んでいく奴の事を放っておけなかった……それだけです」
力を失ったアルベールが前のめりに倒れる。
「アルベール!?」
「脱出しますよ」
「へ?」
何者かに襟を掴まれるボルド。
そして、聞こえて来た言葉に目を丸くしている。
首だけを動かして後ろを見たボルドの目に飛び込んで来たのは自分の襟を掴んで山の斜面を駆けるアルベールの姿。魔法使いではあるものの土属性の魔法により膂力を強化したことによって大柄なボルドでも運ぶことができる。
「さっき倒されたのは私が魔法で作り出した分身です。“奇術師”ならばその程度の事はできます」
分身を攻撃させている間に本体は姿と気配を可能な限り薄くしながら離脱。
簡単に言ってしまえばそれだけなのだが分身の作成と離脱に多くの魔力を消費してしまっている。残されている魔力では脱出が限界だ。
「できればシンシアさんとも合流したいところですが……」
チラッと1キロ先を見る。
そこでは爆発が絶えず起こり続けており、石の弾丸を迎撃し続けていた。その爆発も下の方へと移動しており、シンシアが脱出を図っていることはアルベールにも分かった。
「それよりも次が来ましたので、そっちは貴方の方で対応して下さい」
「え、ちょ……」
振りかぶってボルドを投げる。
その先には地面から突き出した石で造られた柱があった。
「チッ、抗魔石か!」
「私の魔法では破壊することができません」
抗魔石――魔法に対して強い耐性を備えた石で、主に防具の素材として利用することで魔法耐性を強化させる。抗魔石は、魔力溜まりのある場所の近くで自然生成されることが多く、魔物も同時に生み出されているため危険なので魔物と戦える冒険者が持ち帰る。
ボルドやアルベールも新人の頃は抗魔石の回収に精を出していたのだろう。
そんな抗魔石で造られた柱がいくつも壁のように並んで脱出を阻む。
自分を傷付ける者を逃がさない為にカルテア山が作り出した天然の檻だ。
Aランク冒険者の力では抗魔石の柱を破壊するには時間が必要であり、魔法しか攻撃手段を持たないアルベールでは壁を破壊することができなかった。
だからこそ――物理攻撃特化のボルドを必要とした。
「ようはぶった切ればいいんだろ」
渾身の力を込めた一撃を柱に叩き込む。
柱がバラバラに砕かれる。魔法に対しては強い耐性を持っている抗魔石だが、物理攻撃に対しては通常の石と変わらない程度の耐久力しか持たない。
「これで借りは返したぜ」
「ええ、構いません」
ボルドの横を駆け抜けるアルベール。
厄介な壁は排除されたので立ち止まっているような場合ではない。
「あ、待て……本当に止まりやがれ!」
「……ん?」
――ヒュ~~~。
そんな気の抜けた音が上空から聞こえて来て思わず足を止めて上を見てしまうアルベール。
俺も上空で監視させていた鷲を退避させる。
「なっ……」
空を見上げたアルベールが見た光景は人を簡単に圧し潰せてしまいそうなほど大きな岩が空から降って来る光景だった。
「――【加速】」
石の銃弾から逃れた時にも使った風属性魔法で岩から逃れる。
――ドン!
岩が落ちたことで衝撃が周囲に伝わる。
もしも下に誰かがいれば潰されていたのは間違いない。
「ふぅ」
咄嗟の魔法使用は魔力を多大に消費し、精神にも負担を強いる。
思わず息を吐いて足を止めてしまっている。
「ア、アルベールさん!」
――ベチャ!
アルベールのパーティメンバーの一人に影が差す。
次の瞬間、振って来た岩に潰されてしまった。数秒後には岩の下から赤い液体が流れて来る。出血量からして生きていないのは間違いない。
「……脱出します」
「ガンテの奴は!?」
「この出血量で助かると思いますか? それに足を止めているような暇はありません」
次々と降って来る岩。
今度はアルベールたちを狙って4発の岩を発射していた。
「厄介な岩だな」
鷲の視界を通して上空からカルテア山を見ている俺にはカルテア山の頂上付近にある大穴から岩が飛び出してきているのが見える。
その大穴が発射口になって岩を飛ばしているのは間違いない。
位置的に発射を止めるのは不可能。
「炎よ、踊り狂え」
アルベールが火属性魔法の【炎躍り】を使用する。
シルクハットから飛び出した炎が岩の周囲を踊るように飛んで包み込むと落ちて来た岩を粉々にしてしまう。
しかし、今のアルベールに破壊できたのは一つだけ。
残りの3つは……離れた場所から飛んで来た光の矢によって粉々に吹き飛ばされた。
矢が放たれた方向を見ればシンシアが光る矢を弓に番えていた。
「あんたたちも逃げなさい」
「恩に切る」
山の斜面を下りて行く3つのパーティ。
再び、山の頂上から岩が発射された。
今度は8発。
「私でも一度に破壊できて4つまでよ」
「私も1発までです」
「俺も1個壊すのが限界だぜ」
ボルドでも渾身の力を込めれば破壊は可能。しかし、連続で破壊するのは不可能なので結局は1個が限界。
3人で協力しても6発までが限界。
仲間たちでは破壊が間に合わず圧し潰されてしまう。
「そろそろ限界だな」
鷲――サファイアイーグルを向かわせる。
「今、他の冒険者も全員を回収し終えた。残っているのは、そこにいるSランク冒険者たちだけ」
カルテア山に乗り込んだ冒険者を全員回収したソニア。
最後に最も戦闘力のある冒険者を残しておき、急いで【転移穴】を移動させているが岩が着弾するまでに間に合いそうにない。
この状況では間に合える俺とリオが動く必要がある。
3人のSランク冒険者が6発の岩を粉々にする。
砕かれた破片が降り注いで頭を打っているが、それよりも脅威となる物が空から迫っている。このまま落ちればボルドとシンシアの仲間が犠牲になることになる。
「くっ……!」
仲間を助けようとシンシアが急いで矢を生成する。
しかし、岩は仲間たちの眼前まで迫っている。仲間たちも生き残ろうと武器を構えているが、彼らの力では空から降って来る岩を受け止めるには足りない。
だから――サファイアイーグルの羽で岩を斬り裂く。
「へ?」
鷲の羽によって岩が斬られるという事態に言葉を失ってしまう人たち。
サファイアイーグルの羽は普通の羽ではなく、魔力を通わせることによって宝石のように硬くさせることができる。その時にキラキラと輝いている色がサファイアと同じである事からサファイアイーグルと呼ばれている。
俺とリオの操作する二羽のサファイアイーグルが残っていた岩を粉々に斬り裂いた。
「……味方なのか?」
襲い掛かるでも空中で待機している鷲を見上げながらボルドが呟いた。
こちらから答える術はない。そもそも答える必要もないので放置だ。あと10秒もすれば【転移穴】も到着する。
――ガクン!
突如として感覚を同調させていたサファイアイーグルの体が地面に向かって落ちて行く。