第4話 紛れ込んだ間諜
――皇帝の私室。
「よう、久しぶりだな」
広々とした室内。
そこに煌びやかな服に身を包んだ男――リオがいた。
リオの右にはカトレアさんが座っており、他の眷属も同様に並んで座っている。彼女たちの中では最上位に位置する者は決まっているが、とりあえず全員が平等だという事になっているのでプライベートでは同列に扱う。
とはいえ眷属の全員がいる訳ではない。アイリスさんとリーシアさんが欠席している。
「とりあえず座れ」
言われるままイスに座る。
リオパーティの対面に俺たち6人。
けっこうな大人数になってしまったものの皇帝の私室は広く作られているため狭く感じるような事はない。
「まずは、こっちの用事から済ませるか」
「ええ」
メリッサが隠れ里から押収したレンゲン一族の資料を渡す。
まずはリオが資料の内容を確認する。けれども、すぐに諦めてマリーさんに投げ渡してしまった。
リストには本名と帝国で活動する際の名前、さらにはどのような仕事に従事しているのかが書かれている。
名前と役職を言われただけで誰なのか思い当たるのは至難だ。
「彼らが、ですか」
だが、人事関係を担当しているマリーさんはそうでもなかった。
若くして色々な人を相手に騙すような真似をし続けて来た彼女は自然と人の顔と名前を覚えるのが得意になっていた。
「俺は名前を言われただけじゃあサッパリだ。どんな奴なのかの判断はお前に任せるさ」
「処分を任せていただくのは構いませんが、このような資料を用意されてしまうと少し自信を失くしてしまいます」
資料は間違いなく本物だ。
レンゲン一族は隠れ里に外から誰かが訪れることを想定しておらず、防犯対策など全く施されていなかったのでそのまま持ち出してきただけだ。
「いえ、偽者なのかどうか疑っている訳ではありません」
「じゃあ……」
「このリストに書かれている名前の8割以上が私たちが雇った人たちなんです」
「は?」
帝国にはかなりの人数が紛れ込んでいたらしくリストには18人分の名前が書かれていた。
その8割……という事は14、5人がマリーさんの雇った人物ということになる。
「皇帝の交代に伴って汚職や不正に手を染めていた人物、皇太子の後ろ盾になっていたために今さら鞍替えなどできずリオ様に忠誠を誓うことができないような者。問題を抱えた様々な者がいたので彼らは等しく処分することになりました」
そういった人物の炙り出しに一役買ってくれたのが王国との戦争だ。
このままリオに帝位を渡す訳にはいかないと彼らは王国との間に戦争を起こし、皇太子に絶対的な功績を上げさせることで自分の地位を確固たるものにしたいと考えた。
結果は、戦争を起こした責任を取らされて処分。
あのままリオに仕えさせたとしてもよくない結果がマリーさんには見えていたので最初から使うつもりはなかった。
しかし、汚職に手を染めていた人物であっても優秀だったのは間違いない。
そんな人物が多く抜けてしまったので帝城は人手不足に陥ってしまった。
そこで、在野から人を集めることになった。
さすがに重要な役職に平民を雇う訳にはいかなかったが、下級の文官や騎士には騎士でもなれるよう募集をかけた。
そのおかげもあって1年もする頃には忙しい時期を乗り越えることができた。
「けど、それがいけなかったみたいです」
平民から募集したために様々な人が訪れた。
その中にレンゲン一族が紛れ込んでしまった。
もちろん厳しい審査のうえ、最終的に雇うことになった人物には身元調査が厳しく行われることになった。
それでもレンゲン一族は紛れ込む事ができた。
その事がマリーさんにダメージを与えていた。
「しかも残りの人たちについては古くから帝国に仕えてくれている重鎮たちです」
以前から帝国に仕えてくれていた人にも厳しく調査はされた。
しかし、見つけることはできなかった。
「……どうしましょうか?」
「普通なら、情報を手に入れても簡単に手を出すような真似はしないんだがな」
最も恐れるべきは一人を見つけたことで他の数人に逃げられてしまうことだ。
その間に重要な情報を持ち逃げされてしまうかもしれない。
捕らえるなら全員を一度に捕らえなければならない。
「その点、今回は安心なんだよな」
「ああ。少なくとも帝国にいるレンゲン一族の間諜はそこに書かれている奴で全員だ」
押収したリストは信頼できる。
問題は、リオが俺たちの事を信じるかどうかなのだが……
「どうやってこんなリストを手に入れたのか教えろ」
他の権力者たちが相手なら教えるような事は絶対にないのだが、後々の事を考えるとリオとは協力関係を結んでおいた方がいい。
誘拐騒動から隠れ里で何があったのか語る。
聞き終えたリオが溜息を吐く。
「あいつらも馬鹿な真似をしたものだ。お前らと関わるなら敵対したり服従させようとしたりせずに対等な取引相手として接すればいいんだ」
「……そういうお前だって競争を挑んで来たよな」
「あれは純粋な競争で無関係な人間を巻き込んだ訳じゃないからいいだろ」
実際、苦労はさせられたものの他の迷宮の攻略する、という貴重な体験をさせてもらったし、途中で得られた財宝や素材もそのまま持ち帰らせてもらった収支的にはプラスと言っていい。
だからグチグチ言うつもりはない。
「ま、これでリストそのものが本物である事は分かってくれたはずだ」
「ええ、間違いなく本物であり、リストに漏れがない事も間違いありません」
スキル【未来観測】を発動させたマリーさん。
俺たちからリストの出処を聞いたことでスキルを発動させる為に必要となる情報を得ることができた。
どうやら、この後で騎士にリストに書かれている人たちを捕縛させて王国と同じように秘密裏に処理することになるらしい。
国の重要機密が外に漏れていた。
しかも漏らしていたのは国の重鎮。
とても表に出せるような話ではない。
「報酬に手を抜くつもりはない。ただ、俺はお前の事情を知っている。だから、金よりも貴重な物を渡してやるよ」
貴重な物?
おそらく迷宮の魔力を得られる物なのは間違いない。強力な魔法道具を【魔力変換】するだけでも非常に助かる。
リオが自分の道具箱に手を突っ込んである物を取り出す。
「ほらよ」
投げ渡されたそれを受け取る。
「これは……!」
「お前は知っているだろうけど、『神樹の実』だ」
魔力よりも上質なエネルギーである神気。
神気が凝縮した『神樹の実』はエルフに比べれば短い寿命しか持たない人間でさえも食べるだけで100年以上の永い時を生きられるようにしてくれる。
もっとも俺たち迷宮主にとっては膨大な魔力を手に入れることができるアイテムだと思った方がいい。
本来なら100年に一度しか得られないので、もう手に入らないとばかり思っていた。
「少し前にオークションに流れていたのを見つけた。相手は『神樹の実』について何も知らなかったみたいだから楽に入手する事ができたからお前との取引材料として取っておいたんだが、思いのほか早く使うことになったな」
「ありがたく頂戴するよ」
リオから受け取った『神樹の実』を自分の道具箱へとしまう。
これで迷宮の拡張が再びできるようになった。すぐに拡張する訳でもないので後で【魔力変換】すればいいだろう。
「さ、小難しい話はここまでだ。パーティーは5日後だし、ゆっくりとしよう」