第10話 四肢と頭部
「こうして正面に見ることで、やはり山ではないことが分かるな」
「ええ、少なくとも山に『足』が付いているはずがありません」
離れた場所から見ていた時や上空から見下ろしていた時は気付かなかったが、カルテア山は地上から5メートルほど浮いていた。
正しくはカルテア山の前後と左右に動物の足のような物が付いており、その足が巨大な体を持ち上げてゆっくりと動いている。
「おそらくは本当に足を動かして移動している訳ではないでしょう」
将軍が言うようにそんな事が可能とは思えない。
それぞれの足の大きさは1キロ近くある。それでもカルテア山は全長20キロ近くあり、標高も800メートルとかなり高い。
とても足程度で支えられる重量ではない。
「動いている方法なんて関係ない。帝国を脅かすような魔物なら討伐するのみだ」
「了解です」
将軍が次々に指示を出す。
指示を受けた隊長たちが兵士たちに命令を出して魔導大砲の照準をカルテア山へと定める。
魔導大砲は強力ではあるものの反動が凄まじく固定してからでなければ撃つことができない。魔導大砲の周囲に柱を打ち込んで狙いを定める。
カルテア山との距離――10キロ。
「魔導大砲――発射」
将軍の命令によって魔導大砲から光の砲撃が放たれる。
砲撃は真っ直ぐにカルテア山へと進む。衝突した瞬間、爆発が起こり煙と閃光が周囲に撒き散らされる。
カルテア山の動きが遅くなる。
「よしっ、効いているぞ」
将軍がガッツポーズを取っている。
「やった……!」
「これなら倒せるぞ」
「相手はデカいせいで小回りが利かない。攻撃は当てられるぞ」
戦果に喜ぶ兵士たち。
それまでは異常な敵を相手にしなければならないという恐怖に圧し潰されそうになっていたが、攻撃が可能だと分かって自信が溢れて来ていた。
あまり油断はして欲しくないのだが、こういう時の士気は大切だ。咎めるような真似はしない。
「喜んで手を止めているような暇はないぞ! 発射が可能になった者から次々に発射しろ。相手はあの巨体だ。この程度の砲撃では討伐するのは不可能だ! 私たちの役割が陽動である事を忘れるな」
全員でタイミングを合わせて攻撃した方がダメージは大きい。
しかし、今は少しでも注意を惹くことが目的であるため間髪入れずに次々と攻撃を与え続けた方がいい。
兵士による攻撃は魔導大砲だけではない。
伏兵として潜んでいた弓兵部隊が矢を射る。相手が山ではダメージをほとんど与えられていないが、敵が潜んでいるという事実を与えるには十分な脅威だ。
「この隙に冒険者たちを突入させましょう」
通信用の魔法道具を使って冒険者に指示を出す。
とはいえ、Sランク冒険者である3人に直接指示を出している訳ではない。冒険者のまとめ役である王都のギルドマスターとやり取りをしている。
カルテア山の後方や側面で雄叫びが上がる。
冒険者たちによる突撃が始まった。
「さすがは高ランクの冒険者だな」
彼らが乗り込む為に真っ先に向かったのはカルテア山の『足』。それも向きから言って死角になり易い後方にある2つ足。
多くの冒険者が巨大な足をよじ登って行く。中には5メートルという高さを跳躍することで届ける猛者がおり、足を伝わずにカルテア山へ乗り込んでいた。
報酬に目がくらんで依頼を引き受けたのだろうが実力は十分だ。
カルテア山は下の方は緩やかだが、上へ行けば行くほど斜面が急になっている。しかし、普段から山のように足場が不安定な場所でも狩りをしているため冒険者たちは山の斜面に苦にせず攻撃を開始して行く。
多くの冒険者の中でも凄いのは、やはり3人のSランク冒険者。
「ボルドの奴、笑いながら攻撃していやがる」
「あの大剣を持った奴か」
大剣を装備した大柄な男は、カルテア山へ飛び移ると地面に剣を突き刺して上を目指して駆け出した。魔石を探す為に走っているのだろうが、剣を突き刺したまま走っているせいで走った場所から紅い液体が迸っている。
探索と同時にダメージを与えている。
「さすがは“大物喰らい”のボルドだ」
愛用の武器である大剣を手に討伐の難しい大きな魔物ばかり狩っている姿からそんな二つ名が付けられた。
パーティメンバーもいるはずなのだが、ソロとしての実力があまりに突出し過ぎているために付いて行くことができない。そのせいで仲間、というよりも雑用係みたいな側面が強い。
それでも本人たちが納得しているなら文句を言う筋合いはない。
「あっちの魔法を使っているのが“奇術師”アルベール。もう一人の弓を使っているのが“天弓”シンシアだ」
リオがSランク冒険者について教えてくれる。
アルベールという名の白いスーツを着ていた男が被っていたシルクハットを取るとシルクハットの内側を急斜面の山へと向ける。すると、火球や水球といった魔法による様々な攻撃が飛び出してきた。
「なぜ、あんな方法で?」
シルクハットを魔法の発動媒体にしているのだろうが、態々シルクハットを選んだ理由が分からない。
「あいつとは数年の付き合いがあるけど、未だにシルクハットを選んだ理由については教えて貰えていない。ただ、本人的にどうしても譲れない拘りがあるらしくて杖を使おうとはしない」
魔法使いであるにも関わらず杖を使おうとしない。
そんな姿勢から“奇術師”と呼ばれるようになった。
アルベールのパーティメンバーは3人。彼らは魔法使いであるアルベールが襲われても問題がないようにアルベールの左右と後ろを守るように武器を手にして立っている。猿型の魔物が襲い掛かったが問題なく討伐された。
「俺としてはもう一人の方が凄いように思えるけど」
「“天弓”か」
シンシアという名の女性冒険者は、弓を空に向けると光輝く矢を魔力で生み出して射った。放たれた矢は空で弾けると細かく分かれて山の斜面に落ちて行く。
矢の着弾地点が抉られて穴が開けられており、カルテア山に対して少なくないダメージを与えていた。
他の冒険者たちにしても自分の武器でカルテア山を削る。攻撃は、体内にある魔石を見つける目的と同時にダメージを与えることで侵攻を少しでも遅らせる目的があった。
現に魔導大砲と冒険者の攻撃によってカルテア山の動きが完全に止まっていた。
「このままなら倒せそうですね」
「それはどうだろうか?」
「どういう意味で――」
戦場が見えやすい場所に将軍と共にいたリオが呟いた。リオや俺にはカルテア山から怒りに似た感情が発せられているのを感じていた。
将軍が疑問を口にし終えるよりも早くカルテア山に変化が起こった。
「首……?」
真っ直ぐに帝都へと突き進んでいたカルテア山。進行方向から考えて帝都側が前だと判断していた。
それは正しかった。
円に近い形をしているカルテア山の前端部分から筒のような形をした物――首のような物がニョキッと生えて来た。
首、と言っても巨大な山に等しいサイズの魔物の首。幅が300メートル近くあり、長さも1キロ近くある。
先端の下部が上下に裂け、上部の左右に円形の物体が出現する。
口と目が開いた。
カルテア山は、キョロキョロと周囲の状況を確認すると自分を攻撃して来た大砲を見つめる。
その姿からある動物の姿が連想される。
「これって……」
「どうやら敵は『亀』型の魔物だったらしい」
四本の足で歩き、長い年月によって甲羅部分に土が積もっていつしか山として認識されるようになった魔物――それがカルテア山だ。