第9話 山の移動
帝都を出発してから2日。
掻き集められるだけの戦力を揃えてから帝都を出発したため移動に時間が掛かってしまった。それでも、おかげで数千人という戦力を揃えることに成功した。
今、帝国の戦力は広い平原の入口で待機している。
最も安全な場所にある天幕には皇帝であるリオがいた。
「予想だと今日の午後にはカルテア山はここへ到達する」
「間違っている可能性は?」
「時間にズレが生じることはあってもここを通るのは間違いない」
カルテア山は、山があった場所から真っ直ぐ帝都を目指していた。
ジィドが使った魔法道具は意識と生体活動を封印されていたカルテア山を復活させる為の魔法道具で、砕くことによって一心不乱に砕かれた場所を目指すようにさせることができるらしい。そこから先は誰にも予測できず自分の意思で満足するまで暴れ続ける。
まるで目覚まし時計のような魔法道具だ。
問題なのは入手経路の方だ。
とはいえ、今はそっちに構っていられるような余裕もないのでカルテア山への対処に集中する必要がある。
「で、将軍。お前はどうするつもりだ?」
上座に座ったリオが尋ねる。
リオは特別何かをする必要はない。皇帝であるリオは方針だけを示し、細かい事は部下が決める。
「まず陛下が仰ったように体内の魔石を探す。これが唯一の対抗策でしょう。そもそも物理的に破壊するなど絶対に不可能です」
「そうだろうな。結構な距離があるのに相手を感じる」
気配とか曖昧な物ではない。
1分毎にズゥゥゥン――という重たい響きを伴った音が聞こえて来る。
カルテア山が移動している音だ。
音として敵の気配が明確に伝わって来ていた。
『……』
そして、カタカタカタという音も近くで鳴っている。
まだ距離が離れているが、何もない平原で迎え撃とうとしているためにカルテア山の巨大な姿が見えている。そんな姿を目撃してしまったために兵士たちは怯えてしまっている。
何よりも彼らに与えられた役割が問題だった。
「魔石の発見や破壊は冒険者の方が得意です。我々は地上から魔導大砲を用いてカルテア山に冒険者たちが乗り込めるよう援護するだけです」
魔導大砲――いくつもの魔石を特殊な大砲に詰め込む事によって強力な砲撃を放つことができるようになる。魔石を使い捨てにしてしまうので攻城兵器として普段は用いられる。
もっとも、今回相手にしなければならないのは城よりも巨大な相手だ。
攻城兵器を用いたとしても通用するとは限らない。
「乗り込んだ後の事は冒険者たちに任せます。その辺りの事は冒険者として活動していた陛下の方が詳しいでしょう」
「そうだな。下手に命令を与えて動きを束縛するような事はしない方がいい」
兵士や軍人は何十人、何百人という多くの人々が連携することによって力を発揮する。
一方、冒険者は数人のパーティで活動する。
兵士たちとは勝手が違う。
将軍の常識だけで考えない方がいい。
それよりも効果的な方法がある。
「そんな事をするぐらいなら目標だけを与えて自由に動かした方がこちらにとって都合のいい結果になるだろう」
「具体的には?」
リオは冒険者たちに対して依頼を出していた。
依頼の内容は二つ。
カルテア山の討伐。体内にある魔石を砕いた者には膨大な報酬が支払われることになっている。
それとカルテア山の進路上にある村や町の避難誘導。人を逃がしたとしても逃げた先で魔物に襲われる可能性がある。既に数千人の人々が逃げ出しているため彼らを守る人が必要になる。
討伐を断念した冒険者に避難誘導へ回ってもらっていた。
カルテア山への襲撃には討伐を決めた冒険者が向かう。
「邪魔するぜ」
天幕へ3人の冒険者が入って来た。
一人はズボンとジャケットだけという格好の冒険者で背中には身の丈よりも巨大な剣を装備した大柄な男。
二人目は、白いスーツに黒いシルクハットを被った杖を持った男。
三人目は、胸の辺りまで伸びた金髪を三つ編みにした目付きの鋭い女性。手には弓を持っている事から弓士なのだろう。
「よく来てくれたな」
「よく言うぜ。こっちは強制依頼を出されているんだから拒否権なんてないに等しい事ぐらい分かっている癖に」
「それでもこっちに来てくれたじゃないか」
「たしかに。あんな化け物……などという言葉が可愛く思えるような相手と戦うのが怖いなら避難誘導の方へ回ればいいだけでしょう。ですが、私たちはこれでも帝国のSランク冒険者。そのような逃げたと思われる行動を取る訳にはいかないのですよ」
「それでも助かった事には違いない」
彼らは帝国の誇るSランク冒険者。
他にも数名のSランク冒険者がいるらしいが、この数日で捕まったのが彼らしかいなかった。基本的に都で待機しているように言われている彼らだが、先に他の依頼が入っていれば捕まえるのは難しくなる。
帝国の危機である以上、最強戦力に頼るのは当然の事だった。
もっとも正義感だけが依頼を引き受けた理由ではない。
「何よりも報酬が良かったです。カルテア山の魔物を討伐したパーティには報酬として金貨10万枚が支払われます。普通では考えられないような金額ですから話に乗って来る冒険者は多いと思いますよ」
田舎なら金貨が1枚もあれば5人家族が余裕を持って生活することができる。
金貨10万枚もあれば遊んで暮らすことができる。
命懸けの依頼でも冒険者を引っ張って来るのは難しい事ではない。
「それにしても、こうして皇帝と面会しているはずなのにアンタと会っているっていうことは本当に皇帝になったんだね」
女性のアンタ呼ばわりに将軍が眉を寄せる。
しかし、荒くれ者同然の者が多い冒険者にとってこの程度の言葉遣いは日常茶飯事。言われた方のリオもその事を理解している。
「その通りだ。色々あって今は皇帝をしている。だから冒険者と一緒に行動する事はできない」
リオは戦力的に考えれば魔石の破壊に加わって欲しい。
「当り前です。皇帝に万が一の事があった場合は帝国の危機です! 皇太子だってまだ幼いのですから陛下を危地へ赴かせる訳にはいきません」
「そういう訳だ」
「大変ね」
将軍の反応に肩を竦めるリオ。
この事に関しては将軍の方が完全に正しいので何も言えない。
「で、そいつがいるのはどうしてだ?」
大剣を背負った男からキッと睨み付けられた。
天幕の中でも隅の方にいたのだが、顔を見た事もない冒険者が皇帝の天幕にいるのが気に喰わないらしい。
顔を知らない――つまり、最高ランクの自分が知らない低ランクの冒険者、もしくは余所からの参加者という事になる。
「俺は王国の冒険者だ。今回は偶然帝都に居たから万が一の場合に備えて待機させてもらっている」
「俺たちが失敗すると思っているのか!?」
「俺の言葉をどう受け止めようと自由だ。けど、こんな非常事態に対してくだらないプライドに拘っているようだと国が亡びることになるぞ」
「くっ……」
今は喧嘩している場合ではないと理解して男が引き下がる。
帝国と王国は領土を巡って何度も戦争をした経緯がある。大規模な戦争が起こる度に駆り出される冒険者たち。そのため国境付近を拠点にしている冒険者たちにはあまり良い感情を抱かれていない。
大剣を装備した冒険者も国境付近を拠点にしている冒険者なのだろう。
「お前たちの仕事は分かっているな」
「当然だ。カルテア山に乗り込んで魔石をぶっ壊す――いつも通りの仕事だ」
「他にも高ランクの冒険者を何人も突っ込ませるつもりでいる。陽動に関しては全てこちらが引き受けるから絶対に失敗するんじゃないぞ」
「ああ、もちろんだ」
冒険者たちが天幕を出て行く。
作戦そのものには100人を超える冒険者が参加することになるが、戦力として期待されているのは3人のSランク冒険者たちだ。
彼らは外に出ると自分の指示を聞く冒険者たちを連れてカルテア山へ向かって駆け出す。
「そろそろだな」
天幕から出る。
魔導大砲を構えた兵士たちが整列した場所の向こう側に巨大な山が見える。