第7話 謁見の間
謁見の間。
そこは、帝国で最も偉い皇帝が来訪者と会う為に使用される部屋。
謁見の間の奥、一段高くなった場所にある玉座にリオが腰掛ける。皇帝や側近だけが使用することのできる後ろから玉座へと進む。皇帝だけが着用することを許可されたマントを翻しながら歩く姿を見ると「本当に皇帝なんだ」と思える。
見学者である俺はリオが通って行った通路から様子を見ている。この場所は謁見者からは見えないようになっている。
「面を上げろ」
「はっ……」
皇帝よりも低い場所に並べられた人々は俯いたまま皇帝がやって来るのを待っており、許可が出て初めて顔を上げた。
改めて謁見の間へと連れて来られた人たちを見る。
煌びやかな服に身を包んだ小太りの男、眼鏡をかけたインテリ風の男、騎士や兵士、料理人や庭師、さらに使用人やメイドというようにバラバラな人たちが連れて来られていた。
数は――20人。
「へ、陛下……私はなぜこのような場所へ連れて来られたのでしょうか?」
小太りの男が怯えた様子で尋ねる。
この男は宮廷貴族の伯爵。普段は役人として帝城に勤めており、今日も普段通り業務に勤しんでいたのだが、急に近衛騎士に捕縛されて謁見の間まで連行された事で委縮してしまっている。
こいつは小者だ。
リオも分かっているので男の言葉は無視する。
「全員、どうして連れて来られたのかは分かるな」
「いえ……」
インテリ風の男が代表して言葉を発する。
実際のところは集められたメンバーを見て自分たちがどうして連れて来られたのかが分かっていた。
全員がレンゲン一族。
中には帝国に派遣されてから初めて顔を合わせた者もいるが、彼らは自分たちの間だけで通じる符丁によってお互いの素性を確認していた。
「はぁ」
リオが溜息を吐く。
「俺も忙しい身だ。無意味な駆け引きは止めにしよう」
インテリ風の男の前にリストを放り投げる。
リストには彼らが里とやり取りしていた情報も記載されている。
「書記官であるお前には色々な出来事を記録させていた。お前なら情報を得るのも簡単だったんだろう」
「何を言っているのか……」
「言い訳をするのは結構だがこちらは既に信用に足りる証拠を得ている。この状況を覆したいと思っているのなら言葉で俺を納得させるのではなく、自分が無実だという証拠を出せ」
「……」
そんな物があるはずがない。彼らは自分たちに疑いが掛からないよう細心の注意を払って行動していた。
だからこそ彼らの元には罪に問える証拠はない。
同時に無実を証明するような証拠もない。
むしろ証拠を出してくるようなら用意周到さから疑いがさらに強まることになる。
「……このリストをどうやって手に入れた」
「ジィド!?」
書記官の男が諦めたように尋ねる。
それは、自分たちの素性を認める言動だ。
その事を伯爵が咎めるがジィドと呼ばれた書記官に気にした様子はない。
「このリストは里で保管されていた物だ。今さら言い逃れをしたところで私たちの立場が変わるはずがない」
客観的事実を把握したうえで諦めている。
「それよりも私としてはどのようにしてこのリストを手に入れたのかが気に掛かる。貴方もそうではないのか?」
「それは……」
「この2カ月、どれだけ里と連絡を取ろうとしても連絡がつくことはなかった」
潜入している間諜と隠れ里の間で情報は、空を飛ぶ鳥に手紙を持たせることで解決していた。
もちろん普通の鳥では怪しまれてすぐに落とされてしまう。しかし、レンゲン一族の扱う鳥が普通の鳥であるはずがない。その鳥は、一気に雲よりも高い場所へ移動すると誰にも見つからずに拠点へと戻ることができるよう特別な訓練と処置を施された鳥だった。これもレンゲンが長年の研究成果によって得られた種族改良。
拠点が変更されていたとしても他の拠点へと移動する知力もある。
俺たちがやった方法以外でレンゲン一族を追い詰めるのなら鳥を捕獲してどうにか拠点まで案内してもらうのが最も確実だ。
情報をやり取りする方法については一族を押収した時に知る事ができた。
隠れ里があった場所には何度も鳥が情報を届けにやって来ていたが、全ての鳥を放置していた。もしも撃ち落としてしまうような事をすれば里で何かがあったと相手に知らせることになる。逆に何も起こらず、他の拠点へ移動しても誰もいない状況を知らされたことで相手は右往左往する。
ジィドは冷静に状況を分析しようとしていた。
しかし、伯爵の方は得体の知れない状況に落ち着かなくなる。
どちらが正しかったのか?
今の状況を考えれば伯爵のように慌てて任務など放り出して帝国から逃げ出していた方がよかったのかもしれない。
もっとも、所有権が俺にあるせいで逃げ切るのは難しい。
「せめて里がどのようになったのか教えて欲しい」
「隠れ里なら崩壊したさ」
『……!?』
「……そうか」
驚くジィド以外の面々。
けれども、ジィドだけはどこの拠点にも誰もいない事から里が崩壊している事を予想していた。
「やっぱり、お前が一番偉いみたいだな」
「そこにいるレギスタ伯爵は、昔から帝国に潜入して帝国での活動をし易くする為にいる人員でしかいない。里で厳しい訓練を受けた訳でもない男だ」
代々当主になる者だけが自分たちの本当の使命を教えられる。
謁見の間まで連れて来られた男もレギスタ家の当主になった時に前当主からレンゲン一族について教えられただけの男だった。
そのため間諜としての立場は里から直接派遣されて来たジィドの方が上だ。
「だから儂は反対だったのだ。このような一族の事など放っておけばよかったのに先代共は……」
レギスタ家としてもレンゲン一族に弱味を握られているに等しい状況だったので相手の要望を受け入れるしかなかった。
それでも裏切りには違いない。
「ここにいる者たちは全員を強制労働に処す。また、他家に嫁いだ者を除いてレギスタ家の直系も同様に処罰するものとする」
「ま、待って下さい! それは、つまり儂の家族も……!」
「レギスタ伯爵には3人の妻と7人の子供がいたな」
その内、3人の娘は他家に嫁いでおり、1人は実家で暮らしていた。
男の子は3人おり、最近では家督を継がせる意向もあって長男に仕事を譲っていたので悠々自適な生活を送っていた。まだ家督を譲られる前なのでレンゲン一族の事については知らない。
しかし、皇帝としてはレギスタ家そのものを許す訳にはいかない。
「3人の妻、3人の息子と末娘については平民とすら扱うつもりもない」
「そんな……! 妻と子供たちは何も知らないのですよ!」
「お前の裏切り行為はそれだけ許せないという事だ」
「くそぉぉぉ!」
怒りに身を任せた伯爵が襲い掛かる。
しかし、この場には近衛騎士が何人もいる。あっという間に拘束に床に組み伏せられる。生まれた時から貴族として生きて来た彼には味わったことのない屈辱のはずだ。
「もう、諦めた方がいいですよ」
「ジィド! お前は家族がいないから簡単に諦めるのかもしれないが、家族のいる儂には今の生活を簡単に捨てる事などできない」
「どうせ近々亡びることになる国です。今さらそんな物にしがみ付いたところで何になるんです?」
「それは、どういう……」
「どういう意味だ!?」
伯爵の問いを潰す勢いでリオが尋ねる。
皇帝として『国が亡びる』という言葉は聞き捨てならない。
「さあ? 私は何も言うつもりがありませんよ。隠れ里が滅んだ今、既に潜入している必要などなくなったのですから自由に暴れさせてもらいます。貴方は、私が何をしたのか分からないまま数日を恐怖に耐えながら過ごすといいでしょう」
ニヤリと笑みを浮かべるジィド。
それに対して近衛騎士たちが敵意と武器を向ける。
「こいつが何をしたのか拷問をしてでも聞き出せ」
「はっ」
レンゲン一族を全員どこかへ連れ出そうとしている近衛騎士。
ジィドの言動から単独行動の可能性が高そうだが、他の一族も何かを知っている可能性があるので確認する必要がある。
「拷問をするのも構いません。ですが、私は簡単には口を割りませんよ」
間諜として訓練を積んでいるジィドは当然のように拷問に耐える訓練も受けている。いくら帝国の拷問官でも口を割らせるのは至難だろう。
謁見の間の袖から出る。
「情報、欲しくないか?」
「聞き出せるのか?」
「当然」
こちらの問いに対して頷くリオ。
報酬に関しては後で決めればいいだろう。
今は情報を聞き出す方が重要だ。
ジィドの傍まで移動して耳元で囁く。
「何をしたのか――『言え』」
「は? その程度の言葉で――」
最初は抵抗しようとしていたジィドだったが、所有権のある俺の問いに嘘や偽りを述べることはできなかった。